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ワセダクロニクル

控訴審の判決以降、ワセダクロニクル編集長の渡辺周さん、そして佐藤光展さんと何度か会議を開いています。
佐藤光展さんは元読売新聞記者で、石郷岡病院事件を読売新聞朝刊、ヨミドクターで何度も記事にしてくださり
以来、お付き合いがあります。
その佐藤光展さんもワセダクロニクルに加わり、記事を執筆されています。
渡辺編集長は元朝日新聞の記者で、ワセダクロニクルには元記者、現役の覆面記者もいるそうです。


ワセダクロニクル とは

ワセダクロニクルとは
ワセダクロニクルとはワセダクロニクルは、早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトとして、2017年2月1日に発足し、創刊特集「買われた記事」をリリースしました。組織を目指し、既成メディアではできないジャーナリズム活動を展開していきます。






ワセダクロニクルが既存メディアと一線を画しているところ

私たちは、政治的・経済的・社会的権力に対する対抗的な関係性の認識に立ち、権力監視のジャーナリズム活動を通じ、権力の作動によって生まれた犠牲者や被害者を救済し、または生まれるであろう犠牲や被害の出現を未然に防ぎ、犠牲や被害の出現の原因となる権力の腐敗や不正、不正義、不作為を終わらせます。私たちはこの使命を市民社会の代理人として引き受け、社会の改良と改善に貢献していきます。ワセダクロニクルの「約束」


このように、既存のメディアが政権や司法、スポンサーである団体等に阿り、報道できなかったような事実を、探査報道として発信する、今まで日本に存在していなかったメディアです。




下記のように、ワセクロ(ワセダクロニクル )の報道が事件や、問題の端緒を開いたものもあります。
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最近ではワセダクロニクルが英ガーディアン紙と提携を結びました。
【イベント】ワセクロ、英国の有力紙ガーディアンとコラボ / 同紙の人気シリーズ「世界の都市」で、「東京」が登場 / 10日夜に渋谷


今後ワセダクロニクルは海外メディアとコラボを強化していくそうです。
ワセクロには、探査報道の先鞭をつけて欲しいですし、良い意味で追従するメディアが現れ
ジャーナリズムの原点を見つめ直し、闇に埋もれた事実が明るみになることを願います。






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青年はなぜ死んだのか(石郷岡病院事件の本)が出版されます

青年はなぜ死んだのか カルテから読み解く精神病院患者暴行死事件の真実





紹介

精神医療の現実」第二弾! 青年は亡くなる少し前、母親に「僕の人生、どうしてこうなっちゃったんだろう」と言いながら涙を流したという。青年をあの事件のあった保護室まで運んでいったものの正体はいったい何なのか。多剤大量処方の末「飛び降り自殺」した青年の死の真実にも迫る



目次

第一章 暴行死
第二章 精神科受診
第三章 さらなる悪化への道
第四章 三度目の入院
第五章 統合失調症とは何だ?
第六章 精神科と自殺



前書きなど

8.3秒に1人が鍵のかかる個室に閉じ込められ、7.9秒に1人が縛り付けられているのだ。そして、精神病院の片隅で、人知れず、不審な死を遂げる人が、一日に60人。
どちらが狂気だろう。
さらにその予備軍として、精神科に通院している人は361万人以上いる。両手いっぱい、こぼれるばかりの薬を口に放り込みながら、ジワジワと人生の歯車を狂わせていった人が、いったいどれくらいいるだろう。
陽さんの物語と、直樹さんの物語。
声なき人たちの無念の思いが、せめて小さな声になり、少しでも形になればと思う。
もし、精神医療に改善の余地があるとしたら、まずこの現実をとことん見つめ直すこと。そこからしか始まらない。きれいごとの話など、いらない。(「どちらが狂気か」より)



版元から一言

積み重ねると三〇センチにもなるカルテを一つ一つ丁寧に読み解くことで見えてきたものは……精神医療の恐るべき無責任さと冷酷さだった。それを許しているのが日本社会に未だ巣食う「差別と偏見」だとしたら、誰もが青年の死と無関係とは言えない。



著者プロフィール

嶋田 和子 (シマダ カズコ) (著)

1958年生まれ。早稲田大学卒業。1987年からフリーのライター。2010年6月にブログ「精神医療の真実 フリーライターかこのブログ」を立ち上げて体験談を募る。
主著:『私たちが、生きること』(ありのまま舎編、新潮社)、『大きな森の小さな「物語」――ハンセン病だった人たちとの十八年』(文芸社)、『ルポ 精神医療につながれる子どもたち』『発達障害の薬物療法を考える』(以上、彩流社)、『精神医療の現実――処方薬依存からの再生の物語』『〈向精神薬、とくにベンゾ系のための〉減薬・断薬サポートノート』(以上、萬書房)


ニッポンの裁判

瀬木比呂志氏の本“ニッポンの裁判”







“絶望の裁判所”などの著書のある、元最高裁判事の本ですが

石郷岡病院事件の刑事裁判に関わって、改めてこの本を読むと頷けることばかりです。

一般の方は裁判に関わることもないので、いまいちピンと来ないとは思いますが

関わった者からしてみると、裁判(司法)というのは関われば関わるほど、不信感しか生まれないと思います。


・そのような判断におけるレトリックは、最初に強引に一定方向の結論を決めてしまった上で、ただそれを正当化するためだけに構築されていることが多い。いわゆる「初めに結論ありき」の議論なのだが、判決のレトリックについては、難解な用語を用い、かつ、巧妙に組み立てられていることから、意外にも、法律の素人である一般市民をあざむくためには、そして、法解釈の演繹的な論理に慣れきってしまっている法律家を説得するためにも、結構効果的なのだ。


・国民、市民も、三回も裁判があるのだからきっと正しい裁判が行われるに違いない、などといった幻想を抱くべきではない。


・その本質は、最高裁判事の多数派が、「国会議員たちの既得権は何が何でもお守り申し上げる」という「法」を欲したということにすぎない。


・このように、「韜晦型」のレトリックとは、脆弱な論理を糊塗するためにもっともらしい法律の「コトバ」を幾重にも塗り重ねるものである。逆に都合の悪いことには一切触れないのが、あるいは、都合の悪い部分を省略するのが、「切り捨て御免型」のレトリックである。


・本来であれば判決の前提として当然論じておかなければならない事柄をすっ飛ばしているからこそかろうじて成り立っているまやかしのロジック、レトリックに過ぎない。つまり、都合の悪い部分はすべて省略しているのである。


・あなたがもしも新聞記者等のジャーナリストであるなら、第一報はともかく、せめて、掘り下げた分析を行うはずの記事では、こうした極端なレトリックについては、無批判にそれを鵜呑みにするのではなく、その意味、機能、そのようなレトリックの背後にある裁判官たちの価値判断はどのようなものであり、それがどのようにおおい隠されているのかについても、立ち止まってよく考えてみてほしい。

佐藤光展さんの記事

佐藤光展さん(元読売新聞本社医療部記者)の記事をご紹介いたします。

現代ビジネス

首が折れても暴行ではない…? 石郷岡事件「全てが奇妙な判決」


>まともな教育を受けた精神科看護師がこれを見ると、例外なく憤る。「これは精神科看護ではない」「何から何まで明らかな暴行です」。検察は一審の段階から、精神科看護の専門家の証人申請を裁判所に求めていた。だが、裁判所は却下した。

専門家を法廷に呼べば、間違いなく前記の看護師たちと同様の発言をしただろう。裁判所は彼らの証言を聞きたくなかったのではないか。

裁判所がそこまでして守ろうとしたものは何なのか。これが精神科の患者ではなく、がん患者や心臓病患者であっても、同様の屁理屈をこねて加害者を無罪にするのだろうか。



書かれている通り、千葉地裁(高橋康明裁判長)は監視カメラ映像は裁判所が評価を引き取る(監視カメラ映像の判断は裁判所が決める、映像の動画が暴行かそうでないかも公判で議論しない)となって
東京高裁(栃木力裁判長)では、“裁判所の方から”看護の専門家の意見書を提出しろといい、提出したら“却下”されるという実に不可解な経緯があります。


千葉地裁の判決の時から、3人も裁判官がいながら、判決言い渡し直後に弁護人すら気づいた、
公訴時効の成立した暴行罪を言い渡したことも、そして控訴審が東京高裁で始まったら、千葉地裁で判決を言い渡した
高橋康明裁判官が、控訴審の行われている東京高裁第11刑事部に異動してきたりと、何から何まで疑惑がつきまといます。
因みに一審千葉地裁の裁判長である高橋康明裁判官が東京高裁第11刑事部に異動してくるまでは
東京高裁も“審理不十分である”、“差戻しを考えている”と言っていたのです。
だから裁判を傍聴していた方ならご存知かと思いますが、検察側証人が法廷で証言中に、被告弁護人が「それは今ここで説明せず、差戻審で証言すればいいじゃないですか」と発言したのです。
つまり、差戻審になる、という話が裁判所、検察、被告弁護人の間で共有されていたのです。


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↑一審の地裁裁判を下した裁判官が、控訴審の行われている高裁の、それも同じ合議体に異動してくること自体、異常なことだとは思いませんか?現役の裁判官曰く「聞いたことがない」そうです(某テレビ局の方が聞いてくださいました)



>東京高裁の判決を短く伝えた大手マスコミは、今後も続く民事裁判などには目もくれず、これにて取材を終了するだろう。何事もなかったかのように。

だが、この事件の取材や報道を、このような人権無視の不当判決で終わらせてしまっていいのだろうか。私はむしろ、ここからが勝負であり、ジャーナリズムの正念場だと考えている。








なんと、免訴を獲得した被告人が最高裁へ上告しました

この一報には驚きを通り越し、さすがに呆れかえりました

なんと一審で公訴時効の暴行罪、東京高裁で公訴時効による免訴を獲得した被告人が

無罪を求めて最高裁に上告したのだそうです(因みに上告したので判決は確定せず現在も被告人のままです)

明らかに踏んで蹴っている被告人。

一審では左足での蹴り、高裁では左右で2回蹴ったことが認定されたにもかかわらず

無罪、つまり身に覚えがないと最高裁に上告したのです。

つくづく、精神科関係には一般的な良識や感覚さえも存在しないのだ、と思わされました。

検察が求刑8年を求めるも異常な裁判で傷害致死罪を免れ

免訴になるも飽きたらず、無罪を求めて上告…

仮に最高裁で無罪となったら、石郷岡病院事件の被告人らは2人とも無罪ということになります。

みなさん、前記事の映像を見てください。

日本の裁判所はこの2名を無罪と免訴にしました。

首の骨が折れて人が1人亡くなっているにもかかわらず、映像を見ても虐待しているにもかかわらず

誰も裁かれることもありません。

これが日本の司法なんです。これが圧力なんです。これが現実なんです。


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Sは12/29に上告を取り下げたそうです

石郷岡病院事件 控訴審判決についての概要

実はまだ判決文が手元に来ていないので、未だに詳しい内容を書くことができません。

今回、田中被告が無罪、菅原被告が暴行罪の免訴という判決ですが(現時点で判決が確定していないので今回は実名で書きます)

検察は、両被告について傷害致死罪、共同正犯、同時障害の特例、そして菅原被告単独での傷害致死罪を主張していました。

結果的には、田中被告、菅原被告の共同正犯が認められなかったため、それぞれの行為が切り離されてしまいました(検察は2人が共謀して暴行した=共同正犯、と主張)

個人的な意見としては片方が暴行している最中に、注意もせず(暴行しやすいように)身体を押さえつけていたら普通の感覚では共犯だと思います(しかも膝を身体に乗せていますし)

田中被告については暴行の事実がない(原審では正当業務行為、控訴審では触れられず)として無罪、菅原被告については暴行が認められるが公訴時効で免訴(実質無罪)

という結果になりました。

田中被告については看護の基準に照らせば暴行になるはずでしたが、看護の教授の意見書を裁判所が提出を求めるも、

却下という不可解な経緯があります。

菅原被告については、高裁でも暴行が認められています。

高裁は原判決について「被告人菅原が被害者の頭部を右足で1回蹴る暴行を加えた事実を認定しなかった点で是認できないが、
その余の点については、原審証拠と論理則、経験則等に照らして不合理なところはなく、当裁判所も正当なものとして是認できる」

とし、「その態様からすれば、被告人菅原の暴行は、被害者の頸椎に衝撃を与え、被害者の頸椎骨折を生じさせる可能性があると認められる」としています。

ですが結局「本件傷害結果が被告人田中の行為(暴行ではない行為)によって生じた可能性も否定できない」

として傷害致死罪を適用できない、という判決です。

そして原審(一審判決)では「被害者の頸椎骨折は、本件おむつ交換等の時に生じたものと認められる(なお、公訴事実に被害者の負った傷害として記載されている頸随損傷は、上記頸椎骨折に起因するものと認められる。)

としています。

つまりは

・オムツ交換時に頸椎骨折(頸髄損傷)が生じたと認められる。

・田中被告に暴行の事実は認められない(裁判所が意見書を却下のため暴行は認められず)

・菅原被告については原審で認められた左足で蹴る暴行のほかに、右足で少なくとも1回蹴る暴行が認められる。(つまり最低2回の蹴り。検察は3回と主張)

・菅原被告の暴行は、被害者の頸椎に衝撃を与え、頸椎骨折(頸髄損傷)を生じさせた可能性がある。

・しかし田中被告の行為で頸椎骨折が生じた可能性も否定できない。

・だからどちらの行為で頸椎骨折が生じたのかわからないから、検察が起訴した傷害致死罪を適用できず無罪、免訴

ということです。つまり完全無実ではない黒に近いグレー、ということです。

無罪、免訴なんだから暴行していない、ではないのです。

上記の事から言えることは、石郷岡病院の保護室のオムツ替えの際(動画の場面)に頸椎骨折が起きた。

しかし田中被告か菅原被告のどちらがやったのかまではわからない、ということです。

このように、石郷岡病院の病室で准看護師らの行為(田中被告の抑えつけか菅原被告の暴行)で骨折が起き、それが頸髄損傷を引き起こしたという認定になったわけですが

石郷岡病院は、あくまでも医療行為であり、菅原被告は足で軽く抑えたと主張していますから

今後、民事裁判でどう主張してくるのか、刑事裁判で菅原被告の暴行が認定されているのに、

相変わらず医療行為だと言い張るのでしょうか、注視しています。

しかも未だに石郷岡病院から謝罪すらありません。何らの責任もないと主張しています。

監視カメラ映像を見て、これが医療行為だと主張する病院に安心して入院できますか?家族にこのようなケアを受けさせたいと思いますか?









元読売新聞本社記者・佐藤光展さんが本を出版されます(書籍のご案内)

今年、読売新聞を退社された佐藤光展さんが12/14に講談社より本を出版されます。

石郷岡病院事件も掲載されています。

佐藤光展さんは、今年まで読売新聞本社医療部記者をされていました。

石郷岡病院事件を読売新聞朝刊「医療ルネサンス」で報道

「新・精神医療ルネサンス」などを執筆されていました。

その後、大手新聞社に所属したままでは真実を伝えることができないと読売新聞を退社し独立

ジャーナリストとしてワセダクロニクルにも参加しました。



佐藤光展

医療ジャーナリスト。探査ジャーナリズムNGO「ワセダクロニクル」シニアリポーター。神戸新聞社会部で阪神淡路大震災や神戸連続児童殺傷事件を取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から15年間医療部に在籍。菊池寛賞や日本新聞協会賞などを受賞した看板連載「医療ルネサンス」の執筆や、数々のスクープで「医療の読売」を支えた。2018年1月に独立。2013年出版の著書『精神医療ダークサイド』(講談社現代新書)は新潮ドキュメント賞最終候補作に選出。




書籍名「なぜ、日本の精神医療は暴走するのか」


佐藤光展さんからのメッセージ


石郷岡病院事件は、東京高裁でも不条理判決が言い渡されました。
こうした信じがたい展開を生み出す社会的背景は何なのか。
精神医療で人生が暗転した様々な事例を克明に描きながら、真相に迫っていきます。
ぜひお読みください。







石郷岡病院事件 声明文

千葉地裁判決は報道されたが、控訴審判決ではマスコミがほぼスルー

判決後、マスコミ各社へ送信されたが、日の目を見ることがなかった声明文(遺族コメント)です

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父には申し訳ないと思いますが、個人的意見で恐縮ですが、上告しても無駄だと思います。

結論ありきなので、棄却されてお終いでしょう。

うちは被害者遺族なので、この判決によって刑務所へ入れられることはありませんが

これが身に覚えのない犯罪で逮捕起訴された被告人だったら、たまったものではありませんね。

裁判を通じてわかったことは、圧力があったり結論ありきだと、いくら頑張って立証しようとしても

審理されることもなく、証拠すら採用されないということです。

裁判関係のブログ、弁護士のブログなどを見ていくと、そういった事例が見受けられます。

判決を覆すかもしれない証拠を裁判所が取調べもせずに採用を却下。

高知白バイ事件や准看護師筋弛緩剤事件などなど…疑わしい事例がいくつも見つかります。

本当にたまったものではありませんね。

裁判とは、訴訟指揮によっては黒い物も白くなってしまう(また逆もしかり)ということが良くわかりました。






【速報】石郷岡病院事件・控訴審・不当判決

本日11月21日14時〜 東京高裁において、石郷岡病院事件の控訴審判決が出ました。

判決はなんと2被告とも無罪です。

正確には菅原被告は公訴時効成立で免訴判決(実質無罪)

判決は一審判決と同じ内容です。

要するに、あの場で被害者の首の骨折は認められるけど

田中被告か菅原被告のどちらが原因で骨折したかわからないから、無罪。

一審と変わったことといえば、菅原被告は一審では左足で1回蹴っているのは認められるが

右足は跨ごうとした可能性も考えられるという判示だったのが

控訴審では、右足でも少なくとも1回蹴ったのが認められるとしたことです。

つまり、菅原被告は左右の足で蹴ったことが認められました。

しかし時効成立で無罪となりました。

判決内容については判決文がまだ完成していないということで、手元に来たら記事を書きます。

しかし、私はある程度予想した結果だったので、驚きもなかったのが正直なところです。

今回もこうなった原因は、看護の専門家である大学教授の証拠申請を裁判所が却下したからです。

しかもですよ、実は控訴審で東京高裁のほうから「看護の専門家の証拠申請をしてください」

と求められ、検察が裁判所の求めに応じ提出したのに、裁判所は“突然”方針を変え「やっぱり看護の専門家の話は差戻し審で

裁判員に直接聞いてもらった方がいいでしょう」とかなんとか言って“却下”したのですよ。

一審でもそうでしたが、どうも看護の教授の証言があると都合が悪いようなんです。

これを封じなければ、田中被告の行為が正当業務行為ではなく、虐待、暴行と言われてしまいますのでね。

そうなると2名の被告が傷害致死罪となってしまって大変に都合が悪いわけです。

不意打ちとはまさにこのことですね。

差戻しを示唆しておき油断させ、看護の教授の証拠申請を封じて検察控訴棄却ですからね。

お見事ですね。

石郷岡病院事件 控訴審 判決は11月21日

石郷岡病院事件、控訴審の判決が11月21日2時〜

東京高裁第11刑事部にて行われる予定です。

今回も傍聴券の交付情報が掲載されております。


8月31日で結審した控訴審ですが、いよいよ11月21日に判決が言い渡されます。

一審千葉地裁のデタラメな判決が覆らない限り

今後は精神科病院に入院している患者が病院スタッフに暴行を受けても

例え監視カメラ映像という客観的証拠があったとしても

そしてその結果死亡しても、微罪、無罪という悪しき判例を残すことになってしまいます。

私の元にも、あの暴行監視カメラ映像を見た方々、そして一審千葉地裁の判決をニュースで見た方々から

どうか高裁の控訴審で判決が覆って欲しいという言葉をいただきます。

真面目に勤務されている精神科看護師のみなさま、友人含め介護職の方は監視カメラ映像を見て

口々に「許せない、あれは医療行為でも介護でもない。虐待だ。こんなことがあってはならない。一審判決は間違っている」

とおっしゃいます。


私の弟は法○大学に通っていました。

ちょっとした落ち込みで精神科クリニックへ気軽に行ってしまい

薬の副作用が強く出て、その結果入院することになってしまいました。

入院後、薬がどんどん増え、ついには副作用である、ジストニアという首が曲がってしまう後遺症を負いました。

その後、電気ショックなどで更に後遺症が酷くなり、人間扱いをされなくなり

石郷岡病院ではただ座っていただけなのに、無理矢理無言で床に引き倒され

ズボンを脱がされ寝かせたまま食事をさせられ、頭を蹴られ踏みつけられ暴行を受け

首の骨が折れ頸椎骨折、頸髄損傷で首から下が麻痺しました。

その後、転院先の病院で帰らぬ人となりました。

石郷岡病院の准看護師らの暴行場面は監視カメラ映像に残っているにも関わらず

裁判所は「正当業務行為」として検察の傷害致死罪、求刑8年という主張を退けました。

こんなに悔しいことはありません。

大学生の時、弟が精神科へ行かなかったら、今も元気だったはずです。

石郷岡病院看護師らの暴行は言語道断ですが、精神科の治療と称した

とりわけ精神薬、電気ショックの恐ろしさをまざまざと見せられました。

そして患者を踏みつけ蹴り、顔面にアザができるほど暴行、虐待することも

「医療行為」と言って憚らない精神科病院。



頭を踏みつけ蹴る、腹や首に膝を乗せる行為が正当業務行為だというおそろしい判決。

この判決が覆らない限り、今も全国の精神科病院に入院している患者さんの人権はないに等しいと思います。

どうか、お時間のある方は11月21日2時から東京高裁で行われる判決の傍聴へのご協力お願いいたします。



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石郷岡病院事件 判決は11月21日14時から

8月31日に東京高裁で第三回公判が行われ

判決が11月21日14時〜に指定されました。

一審のデタラメな判決がどうか覆りますように…

このまま原判決維持となりますと、精神科の医療従事者が患者に暴行して

その結果亡くなったとしても、客観的な証拠であるビデオ映像という証拠があっても

精神科病院とそのスタッフは無罪、微罪という判例を作ってしまうことになります。

東京高裁での控訴審では、新たに検察側の証拠が採用されました。

一審同様、証拠として採用したのに…なんてことにならないことを祈るばかりです。

東京高裁第11刑事部の公正で良識のある判断、判決を願っています。



本日は石郷岡病院事件 第3回控訴審です

今日は東京高裁で石郷岡病院事件の第3回控訴審が行われます。

暴れてもいない、ただ布団に座っていただけの弟を、何も敷いていない床に無言で引きずり倒し

寝かせたまま食事とオムツ替えを同時に行い(その方が早いからだそうです)

雑に弟を扱い、腹部に膝で体重をかけ苦しくてもがく弟を「暴れた」とし

弟の頭部、顔面に酷いアザができるほどの力で3回も踏みつけ蹴り

ズボンを履かせるためにふくらはぎを踏み続け

最後は枕を放り投げ退室した被告准看護師ら。

これで判決は無罪と時効の過ぎた暴行罪(実質無罪)

これが医療、看護、介護なのですか?

証拠の監視カメラ映像には弟が暴れて暴力をふるっている様子は全くありません(3日分の映像あり)

そもそも、2名の准看護師に寝たまま抑えられている状態でどうやって暴れるのですか?

それなのに、映像に映っていない石郷岡病院のスタッフの証言だけ鵜呑みにして

監視カメラ映像の様子は無視されて一審判決では「暴れる患者を抑えるための正当業務行為」とされ無罪??

唯一の客観的証拠である、監視カメラ映像を軽視して、当事者である病院スタッフの証言ばかりを重要視。

これが司法の公正な裁判なのですか?

この判決が東京高裁で覆されない限り、精神科病院では理由をつけて病院スタッフが暴行を行なっても無罪になります。

これでいいのですか?恐ろしい判決です。



普通の大学生だった弟が、ちょっとした落ち込みで精神科クリニックを受診し

薬の副作用で入院することになり、ベッドの枠に首を入れたという理由で自殺企図とされ

四肢拘束をされ強制的に薬を投与され、その後17種類の薬を投与され

薬の副作用で首が曲がり、会話もままならなくなり

転院先では電気ショックをされ、自力でトイレに行くこともできなくなり

最後は石郷岡病院で人間扱いされず、暴行を受け亡くなりました。

これが医療なのですか?

これが治療なのですか?


追記:判決は11月21日午後2時からです


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ハートネットTV(Eテレ)で取り上げていただきました。

ある青年の死






石郷岡病院事件 第三回控訴審 傍聴案内

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傍聴券交付情報が出ています
東京高裁 8月31日午前10時15分から抽選予定です

検察、被告双方の最終弁論です
お時間のある方は、是非傍聴のほう宜しくお願いいたします

石郷岡病院事件 第三回控訴審

8月31日に石郷岡病院事件の第三回控訴審が東京高裁で行われる予定です
今回は検察側、被告側双方による最終弁論になります
そして予定では年内に判決が下される予定です
傍聴が可能な方は、是非お願いいたします

現在、嶋田和子氏が石郷岡病院事件について本を執筆中です
下記にブログを紹介させていただきます





精神医療の真実 フリーライターかこのブログ


現在取り掛かっている原稿は、2012年に起きた石郷岡病院事件をめぐる問題を中心に、日本の精神医療の実際が、本当はどのようなものなのか、それを多くの人に、事例とともに伝えたいという思いのもと、進めています。(原稿のためブログがなかなか更新できません。)
 そして、この事件に絡ませるかたちでもう一つ取り上げているのは、以前このブログでも紹介したこの記事についての更なる調査です。
 このような量の薬を、いったいこの精神科医はどう考え、なぜ処方できたのか。この自死はどうして起きてしまったのか?
 二つともご遺族に(一つは新たに)カルテを取り寄せていただきました。そこに記されていることを(すべてが事実とは限らないことを承知のうえで)徹底的に読み込むことで、精神医療の本質のようなものが、垣間見えるのではないかという思いからです。
 カルテにそう記した医師の腹の中の思い、看護記録にそう書いた看護師の心理のようなもの……そういう中でなされている精神医療という「医療行為」がいかなるものなのか。
それは私には――その中で頑張っている人たちには申し訳ないです。またそういう人達ばかりではないのも事実です――非常に馬鹿げたもの、茶番のように映りました。
そして、その茶番の中で、いったいどれほどの人々が人生を奪われ、さらには命さえ奪われていったのか、それに思いを馳せると、めまいさえ覚えます。
精神科医にその存在意義があるとしたら、患者の言葉や行動の意味するものに思いを寄せ、話しかけ、理解しようと努力することではないでしょうか。患者の人間性を理解しようとさえせずに、単に薬を処方し、少しでも何かがあるとすぐに増薬。あるいは、患者が薬を欲しいと言えば、言われたままに処方し続ける。これは精神科医としての存在意義を自ら放棄しているか、でなければ、能力のなさの露呈か、あるいは冷酷人間としか思えません。
人間は自分が認めたくない現実を突きつけられた時、どんな反応をするでしょう。その言葉が耳に入らないか、入ったとしても、いやこれはこうなのだという屁理屈を言い出すか、あるいは、突きつけた人間を批判するようになります。
私はこの記事の中で、ここまでの薬を処方した医師に、ご家族の同意を得て、手紙を3通出しています。しかし、一度も返事がありません。つまり、耳に入っていないか、屁理屈で正当化しているのでしょう。
私の手紙に無しの礫ということは、自分で行った「医療行為」を説明できない(後ろめたい?)ということです。これは別の角度から見れば、私たちがもし精神医療にかかったとき、私たちは医師でさえ説明できない(後ろめたい)「医療行為」を受けさせられるということです。
私が今回読ませていただいたカルテ(看護記録)は、結末がわかっているだけになおのこと、その精神医療がいかにして当事者を追い詰めていったか、それがどれほどの「凶器」であったかを痛いほど感じさせるものでした。
統合失調症という診断が一度ついてしまうと、もう何があっても統合失調症としてしか見ない医療。その人の「元」はどのような状態だったのか。それを忘れて、薬の入った状態を、「異常」という色眼鏡で判断する医療は、凶器になります。
そのことを多くの人に伝えたいと思っています。

また、石郷岡事件の裁判ですが、6月29日には控訴審がありました。一審判決は、結果として上記のような「凶器」の精神医療を肯定するようなものでした。裁判に正義があると単純に考えてはいませんが、それにしても二人の被告に対して「無罪」と「暴行罪で罰金30万円」という判決は、精神科領域に対する日本の司法の姿勢(それは言ってみれば社会一般の姿勢でもある)を物語っていると感じました。
そして、先日の控訴審では、検察側も被告側も「暴行」場面の映像分析というミクロの世界に突入することになりました。
つまり、保護室に取り付けられた監視カメラの映像は1秒間に3コマ撮影されるという、一般的な映像に比べて人間の動きがはっきりしていません。そこで、3分の1秒ごとに動く映像を解析して、被告や被害者が実際どういう動きをしていたかを出来得る限り「科学的に」分析するという手法が取られました。(被告弁護側は検察が呼んだ証人の分析がいかに非科学的かを主張するための証人尋問となった)。
2012年1月1日、夕方4時15分頃、千葉市の石郷岡病院の保護室内で起こった、ほんの短い時間の出来事が、6年後の今、コマ送りとなってその動きが逐一分析されることになろうとは……。裁判とはそういうものだと理解しつつも、真実はそんなところには無いようにも感じて、傍聴しながら、何とも不思議な気持ちになりました。
それでもこの裁判は負けるわけにはいかない。あの行為が一人は無罪、=「医療行為」であるなど、あってはならないことだし、もし控訴審でも同様の結果になったとしたら、精神科病院は今よりやりたい放題になるでしょう。次回公判は8月31日に予定されています。




石郷岡病院事件ともう1つの事例ー広島県の当時、大学生だった俊夫さん(仮名です、上記ブログに合わせて俊夫さんとします)の件があります。
俊夫さんは、多剤大量処方の果てに自死されました。
多い時は1日50錠以上もの向精神薬を処方されていたそうです。
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俊夫さんのお母様とも交流があるのですが、お話を聞けば聞くほど経緯や経過が弟の場合と似ていると思いました。
そのお母様のブログです→天国に旅立った息子へ–向精神薬に奪われた命
石郷岡病院事件を公表してから、色々な方からお話を聞く機会が増えましたが、弟や俊夫さんのような事例はレアケースではなく、発覚していないだけで割とよくある話だったことが衝撃的でした。
殆どのケースで、遺族が泣き寝入りをしているために発覚を免れていたのです。
遺族が泣き寝入りする理由は、他科とは違い精神科では器質的な立証が難しく、医師の裁量権が絶大なために
訴訟そのものが起こせないし、仮に傷害事件、傷害致死事件であっても証拠がなければ警察も取り合ってくれないからです。
弟のケースでは監視カメラ映像が残されていましたが、証拠があったとしてもご存知の通りなかなか警察は動いてくれませんでした。これも、担当刑事次第です。石郷岡病院事件は担当刑事が変わったら迅速に動いてくれました。
また当然にそういった証拠がなければ、警察は動きませんし、動けません。

今回の俊夫さんのケースのように1日に50錠以上もの向精神薬を処方されたとして、仮にそれが薬の添付書の上限を超えた処方であっても、デタラメな処方であっても、致死量であっても、驚くべきことに添付書の内容よりも医師が必要だったといえば、医師の裁量権の方が裁判においては認められてしまうことが殆どです。
記憶に新しい東京女子医大のプロポフォール事件も、添付書に禁忌と書かれていたにも関わらずこれを使用し亡くなった方が多数いましたが、刑事事件にはなっていないようですし、投与した医師に関しても責任を免れているようです。

また他科では例えば血液検査やレントゲン、CT、MRIなどの検査で器質的な変化を捉える場合があり
裁判においても証拠として立証可能ですが、精神科ではそもそも、このような検査もなければ脳の器質的変化を捉えることはできないため、これも訴訟を起こしにくい理由の一つです。
逆をいえば、このように確たる根拠もなく向精神薬を投与、処方しているのが現状です。
精神科では病名も医師の主観やDSMのフローチャートで決まるものが多いです。
ですから、上記嶋田氏のブログにあるように、ひとたび精神科医が患者に統合失調症ではないか、という先入観を持ってしまったら
担当医が変わろうが病院が変わろうが、精神科医は統合失調症であることを前提に対応しますので
その症状が薬剤性であろうがなかろうがお構いなしに薬がどんどん処方されてしまいます。
初めて精神科を受診した時はどうだったのか、薬剤性精神疾患かもしれないことに関心を持つ精神科医は少ないだろうと思われます。
そもそも患者をきちんと診察する精神科医は、原疾患か薬剤性疾患か判断のつかなくなるような多剤大量処方はしないと思われます。

昨今、相模原事件の被告のように精神科の患者は危険で、患者を野放しにしては危ない、隔離入院させろという論調がありますが
その前に、向精神薬がどのような影響を及ぼすか、SSRIのアクティベーションシンドロームのように
衝動性が増す副作用だとか、薬剤性の精神疾患(向精神薬によって引き起こされる精神病類似症状)についてもっと検討すべきではないでしょうか。
向精神薬を処方するだけして、患者を異常にして知らぬ存ぜぬでは済まされないと思います。










石郷岡病院事件 第2回目控訴審を傍聴した方々の感想

先日行われた石郷岡病院事件の第2回控訴審を傍聴された方々の感想をご紹介いたします。


今日は1時半から5時半まで審理がありましたが、2時間は検察側証人、間休みを入れて、4時から5時半まで被告弁護側証人に時間が費やされました。三宅先生のお話は、傍聴席に映像が映し出されないので、正直、内容がいま一つ理解しにくく、どこまで二人の被告の動きが説明されているのか・・・? 弁護側は、画像の粗さを理由に、三宅先生の証言があくまでも「推測」の域を出ないものであることをしつこく質問をしていました。一方、被告弁護側の岩見先生の証言は、菅原被告の動きについてのみ証言で(田中被告に関しては分析していない)、「生体力学」から菅原被告の動きを分析するというものでした。結論から言うと、「このような粗い画像では動作分析は難しい」とのこと。それでも、菅原被告の足の動きから、「またぐ」動作は不自然さが残る、陽さんの上に菅原被告は3秒とどまり、その間になんらかの「イベント」があったと思われるが、そのイベントが「ぶつかった」のか、「蹴った」のか、「踏んだ」のかはわからない、というものでした。こうした内容から、私にはなぜこの証人が被告弁護側から出たのか、不思議に感じたくらいです。証言としては、三宅先生のほうが「科学的」であり、岩見先生の証言はその点少し弱いような印象です。ただ、三宅先生の分析がどこまで真に迫っているものなのかわかりませんので、その点は何とも・・・ですが、私も検察側の方が有利だったように感じました。ただ、被告弁護人は相変わらずうまいですね。最近の裁判で、検察側依頼による三宅先生の証言で、無罪になった例があることなど引き合いに出して、印象操作をするなど、なかなかのものではないかと・・・。


※検察側証人…三宅洋一 千葉大名誉教授、被告側証人…岩見雅人 東京農工大准教授



嶋田和子
著書・ルポ 精神医療につながれる子どもたち、精神医療の現実: 処方薬依存からの再生の物語他多数
現在も石郷岡病院事件の取材、本を執筆中








裁判を傍聴してきました。定員49人のところ希望者49人ですんなり入ることができました。
ビデオは荒いとはいえ、はっきりと蹴る、踏みつける動作が映っているのに、専門家を呼んであーでもないこーでもないと。アホかと思いました。
権威に頼りすぎて正常な判断ができなくなっているこの社会の歪みを見る思いがしました。
結局は、秒3コマのビデオに映っていること以外は分からず、前後の状況や見えない部分は、人間としての常識的な判断で補完するしかないわけですから、あのビデオを見て思い、感じることが正解なのだと思います。
とはいえ裁判員があのような結論を出しましたので、精神科患者への嫌悪感や差別心というフィルターがかかった一般市民の判断もあてにならないのはつらいところです。
話しかけずにいきなり後ろから引き倒す、足で体を抑える、などの対応が精神科看護だなんてことは、まともな看護師は誰も思っていません。あんな力任せの行為までも精神科看護ということにされて、看護師たちは怒っています。




佐藤光展
元読売新聞記者、精神医療ルネサンス執筆他
著書・精神医療ダークサイド
今年中に大手出版社から精神医療関係の単行本を出版予定








石郷岡病院事件、控訴審・傍聴した阿部市議の感想

流山市議会議員・阿部はるまさ市議が石郷岡病院事件・東京高裁における控訴審傍聴の感想を記してくださいましたので
ご紹介いたします。


今日は13時30分から、東京高等裁判所において、石郷岡病院の傷害致死事件の控訴審が開かれ、私も傍聴をしました。石郷岡病院の傷害致死事件とはどういう事件か、ご存じで無い方もいらっしゃると思いますので、最初に<石郷岡病院事件とは>として、以前に私が書いた文書を要約して掲載します。それに続いて、<本日の控訴審を傍聴して感じたこと>を記します。

<石郷岡病院事件とは>
2012年の1月1日に起きた、千葉市内の精神科、石郷岡病院における職員による患者への暴行致死事件だ。

私は、事件の発生直後に被害青年の父親や姉から相談を受け、病院側が自傷行為と主張していた青年の顔面の痣や傷の写真を見せて頂いた。また父親と一緒に、長時間にわたるビデオを見て、看護師たちがジストニアで首が固まっている被害者の頭を蹴る、首を膝で押さえつける、身体の上を歩く等の明らかな暴行の事実を確認した。私は、その後も、暴行を受けた青年の行動が弱々しくなり、衰えていく様も捉えている、長時間にわたるこのビデオを繰り返し見ている。

事件の後、患者の青年は、頸椎骨折・頸髄損傷で呼吸停止となっていたが、気管切開によって一命をとりとめていた。私も千葉署による御家族への事情聴取に同席し、その後も進まない捜査や訴訟手続きに業を煮やして小宮県議からも警察に状況説明を求めた。そうこうしているうちに、青年は体力を落として、2014年の4月に亡くなった。

事件発生から5年数ヶ月、青年の死亡の後3年経って、ようやく刑事事件としての裁判が始まったが、2017年3月14日に下された一審の判決は以下の様なものだった。

検察は「患者の人間性を踏みにじった」として懲役8年を求刑したが、判決は1人の被告を無罪とし、もう1人を罰金30万円とするという、信じられないような軽さ。

裁判長が読み上げた判決理由はまったく酷いもので、とうてい納得出来るものではなかった。罰金30万円の判決を受けた被告は、患者に腹を立てて頭を足で蹴ったには違いないが、それが頸椎骨折をもたらしたとは断定出来ないとされた。ジストニアで頸椎が癒着して固まっている患者の首を足で蹴れば骨折の可能性は否定出来ないはずだが、単なる暴行だという事で罰金30万円とされた。

では、青年の頸椎はなぜ折れたのか。裁判長は、そこでもう1人の被告の行動を取り上げ、彼が足の膝で患者の首を押さえつけたことが頸椎骨折・頸髄損傷をもたらした可能性について言及した。このことで、最初の被告の足蹴りはさらに頸椎骨折の原因としては遠ざけられた。足で蹴るのと、膝に体重をかけてジストニアの首を押さえつけるのとでは、確かに破壊力の大きさに違いはあるだろう。ところが、ところが、残ったもう1人の被告のこの行為については、裁判長は“ビデオが鮮明で無い”と言い、膝で首を押さえつけたとしても“看護目的としての抑制行為で社会的相当性がある”と言ってのけたのだ。

ひとりの被告による頭部への蹴り入れは単なる「暴行」で免罪。もう1人による膝を使って体重をかけての首の圧迫は「看護目的の抑制行為」で免罪。では、一体、なぜ青年は死んだのか。彼を死に至らしめた頸椎骨折・頸髄損傷が、この1月1日の石郷岡病院の保護室内以外で起きたので無いことは、裁判長も認めている。にも関わらず、病院も被告も、青年の死に対する責任を問われることが無い。こんな不条理が許されて良いのか。

<本日の控訴審を傍聴して感じたこと>
本日の控訴審では、検察側が証人申請した映像解析の専門家の尋問が行われた。この証人申請は、一審の判決が“ビデオが鮮明でない”としている点を、専門家によるビデオの分析によって反証し、職員の暴行の実態を明らかにしようというものであった。

私自身は、実際のビデオを何度もこの目で見ているので、職員の暴行は明らかであるというだけでなく、青年の頸椎骨折の原因はこの暴行によるものと理解している。そして本日の検察側による証人への主尋問では、映像の専門家による科学的な映像鮮明化の処理、看護師の身体、足、体重移動などについての合理的な推測などについての説明が行われて、いっそうその感を強めざるを得なかった。

ところが、病院側の弁護士は、反対尋問において、“映像は上から撮ったもので職員自身の身体に隠れて職員の足の位置や動きなどは見えないはず、そうである以上暴行の実態は明らかでない”、“証人が行った映像の輪郭の鮮明化処理や職員の身体の足の動きについての見立ては、あくまでも証人の主観の産物、推測に過ぎず、事実そのものではない”“証人は映像についての専門家ではあるにしても、人間の身体の構造や運動についての専門知識を持ってはいないはず”“過去に証人が別の裁判で提出した映像には採用されなかったものがある”等々と主張し、証人の発言の信頼性を貶めることに努めていた。

しかし、病院側弁護士の主張を頭の中で何度反芻しても、次の事実とそこから生じる疑問は消えることがない、どころかますます強まっていく。つまり、看護師たちが保護室に入ってくる前は青年の首は折れていなかった。看護師たちは青年の頭を蹴り、身体の上に足をかけて歩き、膝で頸部を押さえ付けるなどの暴行を加えた。そして看護師たちが保護室を出た後に青年の頸椎が折れていた。青年自身は一切の自傷行為を行っていない。一体なぜ青年の頸椎は折れてしまったのか。

控訴審は、私だけでなく多くの人が当然に抱くこの疑問に応えるものでなければならない。



明日は石郷岡病院事件の控訴審裁判です

明日6/29は13:30から石郷岡病院事件の控訴審裁判です
傍聴券交付情報が出ています

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大学生の頃の弟





兵庫県三田市でおきた檻監禁事件ですが、予想通りの執行猶予判決でした

おり監禁、父親に猶予判決 「社会全体の支援不十分」


裁判は19日の初公判で即日結審。検察側は1992年ごろからおりの監禁が始まったと指摘したが、判決では全体の監禁期間の認定はなかった。弁護側は「適切な福祉サービスが受けられていなかった」と主張したが、市の対応の当否についても判示しなかった。




被害者が障害者だとやはり微罪になってしまうのですね。
健常者が被害者だったら、これでは済まないですよね。
立ち上がる事もできない狭い檻に1992年から実に20数年間も閉じ込められて…
判決は公訴時効部分(2013年以前)は罪に問われていませんが
それにしても5年の監禁でも被害者が障害者だと執行猶予。
この国は、石郷岡病院事件のように証拠ビデオがあるのに精神科病院のスタッフが患者の首の骨を折っても
無罪、微罪(実質無罪)、20数年間狭い檻に閉じ込めても執行猶予。
障害者への偏見と差別に満ちているのだとよくわかりました。


日本精神科病院協会の巻頭言が消えた

ブログにも引用した、日本精神科病院協会の巻頭言が削除されたようです。

精神科医にも拳銃持たせて」病院協会長が機関誌で引用(朝日新聞)


>巻頭言は協会ホームページにも掲載されていたが、22日までに削除された。事務局は「ホームページのレイアウトなどを更新したためで批判との関係はない」と説明している。

こちらでも

NHKニュース

「精神科医に拳銃を持たせてくれ」で批判殺到の精神科医は“アベ友”だった



かなりの年数にわたって巻頭言で非常識な見解を述べて来たのにもかかわらず
このタイミングでの削除ですから「批判とは関係はない」というのは詭弁です。
批判がなければ削除をされなかったでしょうから、日本精神科病院協会の常識と世間の常識がずれている、と言わざるをえませんね。

巻頭言を削除してもネットに出回っています。

欧米での患者中心医療の外側で起こっていること

上記が問題の巻頭言です









Facebookから転載です

被害者は少なくとも20年以上も身動きの取れない檻に入れられていたそうです。
そして検察の求刑が1年数ヶ月ということは、執行猶予判決でしょう。

なぜ、これほど悲惨な事件にも関わらず、審理をまともにせず結審させるのでしょうか。
被害者が障害者だからでしょうか?
健常者が被害者だったら、結果はどうなっていたのでしょうか?
裁判は形式だけですね。
結局何も裁いていないし、何も変わらないです。




緊急署名のお願いです。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

神戸地方裁判所で19日行われた三田市知的障害者監禁事件の裁判では、被告の陳述以外の証人尋問がまったく行われないまま初公判で結審、27日に判決言い渡しという異常な事態となりました。

公判のなかで、木製の檻に入れての監禁は何と1991年の三田市への転入後ではなくそれ以前の大阪市在住時から行われていたという衝撃的な事実が明るみに出たにもかかわらずです。

そもそも被告の供述調書と法廷での尋問内容のみに基づき、その信憑性を確かめるための審理がなされないままで判決を出そうとするのは、あまりに拙速で乱暴な裁判の進め方です。被害者が障害者でなかったなら、これほどの重大犯罪に対し起こり得ることでしょうか。

私たちは、このようなことが起こるのを恐れ、被害者が健常者である事件とまったく同様に慎重な審理が尽くされ公正な裁判がなされることを求める要望書を初公判に先駆けて提出していました。

しかし、それがまったく顧みられなかったことに大きな落胆を覚えています。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

時間がきわめて限られていますが、初公判での判断を再考し審理を延長することを裁判官に求める緊急署名を呼びかけますので、賛同と拡散呼びかけの協力をよろしくお願いいたします。

このたびは、オンライン署名立ち上げ管理、署名用紙の配布回収などの時間がまったくありませんので、下記のメールアドレス宛に、

お名前、住所(都道府県名から記入)

をお送りください。とりまとめて、神戸地方裁判所の担当部署の第4刑事部1係を通して裁判官に提出します。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

メール宛先 keziahjp@yahoo.co.jp

いただいた情報はこの署名提出以外の用途には決して使わないことを固くお約束します。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

提出する署名に添える文章は次のとおりです:

神戸地方裁判所
判事 村川主和様

謹白 裁判官におかれましては尊い公務にお励みのこと感謝申し上げます。

さて、6月19日に結審しました三田市障害者監禁事件被告の裁判について、下記の理由からさらなる審理を尽くしていただくことを切に希望いたします。法曹者としての良心に訴えて何卒お願い申し上げます。

理由その1
事件の重大さ深刻さに照らして、初公判の審理のみでの結審はまったく短すぎます。初公判で明らかになったように、木製の檻に被害者を閉じ込めての監禁は被告の1991年の三田市転入以降ではなく、それ以前の大阪市在住時から始まっており、のべ30年に及ぼうかという異常な長期にわたる前代未聞の監禁事件です。

理由その2
初公判での被告の表現では、被害者が被告と妻に向かって噛みつくなどの力をふるったため「私は力で押し返した」としており、これは単なる防御ではなく暴行や虐待の可能性を示唆しています。被害者には被告による監禁を超えた暴力がふるわれた恐れがあります。この点についての審理が必要です。

理由その3
審理は被告の供述調書と本人の陳述に基づいてのみなされました。被害者当人、被告の家族や親族、大阪市在住時および三田市転入後の近隣住民、大阪市在住時および三田市転入後の市職員、被害者の特別支援学校在学時代の教師と同級生など、被告の供述と陳述の信憑性を裏付けるための証人の尋問が行われていないのですから、嫌疑についての事実認定そのものがなされていません。犯行の動機や理由について被告が虚偽の説明をしている可能性があります。

以上から、判決言い渡しを延ばしさらなる審理を尽くしてくださいますよう強く願います。また、理由その3で挙げた事実認定と審理のために必要な証人の尋問を法廷にて行ってください。

以上、よろしくお願いいたします。 敬具

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

それでは皆さん、よろしくお願いいたします。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

呼びかけ・取りまとめ:
自立生活センター三田
リメンバー 7.26 神戸アクション



精神科医療の身体拘束を考える 緊急院内集会

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「身体拘束」が増えていく社会は健全か?


そのような中、人が人を縛る身体拘束が行われる。縛られる人が「はい、どうぞ喜んで縛ってください」などということは通常考えにくい。抵抗するのは当たり前である。

しかし、この抵抗を医療の立場では「興奮」など何らかの症状と見立てることもあり得る。一時的に身体拘束を解除して再度身体拘束をすることも病院ではあるが、その際に患者が抵抗しないと病院内では「再拘束スムーズ」など記録して、あたかも患者が「いい状態」として捉えたりもする。しかし患者さんは、たんに諦めていたり、抵抗したりしたらまた身体拘束される時間が延びると思って無抵抗になっていたりもするのだ。

このように、「医療者」と「患者」は異なった地点にいることを直視しなければならない。そしてその医療者は患者の行動を「症状」として捉え、はたまた、静かにしていても身体拘束をする力を持っている。あとあとのために、記録さえしてあれば違法性は問われにくい。

さらに、医療者は、「理性」に対する過剰な信頼があるようにも思われる。「専門性の罠」と言ってもいいかもしれない。

人間の多様な様相を、「不穏」「多動」などの一言に落とし込み、それを根拠に身体拘束をしてしまうようなことが多く行われている。よって今後、国から身体拘束についての「ガイドライン」を作るなどという話が出てくることには最大限の警戒が必要だろう。私はそれにより多くの「犠牲者」が出ることになると予想する。




弟も石郷岡病院では9/15の入院から12月にトイレトレーニングのために保護室へ移動するまでの間ずっと拘束されていました。
上記の長谷川教授の仰る通り、拘束中に嫌がると「抵抗す」「粗暴」扱いです。
裁判になればそれが「粗暴」の証拠とされてしまう。
石郷岡病院は、拘束中の患者は全員“オムツ姿”でズボン等も履かせない。
オムツ姿で四肢拘束をされている患者に尊厳はないに等しい。

プロフィール

石郷岡病院事件被害者家族

Author:石郷岡病院事件被害者家族
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8千葉市にある医療法人・石郷岡病院(石郷岡純 理事長)の2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当業務行為だったとして田中被告無罪、菅原被告に暴行罪として、罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→2017/3/28検察が控訴→2018/3/9東京高裁にて控訴審(栃木力裁判長)の公判が始まる→2018/11/21不当判決(一審判決支持)

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




※拡散以外の目的で文章及び画像等を使用することは固くお断りいたします(個人様のブログ等で精神科への問題提起等のために使用することはOKです)
その際、当ブログのURLを貼っていただければ幸いです。

また、営利目的、金銭の絡む事案及びプロパガンダ目的での文章の利用・引用等もお断りいたします。


※当方は、いかなる団体にも属しておりません。

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