日本精神科病院協会の巻頭言が消えた

ブログにも引用した、日本精神科病院協会の巻頭言が削除されたようです。

精神科医にも拳銃持たせて」病院協会長が機関誌で引用(朝日新聞)


>巻頭言は協会ホームページにも掲載されていたが、22日までに削除された。事務局は「ホームページのレイアウトなどを更新したためで批判との関係はない」と説明している。

こちらでも

NHKニュース

「精神科医に拳銃を持たせてくれ」で批判殺到の精神科医は“アベ友”だった



今までかなりの年数にわたって巻頭言で非常識な見解を述べて来たのにもかかわらず
このタイミングでの削除ですから「批判とは関係はない」というのは詭弁です。
批判がなければ削除をされなかったでしょうから、日本精神科病院協会の常識と世間の常識がずれている、と言わざるをえませんね。

巻頭言を削除してもネットに出回っています。

欧米での患者中心医療の外側で起こっていること

上記が問題の巻頭言です









Facebookから転載です

被害者は少なくとも20年以上も身動きの取れない檻に入れられていたそうです。
そして検察の求刑が1年数ヶ月ということは、執行猶予判決でしょう。

なぜ、これほど悲惨な事件にも関わらず、審理をまともにせず結審させるのでしょうか。
被害者が障害者だからでしょうか?
健常者が被害者だったら、結果はどうなっていたのでしょうか?
裁判は形式だけですね。
結局何も裁いていないし、何も変わらないです。




緊急署名のお願いです。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

神戸地方裁判所で19日行われた三田市知的障害者監禁事件の裁判では、被告の陳述以外の証人尋問がまったく行われないまま初公判で結審、27日に判決言い渡しという異常な事態となりました。

公判のなかで、木製の檻に入れての監禁は何と1991年の三田市への転入後ではなくそれ以前の大阪市在住時から行われていたという衝撃的な事実が明るみに出たにもかかわらずです。

そもそも被告の供述調書と法廷での尋問内容のみに基づき、その信憑性を確かめるための審理がなされないままで判決を出そうとするのは、あまりに拙速で乱暴な裁判の進め方です。被害者が障害者でなかったなら、これほどの重大犯罪に対し起こり得ることでしょうか。

私たちは、このようなことが起こるのを恐れ、被害者が健常者である事件とまったく同様に慎重な審理が尽くされ公正な裁判がなされることを求める要望書を初公判に先駆けて提出していました。

しかし、それがまったく顧みられなかったことに大きな落胆を覚えています。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

時間がきわめて限られていますが、初公判での判断を再考し審理を延長することを裁判官に求める緊急署名を呼びかけますので、賛同と拡散呼びかけの協力をよろしくお願いいたします。

このたびは、オンライン署名立ち上げ管理、署名用紙の配布回収などの時間がまったくありませんので、下記のメールアドレス宛に、

お名前、住所(都道府県名から記入)

をお送りください。とりまとめて、神戸地方裁判所の担当部署の第4刑事部1係を通して裁判官に提出します。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

メール宛先 keziahjp@yahoo.co.jp

いただいた情報はこの署名提出以外の用途には決して使わないことを固くお約束します。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

提出する署名に添える文章は次のとおりです:

神戸地方裁判所
判事 村川主和様

謹白 裁判官におかれましては尊い公務にお励みのこと感謝申し上げます。

さて、6月19日に結審しました三田市障害者監禁事件被告の裁判について、下記の理由からさらなる審理を尽くしていただくことを切に希望いたします。法曹者としての良心に訴えて何卒お願い申し上げます。

理由その1
事件の重大さ深刻さに照らして、初公判の審理のみでの結審はまったく短すぎます。初公判で明らかになったように、木製の檻に被害者を閉じ込めての監禁は被告の1991年の三田市転入以降ではなく、それ以前の大阪市在住時から始まっており、のべ30年に及ぼうかという異常な長期にわたる前代未聞の監禁事件です。

理由その2
初公判での被告の表現では、被害者が被告と妻に向かって噛みつくなどの力をふるったため「私は力で押し返した」としており、これは単なる防御ではなく暴行や虐待の可能性を示唆しています。被害者には被告による監禁を超えた暴力がふるわれた恐れがあります。この点についての審理が必要です。

理由その3
審理は被告の供述調書と本人の陳述に基づいてのみなされました。被害者当人、被告の家族や親族、大阪市在住時および三田市転入後の近隣住民、大阪市在住時および三田市転入後の市職員、被害者の特別支援学校在学時代の教師と同級生など、被告の供述と陳述の信憑性を裏付けるための証人の尋問が行われていないのですから、嫌疑についての事実認定そのものがなされていません。犯行の動機や理由について被告が虚偽の説明をしている可能性があります。

以上から、判決言い渡しを延ばしさらなる審理を尽くしてくださいますよう強く願います。また、理由その3で挙げた事実認定と審理のために必要な証人の尋問を法廷にて行ってください。

以上、よろしくお願いいたします。 敬具

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

それでは皆さん、よろしくお願いいたします。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

呼びかけ・取りまとめ:
自立生活センター三田
リメンバー 7.26 神戸アクション



精神科医療の身体拘束を考える 緊急院内集会

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「身体拘束」が増えていく社会は健全か?


そのような中、人が人を縛る身体拘束が行われる。縛られる人が「はい、どうぞ喜んで縛ってください」などということは通常考えにくい。抵抗するのは当たり前である。

しかし、この抵抗を医療の立場では「興奮」など何らかの症状と見立てることもあり得る。一時的に身体拘束を解除して再度身体拘束をすることも病院ではあるが、その際に患者が抵抗しないと病院内では「再拘束スムーズ」など記録して、あたかも患者が「いい状態」として捉えたりもする。しかし患者さんは、たんに諦めていたり、抵抗したりしたらまた身体拘束される時間が延びると思って無抵抗になっていたりもするのだ。

このように、「医療者」と「患者」は異なった地点にいることを直視しなければならない。そしてその医療者は患者の行動を「症状」として捉え、はたまた、静かにしていても身体拘束をする力を持っている。あとあとのために、記録さえしてあれば違法性は問われにくい。

さらに、医療者は、「理性」に対する過剰な信頼があるようにも思われる。「専門性の罠」と言ってもいいかもしれない。

人間の多様な様相を、「不穏」「多動」などの一言に落とし込み、それを根拠に身体拘束をしてしまうようなことが多く行われている。よって今後、国から身体拘束についての「ガイドライン」を作るなどという話が出てくることには最大限の警戒が必要だろう。私はそれにより多くの「犠牲者」が出ることになると予想する。




弟も石郷岡病院では9/15の入院から12月にトイレトレーニングのために保護室へ移動するまでの間ずっと拘束されていました。
上記の長谷川教授の仰る通り、拘束中に嫌がると「抵抗す」「粗暴」扱いです。
裁判になればそれが「粗暴」の証拠とされてしまう。
石郷岡病院は、拘束中の患者は全員“オムツ姿”でズボン等も履かせない。
オムツ姿で四肢拘束をされている患者に尊厳はないに等しい。

私の記事への圧力

ある方が私の記事石郷岡病院の背後に蠢くものをブログに取り上げてくださったのですが天国へ旅立った22歳の息子へ-向精神薬に奪われた命(私のブログのリンクにもあります)
“誹謗中傷”で削除をされてしまったそうです。

やはりどこも圧力がかかっているのですね。。
石郷岡病院事件の背後に蠢くもの をアメブロの私のブログ内で紹介し多くの方に読んで頂き反響を頂いていたのですが。。今日どの記事か特定なしに、規約違反に反する個人の誹謗中傷が確認されましたので削除しましたとメッセージが入って、その記事がなくなっていました。
ブログの世界にまで国の圧力は及んでいるのですね。
つくづく、国民を助けようとも、真実を伝えようとするものは容赦なく弾圧される国だということがわかりました。




とのことですから、また一つ、石郷岡病院事件への圧力の実態が明るみになったと思います。



石郷岡病院事件 第ニ回控訴審傍聴のご案内

2018年6月29日(金)13:30〜
東京高等裁判所 第11刑事部において
石郷岡病院事件の第ニ回目控訴審が行われます。

傍聴のご参加、宜しくお願いいたします!

※傍聴券交付情報がでています


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石郷岡病院事件の背後に蠢くもの

前回、石郷岡病院事件に対する圧力について書きました。
今回は少し踏み込んで書きたいと思います。

問題は、精神科病院に“よくある一事件”になぜ、ここまで圧力がかかるのか、ということです。
その裏には、日本精神科病院協会という巨大な組織が絡んでいるからです。
政治家は、精神医療の専門家ではなく、精神医療に疎いので、言われるがままかもしれません。
石郷岡病院事件の民事裁判でも、石郷岡病院側の弁護士は、日本精神科病院協会の顧問弁護士である
浅田眞弓氏、そして実際には出席していませんが、松岡浩氏が名を連ねています。

その前に、日本精神科病院協会がどんな組織なのか、ご紹介いたしましょう。

まずは日本精神科病院協会設立趣意書をご覧ください(全ての資料はY氏に提供頂きました。ありがとうございます)

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赤い線の部分をご覧ください。
常に平和と文化との妨害者である精神障害者と書いてあります。
これで、日本精神科病院協会が、精神障害者をどのように見ているのかが、わかりますね。



前回記事にも書きましたが、精神科の患者を“欧米ではテロ実行犯と同等に扱われている”などといい
だから精神科医に銃を持たせてくれ、や
更に今問題となっている精神科病院での身体拘束についてもこちら職場の安全を犠牲にしてまで隔離拘束を減らすのは本末転倒でしょう。患者さんの暴力を予防するには「より早期の隔離拘束」しかないと、僕はひそかに思っています。来年(2017年)も、わが身安全第一に仕事に励みたいと思います。
ということです。


そして今タイムリーな話題である、障害者への強制不妊手術問題でも

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精神障害者の遺伝を防止するため優生手術の実施を促進せしむる財政措置を講ずること。
とありますように、日本精神科病院協会は積極的に精神障害者の強制不妊手術を促進、陳情までしていました。




このように、日本精神科病院協会がヘイトスピーチまがいの言説を巻頭言として堂々と述べていることや、精神障害者に対してどのような認識をしているのか、おわかりいただけるかと思います。
日本精神科病院協会は公益財団法人に相応しいとは思えません。
会員は誰も咎めないのでしょうか。


そんな日本精神科病院協会ですが…

日本精神科病院政治連盟の報告書

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日精協の政治献金


このように政治家に多額の献金をしたり、政治家を相手に取り入っています。


晋精会の正体

晋精会≒日本精神科病院協会≒日本精神科病院政治連盟


もう、おわかりいただけますね?


石郷岡病院事件は、それほど“危険”なのか

前回の記事にも書きましたが、司法関係には既に政治的圧力がかかっているとしか思えません。
だから、あのような不可解な一審判決となったのかもしれません。

そしてブログでは今まで詳述しませんでしたが、圧力と思われる一例を挙げます。

石郷岡病院事件がTV報道で発覚してすぐに、コンビニでもよく見かける著名な週刊誌の数社の“記者の方から”
石郷岡病院事件について、取材をしたいと申し込みがありました。
ところがみなさん、この事件について週刊誌でご覧になった方は皆無でしょう。
それはそうでしょう、“一社も”週刊誌では記事になっていないからです。
おかしいとは思いませんか?
“記者の方から”取材を申し込んできたのに、です。

その経緯はこうです。
週刊誌の“記者の方からメールや電話で”取材の申込のアポがきます。
記者からの取材申込のアポでは、社名、記者名も名乗り、この事件について憤りを感じているからぜひ取材を、という内容。
こちらから承諾の返事をする。
そしてなぜか、“音信不通になる”、です。
実際には1社、自宅へ取材に来ましたが、記事になる直前に(発売日の連絡もあった)
社の上層部より突然の“中止命令”

おかしいですよね。
いや、本当におかしい。

偶然だと思いますか?
それでは次の例を挙げてみましょう。

このブログの記事にもある、Y新聞の記者。
精神医療ルネ○ンスなどの記事を書かれていた記者の方です。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ある時期からパッタリと石郷岡病院事件の記事を書かなくなったと思いませんか?
あれほど、熱心に取材をしてくださっていたのに、です。
2012年の事件直後にY新聞の全国版でも記事を書いてくださいました。
そしてその記者は今年Y新聞を退社し、フリーになりました。
なぜだか、わかりますか?
そうです、おそらくあなたの推測は正しいです。
もちろん、私はその理由を知っています。

他にも石郷岡病院事件について記事を書きたいけれど、圧力があるから書けないと教えてくださった
記者やライターの方もいます。

どうでしょうか?
このように、“不可解な”ことが複数起こるというのは偶然ではないでしょう。
これを圧力と呼ばずして、なんというのでしょうか。

そんなマスコミをも黙らせるほどの力を持つ権力の主とはなんでしょう?
そして、それほどまでに守りたいものとは、なんでしょうか?


以下Facebook、ネットから拝借

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日本精神病院協会 協会誌巻頭言

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晋精会??

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一審千葉地裁で違法判決を出した高橋康明裁判官が、控訴審の東京高裁第11刑事部に異動した件について

一審、千葉地裁で違法判決を出した高橋康明裁判官が、どういうわけか、控訴審の審理を行なっている
東京高裁第11刑事部に異動して来た件についてです。

刑事訴訟法第20条の7項

裁判官が事件について第266条第2号の決定、略式命令、前審の裁判、第398条乃至第400条、第412条若しくは第413条の規定により差し戻し、若しくは移送された場合における原判決又はこれらの裁判の基礎となった取調べに関与したとき。ただし、受託裁判官として関与した場合は、この限りでない。


とありますので『前審の裁判』については,控訴審においては第一審がこれにあたるため
髙橋裁判官は控訴審に関する全ての訴訟行為から除斥されることとなります。


ですが…
某マスコミの方が現役裁判官に聞いたところ、このようなケースは聞いたことがない、と言ったそうです。
つまり、原判決を下した裁判官が異動で、控訴審が行われている合議体に異動してくることは
通常ありえないことだということです。

これはどういうことでしょうか?
高橋裁判官が合議体の裁判に参加しないからといって、影響が全くないという保証はありません。
栃木裁判長にとっては、同じ合議体に属する同僚の下した判決にケチをつけなければならないからです。
果たして、公正に審理できるものなのでしょうか?
あからさまだと思います。
これから注視していきたいと思います。

ありえません…一審、千葉地裁の違法判決を出した高橋康明裁判長の異動先

一審、千葉地裁の違法判決を下した高橋康明裁判官(当時、裁判長)が
石郷岡病院事件の控訴審が行われている、東京高裁第11刑事部(栃木力裁判長)に異動してきました…
一体、どういうことでしょうか??

現在、東京高裁第11刑事部では、石郷岡病院事件の控訴審が行われています。
一審、千葉地裁の裁判長だった高橋康明裁判官の下した違法判決を審理する場です。
そこへ、当の違法判決を下した高橋康明裁判官が異動してきたということです。
一体、どんな意図があってこのような異動になったのでしょうか?
東京高裁も刑事部は12あります。
よりによってなぜ、自らが違法判決を下した石郷岡病院事件の控訴審が行われている第11刑事部に
異動してくるのでしょうか?
異動は上層部が決めたことだと思いますが、彼らも当然、この高橋康明裁判官が
現在、東京高裁第11刑事部で行われている控訴審の原判決を下した裁判長だったことは知っているはずです。
それでも敢えて、異動させた意図はなんでしょうか?
非常に不可解極まりないです。
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一審 千葉地裁(高橋康明裁判長.裁判員裁判)の判決について

1年前の3月14日、信じがたい判決が千葉地裁(高橋康明裁判長)で言い渡されました。
その後、判決について改めて記事を書きます、と言っておきながら
体調不良等で書けませんでしたので、今回書いてみます。
裁判記録や弁護士からの話を参考にし、私見も交えていますが、できるだけわかりやすく書いてみようと思います。


ご存知かと思いますが、検察の求刑8年に対して、判決は田中被告が無罪、菅原被告が暴行罪でした。
因みに、菅原被告については、言い渡された暴行罪について公訴時効が成立していますので違法判決でした。
石郷岡病院事件が発生したのは2012年1月1日です。そして暴行罪の公訴時効は3年です。
しかし菅原被告が逮捕されたのは2015年7月8日、起訴がその後ですから起訴された時点で
既に3年以上が経過しており、公訴時効が成立していたので、本来なら免訴で無罪判決でなければならなかったのです。
(検察は傷害致死罪で起訴していました。傷害致死罪の公訴時効は10年です。また同時に共謀の罪でも起訴されていました)



公判前整理手続について

まず、裁判が行われる前に公判前整理手続というものが行われます。
裁判官、検察官、被告弁護人が集まって、裁判で争う(争点)内容の整理や、検察官、被告弁護人が
互いの証拠について認めるか認めないか(同意、不同意)そして裁判所が採用する証拠を決定する場です。
まずここで、私が不審に思う事が起こりました。

検察が申請した“ある証拠”について、当然それは被告人に不利な内容なので、被告弁護人が検察の請求した証拠について不同意にするのはわかります。
例えば、ある供述調書について、それを被告弁護人が不同意にしても裁判所が必要だと判断すれば、書類ではなく証人尋問という形で採用が認められます。
ところがこの時、裁判官までもが被告弁護人の意見を取り入れ(同調して)、検察の証拠請求を却下したのです。
当然、検察としては必要不可欠な証拠でしたから、異議を申し立て食い下がりました。
この事で裁判所と検察が揉めて、公判開始が遅れました。
でも裁判所の判断は不採用でした。

“ある証拠”とは、看護の専門家から見た田中被告と菅原被告の、事件当時の行動についての供述調書(意見書)です。
なぜこれが重要なのかといいますと、裁判官をはじめ、検察も弁護人も、そして裁判員も看護については素人ですから、専門家である第三者の意見が必要だったのです。
精神科の看護というのは後述しますが、きちんとした基準が存在します。
あの映像に写っている被告人らの行動が正当業務行為(看護行為)なのか、そうでないのかという判断材料になる重要な証拠でした。
被告らは当然、正当業務行為(正当な看護行為)だったと法廷で主張するだろうし、
何人かの被告側証人ーしかもこれらの証人は石郷岡病院の看護師たちで、被告人らの同僚であり、法廷では当然被告らを庇う証言をするだろうと思われていたからです。
そしてこの証拠ーつまり明確な看護師基準がない場合、被告らの言い分を鵜呑みにされてしまう危険性があるからです。

それからもう1つの重要な証拠について、不可解な事がありました。
“監視カメラ映像”です。こちらは証拠として採用されました。
しかし、唯一の客観的証拠である“監視カメラ映像”について、裁判所が評価を引き取る、と言い出したことです。
評価を引きとるとは、裁判では“監視カメラ映像”について、”監視カメラ映像“の内容についての議論はしませんよ、裁判所が自分達で映像を見て判断しますよ、ということです。
法廷で“監視カメラ映像”に写っている被告らの行動が暴行かそうでないかの議論を“しない”というのです。
あの“監視カメラ映像”をきちんと見ていただいて、これが暴行(虐待)かそうでないかを法廷で議論して頂きたかったのに
法廷では議論しませんだなんて、一体どういうことなのだろう。
私はこの公判前整理手続の経緯を聞いて、悪い予感しかしませんでした。
懸念を何度も弁護士に伝えました。
そして、実際にこの予感は的中しました。
おそらく、この公判前整理手続の時には、既に裁判長の方針が決まっていたのではないでしょうか。
そう思わざるをえませんでした。






裁判員裁判について

実際に裁判が始まると、私の予想していたシナリオ通りになり予感が的中してしまいました。
実は裁判の初日このブログにその事、つまり、これから起こるであろう裁判のシナリオ等を書いたのですが
心配した弁護士に止められて削除した経緯がありました。
公判に出ることができない私に、家族や弁護士から逐一報告を受けていました。
(お恥ずかしいながら、前にも書きましたが体調不良で、私は刑事裁判については千葉地検での検事との打ち合わせ以降、行けず仕舞いでした)

やはりというべきか、なるべくしてなったとしか言いようがありません。
裁判では被告弁護人らが、弟の粗暴さを強調し、証人を使って更に補強をします。
弟が保護室にいた時、暴れていたと被告らは証言しましたが、石郷岡病院の看護師たちは
保護室で暴れているのは見た事がないけれど、保護室に入る前(四肢拘束時)に暴れていた(抵抗していた)のは見た事がある(見た事はないが、聞いたことがある等)と証言しました。
そもそも四肢拘束されて、粗暴と言わしめるほど、危害を加えるほど暴れる事ができるのでしょうか。
しかもこの粗暴というものの中には、被告弁護人が法廷で弟の粗暴さを強調するために、看護記録から該当部分を抽出し列挙していたのですが、“抵抗す”というのも粗暴になるようです。
ただ手を振り上げた(当たっていない)のも粗暴となるようです。
何しろ、あのビデオにも写っていますが、田中被告が弟の腹部に膝を乗せて、弟が苦しいと言わんばかりに手を出したら
被害者(弟)が殴ってきたんで、と証言してしまうくらい、何でも、何が何でも弟を粗暴にしたいようです。
ビデオにもありますが、被告らが入室してくるまで大人しく座っていただけの弟を“無言”で(田中被告が証言)声かけもせず
いきなり床に引き倒し、ズボンを脱がせたまま、寝かせたまま食事をさせています。
普段からこういう扱いをされていたのは明白です。
いったい、どちらが粗暴なのでしょうか。

また弟が保護室に入っていたのは粗暴だからではなく、トイレトレーニングのためなのですが(裁判で証言あり)
それを保護室に入る患者というのはどういう患者か知っているか、など案に粗暴だから保護室へ入れられた患者=だから多少手荒な行為は許されるとでもいいたげな、錯誤させるような証言をする石郷岡病院の看護師がいたり
元院長に至ってはトイレトレーニングと称して保護室へ入れたはずなのに、結局トイレトレーニングすらしていなかったと証言しました。
石郷岡病院での治療の実態とは、弟を保護室で放置していただけだったのです。

そして裁判所も検察が申請した公正な第三者の証人を却下したのに、こともあろうか被告らを庇う性質のある石郷岡病院の看護師らに、あの被告らの行為が看護行為かどうかを尋ねる始末です。
だったらなぜ、公判前整理手続の時に、石郷岡病院の看護師らより公正な判断をしてくれたであろう
看護の専門家である第三者の証人申請を却下したのでしょうか。
そしてこの事が、被告らの行為が“正当業務行為“であるという判断に影響を及ぼしたことは間違いのないことです。
裁判で被告らを庇う証言をした石郷岡病院の看護師らは、“膝を使って患者を抑えつける”や“ヘッドロックをした事がある”等、一般の精神科看護基準からかけ離れた行為が石郷岡病院で行われていたことを証言しました。
精神科の看護には“医療職のための包括的暴力防止プログラム”という基準が存在します。
この中で、介護者は膝を使って抑制する、体重をかけるなどをしてはいけないことになっています。
一般的な精神科病院では、”医療職のための包括的暴力防止プログラム“の講習を受けた有資格者が存在します。
ところが、当時の石郷岡病院には存在していませんでした。

また裁判長も、法廷で検察官が“監視カメラ映像”を流しながら裁判員に説明をしているのに
“これ、なんか意味あるんですか〜”と言い出したり、父の意見陳述の際、弟の写真をスライドで流すことについて
被告弁護人も了承したにも関わらず、裁判長が許可しませんでした。
そして、被告弁護人が異議を申し立てた私の意見陳述についてもそれを認め、陳述書の3分の2が削られました。
陳述書は、事前に私達の弁護団のチェックを済ませたものです。
このような扱いは異例なのだそうです。
検察は被告らに対し、“被告らは反省もせず、被害者の人間性を無視し、虚偽の弁解を弄して犯行を否定した”とし
懲役8年を求刑しました。
そして判決を迎えることになったのです。






判決について

判決の内容は法曹関係者でも首を捻るほど不可解なものでした。
端的ににいえば“何を言っているのかわからない”レベルのものです。
しかも違法判決です。
もしかすると、公判前整理手続のところで書いたように、既に判決は決まっていて
無理矢理、理由をこじつけようとして判決文を書いたのではないかと疑いたくなるような内容でした。
だから無理が生じて違法判決に繋がったのではないか、そう疑いたくなるような内容です。

裁判所は、被害者の首の骨が折れたのは、あの保護室だと認定しました。
しかし、田中被告については、正当業務行為で無罪とし、菅原被告の足蹴りで被害者の首の骨が折れたかもしれないが
田中被告の正当業務行為で首の骨が折れたかもしれない
ので、明らかに暴行が確認できる菅原被告についても、傷害致死罪は適用せず、暴行罪にとどまるとしました。
今回は、どちらの行為で首の骨が折れたかわからないから傷害致死罪が成立しないということです。
検察が起訴した傷害致死罪というのは、例えば暴行が元で怪我をし、それが原因で亡くなった場合に適用されます。
ですから菅原被告が明らかに暴行していても、首の骨が折れた原因が田中被告かもしれないので、菅原被告に傷害致死罪は適用できない、ということだそうです。

裁判所は、検察の主張する共謀を否定しました。
検察の主張は、菅原被告が立ち上がり被害者の頭部付近へ移動した直後、田中被告が被害者を体重を乗せ抑えつけ
菅原被告の暴行を補佐した。
この時、田中被告は菅原被告に何ら注意もせず、むしろ菅原被告が被害者を暴行する時に暴れないように体を抑えつけ、暴行を手伝っていた、という主張です。
これが認められていれば、田中被告の正当業務行為が否定されて、傷害致死罪が成立します。
(検察は田中被告も被害者の首や胸付近に膝を乗せ体重をかけていると主張)
しかし裁判所は、石郷岡病院側の証人の証言のみで、田中被告を正当業務行為だと認定してしまいました。
そして田中被告と菅原被告の共謀は否定され、一連の行動は切り離されてしまったのです。
このことは、共謀を否定されてしまった場合、一方の田中被告が正当業務行為と認定されてしまうと、菅原被告について傷害致死罪に問えなくなることを意味します。

やはり間違った看護が正当業務行為と認められてしまったのは、公判前整理手続で裁判所が却下した
第三者による意見書がなかったためだと思います。
公正さを欠いていると言わざるをえないと思います。

菅原被告についても、立ち上がって弟の頭部へ移動したあと、複数回(おそらく3回)足で蹴りつけ踏みつけているのですが
裁判所は1度だけ蹴った事を認め、あとは認めず菅原被告の言い分の通り“被害者をまたごうとした”と考えられるとしました。
その理由として、“監視カメラ映像“には1秒間に4コマしか撮影されておらず、つぶさに観察してみても、菅原被告の足が明らかに被害者の頭部に当たっている画像は残っていない、ということでした。
1秒間という短い時間に4枚の画像というのは、果たして”少ない“といえるのでしょうか。
また、公判前整理手続で裁判所が評価を引き取る、といった”監視カメラ映像“についても画像の粗さや真上からの位置について強調していました。
そうであるなら、なぜ画像分析の専門家に委ねる等をしなかったのでしょうか。
裁判所は何のために”監視カメラ映像“を引きとる、としたのでしょうか。
これはもしかすると、裁判で画像について分析、議論されると不都合なことがあるからなのかと穿った見方をしてしまいます。

菅原被告は、暴行を加えた事実はなく、またごうとしただけ、としています。
普通に考えてみてもおかしなことです。
菅原被告の主張は、弟にズボンを履かせていたのに突然立ち上がって、頭部へ移動し、ただ“跨ごうとした”だけなのだそうです。
わざわざ立ち上がって頭部へ移動し、“跨ごうとして”何度か足を上下させたにもかかわらず
全て跨ぐのに失敗したことになり、何もせずに足元へ戻りズボンを履かせるのを再開した
ということになります。
ズボンを履かせていたはずなのに、なぜわざわざ立ち上がって、弟の頭部を跨ぐ必要があったのでしょうか。

そして裁判所は、おそらく菅原被告の蹴り(あるいは踏みつけ)によってできたと思われる
顔面の挫創(打撲と擦過傷)についても認定せずに、石郷岡病院搬送後〜帝京大ちば総合医療センターへ到着するまでの間にできた可能性も否定できないとしています。
探偵ファイル、顔面の挫創画像←クリックで記事へ飛びます。
探偵ファイルさんの記事に、弟の顔面の挫創画像が掲載されています(こちらのブログに画像を掲載したら削除されてしまいました)

この顔面の怪我は、石郷岡病院の看護師ですら、事件翌日には既にあったと証言しているのになぜか無視されました。
その一方で、菅原被告自身が書いた看護記録に“暴れて顔に発赤”という記載があったことから自分で暴れて顔に怪我をした可能性を示唆し、更には同じく石郷岡病院の医師がカルテに記載していないから傷の存在があったのか疑わしいというような判決文でした。
警察の現場検証によれば、保護室の床は柔らかいクッション素材が使われていたそうです。
だからあのような顔面の挫創は自分で顔を擦り付けたとしてもできません(顔を擦り付けたような場面は見当たりませんし、仮に擦り付けたとしても打撲は説明がつきません)
この警察の現場検証の記録も、実は公判前整理手続で検察が証拠を請求していましたが、却下されてしまいました。
そして菅原被告にせよ、石郷岡病院の医師にせよ、隠蔽する可能性の高い人物の証言や記録を鵜呑みにしていること自体おかしなことです。
因みに事件翌日にカルテを書いた石郷岡病院の医師は、実際に診察していないのに、診察したとしています(先程リンクを貼った探偵ファイルの記事の下の方に詳細があります)

そして弟が粗暴だとされた重要な根拠は、判決文にもある通り、石郷岡病院へ入院した経緯です。
嫌がる弟を風呂に入れようとしたら、父を殴ってしまい、運悪く父の顔面を骨折し入院したことです。
弟は2007年〜石郷岡病院へ入院する2011年9月まで入院等をせず、自宅にいました。
普段の弟は“監視カメラ映像”の最初にも写っている通り大人しく、椅子に座っているだけだったりと暴れたりしませんでしたが、2006年千葉大付属病院で電気ショック療法を1クール受けてから
認知機能が悪化し、突発的に家を出てしまったり、失禁を繰り返すようになり、父が怪我で入院をすると母1人では不安だということで入院をしました。
そもそも普段から粗暴だったら、高齢の、というと少し語弊があるかもしれませんが(70代及び60代。事件当時、両親は60代)若くない両親の手に負えず何年も自宅療養できません。
そういった背景も一切無視され、一度の過ちーこれだけで粗暴のレッテルを貼られてしまいました。


その結果、冒頭にも書いた違法判決がくだされました。
田中被告は無罪、菅原被告は暴行罪でした。
菅原被告の暴行罪は、公訴時効が成立しており、本来ならば免訴で無罪にならなければいけません。
実際に菅原被告は一審判決を不服として(免訴と無罪を求めて)東京高裁に控訴しています。
東京高検(千葉地検)も一審判決を不服として東京高裁へ控訴しており、現在は控訴審が東京高裁第11刑事部(栃木力裁判長)で行われているところです。

一審の千葉地裁(高橋康明裁判長)は、なぜ菅原被告に公訴時効の成立した暴行罪という違法判決を言い渡したのでしょうか。
裁判官が3名もいてチェック機能が働いていなかったのでしょうか。
それとも裁判官が全員、石郷岡病院事件について時系列をきちんと把握していなかったのでしょうか。
もしかすると、全てわかっていたにも関わらず敢えて違法判決をくだしたのかもしれません。
公判前整理手続から、無罪ありきの裁判だったと思えなくもないからです。
本当は菅原被告についても無罪にしたかったのだけれど、画像からはどうしても暴行を認定せざるをえない。
公訴時効の成立した暴行罪を適用すれば、判決後に菅原被告が免訴を求め控訴するだろう。
免訴を起こしたら、公訴時効が成立しているのだから、免訴が認められ無罪になるだろう。
そうすれば結果的に被告らは両名は無罪になる。
と考えたかどうかはわかりませんが、不可解な判決文と相まって謎は深まるばかりです。




結局のところ、あの裁判は何を裁いたというのでしょうか。
保護室で首の骨が折れたことは認定されても、誰がやったのか、どうして首の骨が折れたのか不明のままです。
何のための裁判だったのか、私には理解ができません。
それどころか、このままですと、医療従事者が患者に暴行を行なっても罪に問われることもなく
正当業務行為とされてしまう前例を作ってしまったことになってしまいました。
このようなことが許されてよいはずがありません。
控訴審では公正な判決を望みます。



3月31日は弟の40回目の誕生日でした

3月31日は、弟が生きていれば40回目の誕生日となっていたはずでした

もし生きていたら…

もし精神科の門をくぐっていなければ、今頃どんな仕事をして、どんな生活をしていたのだろう

そう考えると悲しく、切なくなります…

弟はマスコミ関係の仕事を希望していました

法政大の社会学部に入学したのもその為です(青山学院大の社会情報学部にも受かったのですが、法政大を選んだ)



ちょっとした落ち込みで、精神科クリニック(精神病院傘下のクリニック)を受診し、薬の副作用が出て入院

17種類もの向精神薬を飲まされ、副作用が酷くなり、縛りつけられ無理矢理、点滴で投与され続け

薬の副作用でジストニアになり、ジストニアが手に負えないと病院から追い出され

転院先でのジストニアの治療も功を奏さず見捨てられ

今度は電気ショックをされ、それ以降会話もままならなくなり

失禁も繰り返すようになり、石郷岡病院へ入院するも人間扱いされず

果ては暴行され死にました

弟の人生はなんだったのだろう


ニュースになれば、残酷なコメントやメール…

殺処分してもらってありがたく思え、お前らが全て悪い、(暴行した)准看護師がかわいそう等々…

そしてあの千葉地裁の一審判決

日本では、理由がどうであれ、障がい者になった途端に人権がなくなるのだなと思い知らされました

どうして、自分の家族や友人が同じ境遇になったら?と考えることができないのでしょう…

もし、自分の家族や友人が同じ境遇になっても、彼らは叩くのだろうか

回り回って、自分たちの首を絞めることになるとも考えずに…

セーフティネットを叩いたりすることも同じだと思いますが

自分を含め、いつ何時、障害を負って障がい者になるかわからないのです

例えば近所の方も若くして事故で脳に障害を負い家族さえわからない状態になりました

息子の勤務先の病院には、やはり若くして交通事故等で脳に障害を負い寝たきりになったり

会話もまともにできない方も何人かいるそうです(所謂、知的障害状態)

こういった突発的な事故でも障がい者になりえます

身近にいる、こういった障がい者(精神障がい者含む)の存在を知らないかもしれません

なぜなら、障がい者になると偏見や冷たい視線を浴びますので、家族や本人が人目のつかないところに

言葉は悪いけれど、その存在を隠してしまうからだと思います

小学校等でも、子供が少しでも変わっていれば早期介入と称してすぐに特別支援学級へ隔離(驚くべきことに、授業妨害等がなくても、計算が遅い、着替えが遅いなどの理由でも発達障害だとして介入されます)

教師は製薬会社主催のセミナーで、向精神薬は殆ど副作用がないという製薬会社社員の言葉を鵜呑みにして

子供達に精神科の受診と向精神薬をすすめる

普通学級の子供達は、少しでも変わった子供をイジメたり障がい者扱いをする

そうしてますます、子供の頃から少しでも変わった子供は排除されていき、大人になって他人(障がい者や変わった人)を許容できなくなっているように思います

そのように育った大人が、事故や病気で自分や身内、友人が障がい者になってしまって初めて知るのだと思います

この国がどれだけ障がい者に冷たいのか

自分達がそのことに加担していたということも

去年放送されたNHKハートネットTVの大麻ディレクターが仰っていた、社会全体の責任という言葉…

私も正直にいえば、弟がこのようになるまでは、医療、精神科問題や障がい者の事を真剣に考えたことはありませんでした…

弟の件で、被害者家族になって、初めて(精神)障がい者や、障がい者を取り巻く環境、社会について知り愕然としました

司法が必ずしも公正でないことも知りました

悲しいことですが、これが現実です…













私自身の病気について

本日は東京高裁における第1回公判がありました。
傍聴席は満席だったそうです。
傍聴頂いた方、ありがとうございました。

ところで、今まで書こうか迷っていたのですが、一応書いてみることにしました。
それは私自身の病気についてです。
周囲にも、あらぬ誤解をされる可能性があるから、ブログに書いた方がいい、とアドバイスを頂いたことでもあります。
あらぬ誤解というのは、姉である私がブログで色々と書いているにもかかわらず
刑事裁判の傍聴へ行けていないことについてです。
毎回出席している父と違い、なんだあの遺族は、とお叱りを受けたこともあります。

私の持病はバセドウ病という、甲状腺の病気で、2009年に大学病院で診断を受けてから
今もずっと抱えている病気です。
因みに、甲状腺にはバセドウ病とは無関係の腫瘍もあります。
体調が悪くない時は、民事裁判にも何度か行ったことがあります。
そして現在は、メルカゾールという抗甲状腺ホルモン薬を飲んで、バセドウ病と逆の、甲状腺機能低下症になっています。
去年は大学病院でアイソトープを打診されました…

思えば2011年9月、石郷岡病院に弟が入院する際に付き添いをしましたが
その直前の1カ月は、ほぼ寝たきり状態でした。
病気のために、極端に筋力が低下し(ミオパチー)下肢はむくみ、嚥下困難で
就寝時も何度も窒息しそうになるほどでした。
右耳が難聴になりました。

そして2012年1月3日、あの石郷岡病院事件が起こった数日後、出先で倒れ救急搬送されました。
それから甲状腺機能低下症になったり、亢進症(抗体があるのでバセドウ病です)になったりを繰り返しています。

忘れもしない2017年3月14日、千葉地裁の容認できない判決直後、突然全身がむくみだし
バセドウ病が悪化し全身が小刻みに震え、体重も急激に減少して脈拍も増加しました。
と同時に突然腹痛になり大学病院を受診した結果、子宮腺筋症と内膜症と診断されました。

2018年3月現在は、メルカゾールの影響もあり甲状腺機能低下症になっており、酷い時は目が勝手につむってしまい
家の階段の昇降もしんどく、全身がむくみ、毛髪が異常に抜け、時々意識が飛びそうになることもあります。
と同時になぜか低血糖になっています(糖尿病ではないです。ヘモグロビンa1cも5.1など。随時血糖64などになっています)
体温もバセドウ病の時は37℃近くあったのですが、低下症の今は34〜35℃台と低体温です。
こんな状態ですが、まだ手のかかる次男もおり、とても数時間かかる裁判の傍聴をできる状態ではありません。
それが本当に悔しく思います。
どうかご理解の程宜しくお願い申し上げます。



石郷岡病院事件 弟のこと

経緯



大学2年…法政大学(社会学部)の近くにある相模原市から夏に帰省。落ちこむことがあるため親が精神科受診を勧める。診断結果は医師にも判別がつかず不明。ノイローゼでしょうとドグマチールを処方される。



大学3年生(2001年)…通学に便利な八王子市のアパートに引っ越す。帰省時に更にストレスがあるということで、暫く大学を休学し実家で療養をすることになる。バイトなどをして過ごすが、大学へ復学。千葉県中央部から大学まで通学するも無理がたたり親に無断で退学届けを出す。
市原鶴岡病院受診。うつ病でしょうとのことで、パキシルを処方される(9月下旬)
その年の11月下旬、近所で引っ越しがあった際に弟が煩いと引っ越し業者を殴ってしまう。本気で殴ったわけではないため引っ越し業者の方に怪我はなかった。事件化せず。
このような事件を起こしてしまったため、再度、市原鶴岡病院を受診すると、統合失調症だろう、との診断。(但し両親の記憶が曖昧なため本当に統合失調症と診断されたのかは不明。入院時の診断書にある病名が違うからだ。詳細は下記の市原鶴岡病院の記事をクリックしてご覧ください)
因みに弟は幻覚も幻聴もなかったのだが、医師はわからないなぁ、と首をひねりながらも他人を殴ってしまうのは統合失調症だろうとした(ようだ)
リスパダールを3日分処方される。
リスパダール服用1日目で錐体外路症状である急性ジストニアが発現するも、医師の指示は水を多く飲ませてください、のみ。
リスパダール服用3日目に父と散歩中に突然エビぞりになり苦しみだし泡を吹き、2次救急病院へ救急搬送。
その後、市原鶴岡病院を再受診すると、薬の副作用が強いようだから家では大変でしょう、入院しましょうということで入院となる。




★最初の病院へ入院した理由は、処方された向精神薬の副作用のため。



入院初日から多剤処方開始。
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院



★診断書及び入院の記録では、病名として統合失調症ではなく「心因反応」または「対人恐怖症」



(2002年)年が明け突然の四肢拘束(3週間続く)理由は医師の指示書によれば自殺企図があったためということだが、拘束指示書を見るとベッドの下に頭を入れ、死ねというのが見える?聞こえる?と言っていたことが自殺企図とされたようだ(多剤処方の副作用だと確信している)
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院・続き

多種多様の向精神薬投与を受けた結果、首が斜頸し薬剤性ジストニアを発症。
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院での投薬記録



★入院5か月の間になんと17種類、入院直前を含めれば19種類もの向精神薬の投与!



薬剤性ジストニアを発症し、このまま市原鶴岡病院では診ることができないということで、千葉大附属病院へジストニアの治療のため転院。

ボトックス注射を受けるもジストニアは改善せず。千葉大での診断も統合失調症。
ジストニアの治療と併せて向精神薬を数種処方される。
結局治療の成果もないため退院。以降、自宅療養。



(2006年秋)再度、千葉大へ入院。この時電気ショック療法を勧められ1クール受けるもかえって状態が悪化したため千葉大の勧める2クール目は受けず2007年退院。認知が酷くなり会話が成り立たなくなることが増え、トイレに間に合わなくなり失禁するようになる。退院時、診察に寄った石郷岡病院の院長自ら弟を診察し統合失調症ではないとの診断。つまり、市原鶴岡病院の最初の診断は誤診であった、ということ。
以後、自宅療養。



(2011年9月)父が弟を自宅の風呂へ連れて行こうとしたら怒って父の顔面を殴ってしまう(しかし直後心配そうに父の肩をたたく)
父が入院し、母が1人では面倒を見るのが不安だということで保健所に相談し、医療保護入院として石郷岡病院へ入院。石郷岡病院での診断名は広汎性発達障害(これも弟の恩師や一部の有識者曰く、発達障害は見られなかった、若しくは多剤処方で変わり果てた姿を診断したに過ぎない、という)

(2011年10月)面会に行った父が弟の目の周りが痣になっていたのを病院スタッフに確認すると「風呂でちょっと」という答え。

(2011年11月)石郷岡病院医師より退院の打診があり。
父が退院する前にトイレトレーニングをお願いすると医師は「トイレがあるのは開放病棟と隔離室だけなので、隔離室で様子を見てトイレ訓練をさせましょう、ということでトイレトレーニングのために隔離室へ移る。



★隔離室への移動は、暴れるからではなくトイレトレーニングのため。これについては病院関係者も認めている(カルテ記載及び証拠あり)巷の一部で錯誤されているように、決して「暴れているから隔離室」ではない。追記:刑事裁判にて石郷岡病院の元院長(主治医)はトイレトレーニングすらしていなかったと証言。ただ、隔離室に閉じ込めていただけだと判明。



(2012年1月1日16時過ぎ)石郷岡病院の准看護師である菅原巧と田中清が、おむつ替えの際、弟の顔面等を踏みつけるなどして暴行をする。

(2012年1月2日)石郷岡病院のスタッフは首から下が麻痺、閉尿した弟の異変に気づくも隠ぺい(いずれ明らかにします、証拠あり。公判でも明らかになるはずです)または放置。
午前中には診察がないにも関わらず著変なしとカルテに記載(当該医師は判明。いずれ明らかにします)
午後は麻痺や閉尿にも関わらずまともに検査せず(石郷岡病院は神経内科も標榜している

(2012年1月3日正午過ぎ)当日出勤してきた石郷岡病院の当直医(他病院からの派遣医師。精神科医ではない)の判断で、3件目の打診先である帝京大学ちば総合医療センターへ救急搬送される(千葉大附属病院、某病院は受け入れ拒否)
病院到着後、検査の結果頚椎骨折、頸髄損傷が判明する(MRI画像から血腫が広がっていた)
HCUへ入院。首から下の四肢麻痺が判明。
呆れることに、民事裁判において石郷岡病院は弟の怪我が重症化したのは、帝京大学ちば総合医療センターの過失であると主張。

(2012年1月4日)昼過ぎに突然の心肺停止10分。HCUに救急救命医はじめ医師が数人居合わせていたため、辛くも蘇生する(少しでも遅れていたら亡くなっていただろうと医師に言われた。以降亡くなるまで呼吸不全が数度あり)


★石郷岡病院から救急搬送翌日の2012年1月4日に心肺停止。亡くなったのは2014年4月だが、そもそも搬送直後から生死にかかわるレベルの重症であった。



(2012年6月)療養病院併設の**病院(この病院については公判後、落ち着いたらいずれ書きたいと思います)へ転院する。何度か肺炎及びMRSAに感染し衰弱、危篤状態、呼吸不全になる。

(2014年3月31日)36度目の誕生日。

(2014年4月28日)肺炎による呼吸不全により永眠(享年36歳)





以上が弟の亡くなるまでの経緯です。
特に言いたいのは、弟が粗暴なために隔離室にいただとか、2012年1月1日の報道された監視カメラ映像を見て暴れてる、興奮して暴れてしかも隔離室にいたのだから相当な患者だったのだろうという偏見をもたれることは困ります。
また石郷岡病院も粗暴であると言っていますが、看護記録等からはどういうわけか菅原容疑者が記入する時だけ「抵抗す」「抵抗なし」と書かれています。これはどういうことか?(他のスタッフはあまり書いていない)
何が言いたいのかと言えば、あの映像にあるような患者への扱い(座っている患者をいきなり引き倒す、暴れてもいないのに膝や足を使い抑制する、寝かせておむつ交換と同時に食事等。他にも実は警察の証拠にありますが今は書けません)だからこそ、患者側も抵抗せざるをえないのではないかということです。
隔離室というのは弟の場合は特殊なケースだと思いますが、一般には不穏な患者さんの入る場所です。
ただ弟の場合はトイレトレーニングのためでしたので興奮して動き回ったりしていなかったことは確かです(証拠証言あり)
また、石郷岡病院スタッフによる医療行為とも介護行為ともいえない患者への虐待行為について、驚くべき真実をいずれは証拠を元に記事を書きたいと思っています(公判以降になってしまいますが。または公判中に出てくる可能性が高いです)
そしてこれらのことは、石郷岡病院がいかに杜撰な病院であったかを示すことになるでしょう。
現在までも事故調査委員会も設置せず、何らの謝罪もせず、遺族に説明もせず知らぬ存ぜぬを貫いていますので、推して知るべしですけれど。
いずれ民事裁判等で石郷岡病院の主張している内容が崩れることは間違いのないことですので、まずは刑事裁判を早急に行っていただきたいところです。
しかし菅原、田中容疑者の弁護士達がことごとく証拠採用を拒否している関係で、なかなか公判を開けないようです。
そのため現在は証人の整理をしているそうです(検察談)とはいえ公判は今年の11~12月を予定しているそうです(ずれる可能性が高い気がしますが)
早く真実をみなさまに伝えたいです。
真実が明らかになることで、事件の抑止力になることを祈ってやみません。

ある青年の死 動画

弟の事が番組で放送されました。
NHKハートネットTV・ある青年の死
動画です




Yahooニュースに掲載された、NHKハートネットTV「ある青年の死」

改めて、「精神障害」とは何なのか? ~ NHKハートネットTV『ある青年の死』から




2012年1月1日、千葉県の精神科病院に入院中の青年・陽さんが、頚椎を骨折しました。陽さんは「保護室」と呼ばれる一人部屋に隔離されており、保護室のモニターカメラには、2名の看護師に暴行される陽さんの映像が残っていました。顔面を蹴られたことが、頚椎骨折につながったと見られています。

陽さんは別の病院に搬送されましたが、寝たきりとなり、2014年4月に36歳で亡くなりました。

2人の看護師は逮捕・起訴されましたが、千葉地裁は2017年3月、1人を罰金刑・1人を無罪とする判決を下しました。検察はこれを不服として控訴しています。



NHKハートネットTV『ある青年の死』

2017年12月19日、この事件とその周辺を追ったTVドキュメンタリー『ある青年の死』が、NHKハートネットTVでオンエアされました(番組ページ)。障害者福祉・障害者運動の立場から、この事件に関心を持ち続けてきた私にとっては必見の番組です。私はTVを持っていませんので、ネットカフェに行ってメモを取りながら視聴しました。

番組は、番組の語り手である大麻俊樹ディレクターが、精神科病院で広く行われる「拘束」を体験する場面から始まります。動きたくても動けません。

しかし番組は一貫して、誰か・何者かを「悪」として告発するのではなく、複雑な歴史的経緯とその背景を抜きにして語ることができない現在の精神医療と、そして社会の「精神障害者」観を解きほぐし、静かに語りかけます。


筆者注:

そもそも拘束を行うのは、動かれては困るからです。また、精神科病院だけで行われているわけでもありません。動かれたら困る理由は、「点滴の針や栄養チューブを抜いてしまうかもしれない」「意識が朦朧としている状態でベッドから落ちてしまうかもしれない」など、さまざまです。人権上、拘束は大いに問題なのですが、病院や施設の現在の人員と体制のもとでは、「拘束しかない」という場面が実際に存在する現実を認めないわけにはいきません。

千葉県の事件が起こったのは、精神科病院の保護室の中でした。保護室とは、いわゆる「自傷他害」を防ぐため、寝具からトイレまで配慮を凝らした個室で、通常は閉鎖病棟の中にあります。保護室での処遇もまた、人権上の問題となっています。社会から隔離されただけではなく、精神科病院の中の他の人々から隔離され、狭い部屋の中から出る自由もなくなってしまうからです。





下着を下ろされたまま口に流し込まれる食事

番組の冒頭近くで、保護室のモニターカメラに残っていた陽さんの姿が紹介されています。頚椎骨折に至る暴力を受ける前、日常の夕方のケアを受けているところです。看護師が入ってきて、オムツ交換のために下着を下ろします。ついでその状態のまま、食事の介助が行われます。横になったままの陽さんの口に、夕食の流動食が流し込まれます。この後、オムツが交換され、下着が元に戻されます。所要時間は10分足らずです。

大麻氏は番組の中で、この扱いに「愕然としました」と語っています。

筆者注:

直接知るベテラン精神科看護師・K氏は、「誤嚥のリスクが非常に高いです」と、本人の尊厳にとどまらない問題を指摘しています。




最初の一歩

陽さんが精神科に入院することになったきっかけは、大学時代に引きこもりがちになったことでした。番組には、陽さんの幼少のころからの親友も登場します。小・中・高・予備校時代を共に過ごしたMさんは、陽さんについて「スポーツマンで勉強もできて、男子・女子とも友人が多かった」と語ります。大学に入学して一人暮らしを始めた当初の陽さんは、サークル活動やアルバイトで、友人に囲まれて賑やかに過ごしていたようです。しかし突然のように引きこもり状態となりました。

心配したお父さんは、2001年、陽さんを精神科病院に連れて行きました。医師の診断は「うつ病」、SSRIと呼ばれるタイプの抗うつ剤が処方されました。ところが攻撃性が高まってしまい、見ず知らずの人に暴力を振るうようになってしまいました。


筆者注:

2001年当時の標準的なガイドラインでは、うつ病に対しては、SSRIが第一の選択肢となっていました。陽さんも、当時のごく一般的な処方をされたものと思われます。

「衝動性が高まる」という副作用の存在は1990年代から知られていました。詳細はヒーリー『抗うつ薬の功罪』(出版社ページ) などをご参照ください。

陽さんに処方された薬剤が日本で認可されたのは2000年、厚労省が注意喚起を行ったのは2009年です。





アリ地獄のように


単純なうつ状態とも、他の精神疾患ともつかない状態が続く中、診断も処方も変わっていきました。すると陽さんは、薬の深刻な副作用に苦しむことになりました。見た目も言動も変わり、孤立が深まりました。そのことに対する家族の配慮は、また、結果として孤立を深めてしまいました。それらの成り行きは、主にお父さんの言葉として語られています。可能な選択肢が限られている中で、迷いながら悩みながらベストを尽くしたお父さんは、結果として愛息を失うことになりました。お父さんは番組の中で、時に声をつまらせながら、言葉を選びながら、語り続けます。

前述の友人・Mさんは、その間も陽さんと交友を続けていた一人です。陽さんが違う人間になったわけではなく、「ああ、彼なんだなあ」と感じたと番組の中で語っています。

番組終盤では精神科医が登場し、「薬をやめてみる」という選択が行われなかったことに対する遺憾を表明しています。


筆者注:

たとえば「骨折してギブスをしている」「糖尿病で定期的に通院し、毎日インシュリン注射をしている」という状態の人々に対して、骨折や糖尿病が「その人」そのものになってしまったとは、通常考えられないでしょう。しかし精神障害・精神疾患では、病気が「その人」そのものになってしまったかのような受け止め方が、未だに一般的です。なぜでしょう?





そして事件へ


陽さんの最後の精神科入院は、2011年9月のことでした。番組で紹介された当時の状況では、もはや本来の精神疾患が何だったのか、処方されてきた薬剤の何にどういう功罪があったのか無関係に、混乱した状況にあったようです。そして、2012年1月1日の事件へと至りました。


筆者注:

前出の精神科看護師・Kさんは、この事件に関心を寄せ続けています。事件が起こった千葉県の精神科病院の診断と処方を精査したKさんは、「妥当だったのでは? 不要な薬剤を減らし、副作用を減らし、感情に働きかける内容でした」と語っています。




一人の不運で終わらせられない

番組では限られた時間の中で、日本の精神医療の歴史・向精神剤使用や認可に関する問題点・家族や地域を含めた社会の理解・精神医療の現場の人々の働きやすさなど、非常に数多くの側面から、問題点が静かに提示されています。

精神医療に対して

「こんなことがあって良いとは思わないけれど、事件や事故が起こる現場にも、スタッフの事情があるのだろう、でも、このままで良いとは思えない……」

とグルグル回りになりがちな方は、『ある青年の死』をご覧になれば、どこから・何から手を付けてゆけばよいかの糸口の1つ2つは見いだせるのではないかと思います。

私自身も、問題意識を持ちながら、グルグル回りになる1人です。『ある青年の死』には、大いに心を揺さぶられ、刺激され、忘れがちな大局観を再発見させていただきました。

素晴らしい番組を制作されたスタッフの皆様、そして大麻俊樹ディレクターに感謝します。



「自分もそうなるかも」という想像力を



陽さんのお姉さんからは、『ある青年の死』と制作者に関する意見と思いを聴かせていただくことができました。

「大麻さんは誠実で、タブーとされている精神医療問題に真摯に取り組んでくださっていると思います。短い放送時間ながら、『病院で暴行を受けて亡くなった』というだけではなく、バックグラウンドまで伝えて下さったことに感謝しています」

さらに番組から、障害者への排除の風潮や、そういう風潮への無関心は、特別な人が作ったり加担したりしているわけではないことを教えられた、とも。

「みんなもそういう風潮に加担しているんだよ、みんなもそういう社会を作り出しているんだよ、ということを教えてくれたんだと思います」

いま、自分自身が精神科病院と無縁に過ごせていても、近親者がお世話になるかもしれません。また精神疾患の原因は、高齢化・負傷・身体の病気など、かなり多様です。

「その時、このような精神医療を『よし』としていたら、自分も同じ境遇になるかもしれません。そう考えていただければ」

とお姉さんは語ります。


医療従事者として向き合わなくてはならない実態


前出のベテラン精神科看護師・K氏に番組に関する意見を求めたところ、

「あまりにも衝撃的な精神医療の現状が、正直に伝えられて、よかったと思います。精神医療に従事する人々の中にも、番組に衝撃を受けたという人、『自分のしている仕事を振り返らざるを得なかった』という人がいます」

ということでした。

精神医療に毎日従事する立場で、どのように衝撃だったのでしょうか?

「こんな非人間的な扱いは、看護ではありません。寝かせたまま流動食を食べさせるのは、誤嚥のリスクも高いです。しかも座れる患者さんなのに座らせず、マットも敷かずに床に転がした状態です。人間の尊厳が守れていません。まるで家畜への虐待のようです」

どうすれば、人間の尊厳が守られている状態になるのでしょうか?

「人間に対するケアをするのなら、安全・安楽が基本です。たとえば、食事を食べるために食べやすい環境を作るとか」

下着を取り替え、いくらか気持ちのよい状態になったところで、身体を起こして食事というわけに行かないのが現場の都合なのなら、深刻な人員不足というべきでしょう。番組では、その問題も指摘されています。

「しかし一番の問題は、排泄の介助途中で食事介助をしていることです。終わった後も、マットと枕を投げ捨てて、本人にかけたり敷いたりしていないんです。とんでもない話だと思いました」

K氏は、大麻ディレクターとも面識があります。ご本人に対しては?

「誠実で、『現状を変えたい』という意識をお持ちのようです。今回は、現場の状況を投げかけ、『これでいいのか』と提示されたところでしょう」

しかし、大麻ディレクターと『ある青年の死』に一定の評価をしつつも、K氏には「食い足りない」と感じる部分が残ります。

「少なくとも大麻さんは、現状を正直に伝えようとしてくれています。お父さんの苦悩や、やりきれない思いも、ちゃんと取り上げて伝えてくれていると思います。陽さんの人となり、苦しみ、『自分の人生が、なんでこんなふうになっちゃったんだ』という声も。でも、当事者の声、精神科病院に入院して、保護室への隔離や拘束を経験した当事者の声はありませんでした。医療者の立場、遺族の立場の話が中心でした。医療を受ける側の受け止め方や発信は、入っていません。そこは残念です」


難しいけれど、少しずつ


精神障害者を含め、社会的弱者の声を社会に伝えることは、今、非常に難しくなっている実感があります。

「期待される社会的弱者」像に沿っていない発信は、2016年夏の「貧困女子高生」報道バッシングを思い起こすまでもなく、本人に対するバッシングの引き金になりかねません。

「期待される社会的弱者」像を変えるための発信が、「期待される社会的弱者」像を世間が再確認する契機になってしまうのでは無意味ですが、発信しないわけにはいかない……という板挟みの中で、私も毎日、さまざまな模索を続けています。

日本のあちこちに「自分の期待する社会的弱者」イメージ、言い換えれば「こういう社会的弱者なら存在を許す」という思い、どこかに「自分は他人の人権をコントロールできる場合がある」という前提があるということは、それそのものが、日本の「人権」の問題です。

簡単に変わるものなら、既に変わっているでしょう。

難しいけれど、少しずつ働きかけて、いつか変わる将来に期待するしかありません。

絶望したら、そこで終わります。

私は『ある青年の死』に、絶望はやめようと語りかけられた気がしています。

ある青年の死』は、本記事公開の翌日、2017年12月19日(火) 13時5分よりNHK・Eテレで再放送されます。
ご関心を持たれた方は、どうぞご視聴ください。



みわよしこ





ある青年の死←Veoh動画







石郷岡病院事件・NHKハートネットTV(Eテレ)で放送されます

NHKハートネットTVで石郷岡病院事件ある青年の死 —精神科医療の“よくある治療”の中で—が放送されます。

2017年12月12日(火曜)20時〜20時29分 Eテレ



今年3月、“ある青年の死”をめぐる裁判の判決が下されました。それは、精神科病院に入院していた当時33歳の男性患者が、保護室で2人の病院職員から暴行を受けたのではないかとされる事件。准看護師が患者の頭を踏みつけたとされる監視カメラの映像が証拠として採用されたものの、1人は罰金刑、もう1人には無罪判決が言い渡されました。メディアは当時、不運な精神障害者が被害を受けた病院のスキャンダルとしてこの事件を報じました。しかし、監視カメラの映像は、暴行があったとされる行為の直前に、オムツを替えながら食事をさせられている様子もとらえていました。精神科医療の現場では、人の尊厳は無視されても“致し方ない”ものなのでしょうか?亡くなった患者の名前は陽さん。そもそも彼はどんな人生を歩んで精神科病院に入院することになったのでしょうか? 陽さんが初めて精神科病院にかかった時から事件までの日々をたどると、陽さんの身には、日本の精神科医療の課題が数多く降りかかっていたことが見えてきました。ディレクターが現場を訪ね歩き、"ある青年の死”を通じて、今の精神障害者をとりまく日本の現実を考えます。



弟の親友も、勇気を出して番組に出演してくださいました。
控訴審は3月9日です。
司法には公正な判断を望みます。

控訴審の日程が決まりました

刑事裁判の方ですが、石郷岡病院事件、控訴審の日程が決まりました。

平成30年3月9日 午前11時~ 東京高裁第622号法廷(6階)

来年の3月9日です。千葉地裁の判決から約1年後となりました。

遺族としては、もう、東京高検に頑張っていただくしかありません。

あのような違法判決、理不尽な判決が覆るよう

祈るほかありません。


「無知」と「不理解」が障害者の人権を脅かす 傷害致死罪を認めなかった千葉地裁判決

下記サイト、堀 辰也氏の記事です。
「無知」と「不理解」が障害者の人権を脅かす 傷害致死罪を認めなかった千葉地裁判決

「無知」と「不理解」が障害者の人権を脅かす
傷害致死罪を認めなかった千葉地裁判決


精神科病院内における患者虐待を、まるで認可するかのような裁判判決が言い渡された。石郷岡病院(千葉市中央区)精神科で発生した、入院患者に対する暴行致死事件。傷害致死の疑いで逮捕された元准看護師2人に対し、千葉地方裁判所は3月14日、1人に無罪、もう1人に罰金わずか30万円の支払いを命じる判決を下した。傷害致死罪の訴えを退けた理由について高橋康明裁判長は、「病室のカメラ映像からは暴行を認定できない」と結論づけたが、暴行を認定できるか否か以前に、映像には、入院患者に対する明らかな虐待行為が記録されている。この様子を、裁判長と裁判員5人が『正常な看護行為』と認めたのであれば、もはやこの国に「障害者の尊厳」など存在しない。



両被告の“詭弁”を鵜呑みにした裁判長と裁判員の無知

2012年1月、統合失調症で石郷岡病院精神科に入院していた33歳(当時)の男性患者が、准看護師らの暴行によって頸椎骨折などの重傷を負わされ、その時の怪我による呼吸不全が原因で14年4月下旬に死亡…というのが、事件の概要。今年2月中旬から始まった裁判員裁判では、意図的な暴行か、業務上の偶発的な事故か…が争点の1つとなったが、証拠採用された映像の不鮮明さがネックとなり、「カメラ映像が犯行の裏付けとしては不十分」と判断された。

 確かに映像は低解像度で、しかも不鮮明なものではあった。が、30歳を過ぎた成人男性を、准看護師らが無理やりフローリングの床へ引き倒し、ズボンも履かせずオムツのままで食事を与えたり、両被告と一緒に保護室に入った女性看護師が、替えのオムツを床に放り投げる様子がはっきりと撮影されている。正常な神経を持った人間で、この様子を「介助」と見なす者は、まずいないだろう。

 証人尋問で両被告は、映像中の暴行が指摘される場面に対し、「患者が手で殴ってきたので腹部を膝で押さえた」「足で蹴りつけてきたのでそれを避けるため、顔をまたごうとしている最中、偶発的に足裏が患者の顔に当たった」(要旨)などと述べている。しかし、よく見てみると、“患者が殴ってきた”場面は、膝で腹部に体重をかけられた被害者が、苦しんで持ち上げた手がポンと当たった程度にしか見えず、“足で蹴りつけてきた”場面も、膝で押さえつけられ、苦しくて足をバタつかせているようにしか見えない。そして、“偶発的に足裏が当たった”場面は、当たったと言うより、いったん頭部を蹴った後、狙いをつけて真っ直ぐに踏みつけているように見える。

 天井部に設置されたカメラ映像という性質上、動きの詳細が確認しづらい角度であり、「証拠」としては不十分かもしれないが、それはすなわち、被告の行為の正当性を立証するにも不十分なものということだ。にも関わらず、裁判長と裁判員は、被告1人の暴行の一部は認めたものの、それ以外の行為については両被告の言い分と、一緒に保護室にいた女性看護師の、「(被害者には)突然暴れ出すなどの衝動行為があり、顔を蹴られたと報告を受けた」、「患者が暴れた場合、看護師が患者の体を押さえる行為は普通にある」という証言を鵜呑みにし、検察側の立証を退けた。

 「傷害致死罪」を成立させるのに、映像だけでは不十分だったかもしれない。しかし、主体的に暴行を行った元准看護師に対する「罰金30万円」は、酒に酔って同席していた客を殴り、全治1~2週間程度のケガを負わせた…程度の暴行事件の判決内容だ。首が前傾(硬直?)している状態の入院患者を踏みつけたり蹴ったりして、頸椎骨折させた(もしくはその原因と思われる衝撃を与えた)者に対する量刑ではない。精神科病院における患者に対する暴力・虐待事件が、これまでにいったい何度繰り返されてきたか。その悪しき風習を改めるため、障害者団体や支援団体、こころざしのある精神科医などが、どれだけ努力してきたかを、全く鑑みていない人間の判断としか思えない。


警察署の捜査怠慢が「記憶の風化」を正当化させた

映像の不鮮明さに加え、暴行からかなりの年月が経過していることも、判決の公平性をねじ曲げる一因となっている。それは、判決後に千葉地裁で行われた会見で、裁判員を務めた男性の1人が「5年前の事件で、証人の記憶も風化していて(判断が)難しかった」と語っていたことからも明らかだ。そして、5年も前の出来事だったため、現場に居合わせた女性看護師の、「(カメラ映像を見て)自分がそこにいたのは分かるが、何が起きたか記憶に残っていない」という、おおよそ医療従事者とは思えない証言を認めざるを得ない状況を作り出した。

 不自然に感じた方もおられると思うが、そもそも、被害者が2012年に暴行を受けて重傷を負った事件の裁判が、なぜ2017年まで行われなかったのか。目撃者や状況記録が全く残っていない事案なら、犯罪を立証するための証拠集めが数年がかりになることもあるが、不鮮明ながらも暴行らしき行為が写された映像があり、被害者の診断書もある事件の起訴が5年後というのは、極めて不自然。その原因を作ったのは、警察の捜査怠慢に他ならない。

 暴行の翌日、被害者には下肢麻痺などの異常が見られ、保護室のカメラで動いていない様子が確認されたにも関わらず、石郷岡病院は適切な処置を一切行わなかった。そして暴行の2日後、被害者は千葉大学病院へ救急搬送され、その翌日には頚椎骨折による頸部腫脹により、一時は心肺停止状態にまで陥っている。

 その段階で被害者家族は、大学病院が出した頚椎骨折の診断書を添え、千葉県警千葉中央署に通報を行った。ところが、警察が実質的な捜査を始め、暴行に関わった准看護師2人を傷害致死の疑いで逮捕したのは、通報から3年数ヵ月が経ち、被害者死亡からも1年以上が経過した15年7月である。仮にこれが一般の病院で、暴行を受けたのが精神障害者でなければ、警察は容疑者逮捕を3年数ヵ月も放置しただろうか。

 一部報道によると、警察は同事件が全国紙に連載記事として取り上げられ、暴行時の映像が複数の動画共有サイトで配信されるようになって、ようやく重い腰を上げたのだという。結局、知的障害者や精神障害者に対する偏見と蔑視が捜査開始を遅らせ、それが「記憶の風化」という言い訳を正当化させ、今回の極めて理不尽な判決に結び付いたのではないか。


必要以上に過激な「業務行為」を上級裁はどう裁くのか


09年末、内閣府は『障がい者制度改革推進本部』を設立し、「こころのバリアフリー」「障害者が安心して暮らしていける社会の実現」に向けた動きが、ようやく盛んになり始めている。しかし、一部の精神科病院による患者への暴力・虐待事件は依然として発生しており、報道されていないものまで含めると、その件数は1990年代からほとんど変わっていない…とする指摘も聞かれる。

 つい先日(3月20日)、厚生労働省が発表した集計によると、精神科病院での強制的な身体拘束や施錠室への隔離件数が、2014年度は過去最多を更新したという。隔離に関しては調査開始の98年度以来、初の1万人超えとなったそうだ。不穏状態や攻撃的な状態の患者の自傷他害を防ぐため、一時的な身体拘束や隔離が必要になることは確かにある。着替えなどの介助を行う際、患者が異常な興奮状態にあれば、力の強い男性職員が覆い被さるようにして患者の身動きを抑えることも、決して珍しいことではない。しかし、それがエスカレートして暴力や虐待になれば、明らかな犯罪行為であり、法をもって裁くのが当然であろう。

 石郷岡病院事件の裁判判決は、『疑わしきは罰せず』の原則に偏り過ぎている。証拠映像だけでは傷害致死を認められなかったにせよ、決して攻撃的な動きはしていない患者に対し、必要以上に乱暴な“業務上の行為”を行っている元准看護師2人に対し、傷害罪の判決を下すことは可能だったはずだ。今回の判決を受け、死亡した被害者の父親は「到底納得できない。検察官には控訴するよう強く求める」とコメントしており、千葉地検の次席検事も「判決内容を精査し、適切に対処したい」と述べている。今回の判決が、上級裁でどのように扱われるかは、我が国における障害者の人権が、今後どのように扱われるかを示唆することになるだろう。





プロフィール

石郷岡病院事件被害者家族

Author:石郷岡病院事件被害者家族
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為だったとして田中被告無罪、菅原被告に暴行罪として、罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴→2018/3/9東京高裁にて控訴審(栃木力裁判長)の公判が始まる

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




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