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石郷岡病院事件 第三回控訴審

8月31日に石郷岡病院事件の第三回控訴審が東京高裁で行われる予定です
今回は検察側、被告側双方による最終弁論になります
そして予定では年内に判決が下される予定です
傍聴が可能な方は、是非お願いいたします

現在、嶋田和子氏が石郷岡病院事件について本を執筆中です
下記にブログを紹介させていただきます





精神医療の真実 フリーライターかこのブログ


現在取り掛かっている原稿は、2012年に起きた石郷岡病院事件をめぐる問題を中心に、日本の精神医療の実際が、本当はどのようなものなのか、それを多くの人に、事例とともに伝えたいという思いのもと、進めています。(原稿のためブログがなかなか更新できません。)
 そして、この事件に絡ませるかたちでもう一つ取り上げているのは、以前このブログでも紹介したこの記事についての更なる調査です。
 このような量の薬を、いったいこの精神科医はどう考え、なぜ処方できたのか。この自死はどうして起きてしまったのか?
 二つともご遺族に(一つは新たに)カルテを取り寄せていただきました。そこに記されていることを(すべてが事実とは限らないことを承知のうえで)徹底的に読み込むことで、精神医療の本質のようなものが、垣間見えるのではないかという思いからです。
 カルテにそう記した医師の腹の中の思い、看護記録にそう書いた看護師の心理のようなもの……そういう中でなされている精神医療という「医療行為」がいかなるものなのか。
それは私には――その中で頑張っている人たちには申し訳ないです。またそういう人達ばかりではないのも事実です――非常に馬鹿げたもの、茶番のように映りました。
そして、その茶番の中で、いったいどれほどの人々が人生を奪われ、さらには命さえ奪われていったのか、それに思いを馳せると、めまいさえ覚えます。
精神科医にその存在意義があるとしたら、患者の言葉や行動の意味するものに思いを寄せ、話しかけ、理解しようと努力することではないでしょうか。患者の人間性を理解しようとさえせずに、単に薬を処方し、少しでも何かがあるとすぐに増薬。あるいは、患者が薬を欲しいと言えば、言われたままに処方し続ける。これは精神科医としての存在意義を自ら放棄しているか、でなければ、能力のなさの露呈か、あるいは冷酷人間としか思えません。
人間は自分が認めたくない現実を突きつけられた時、どんな反応をするでしょう。その言葉が耳に入らないか、入ったとしても、いやこれはこうなのだという屁理屈を言い出すか、あるいは、突きつけた人間を批判するようになります。
私はこの記事の中で、ここまでの薬を処方した医師に、ご家族の同意を得て、手紙を3通出しています。しかし、一度も返事がありません。つまり、耳に入っていないか、屁理屈で正当化しているのでしょう。
私の手紙に無しの礫ということは、自分で行った「医療行為」を説明できない(後ろめたい?)ということです。これは別の角度から見れば、私たちがもし精神医療にかかったとき、私たちは医師でさえ説明できない(後ろめたい)「医療行為」を受けさせられるということです。
私が今回読ませていただいたカルテ(看護記録)は、結末がわかっているだけになおのこと、その精神医療がいかにして当事者を追い詰めていったか、それがどれほどの「凶器」であったかを痛いほど感じさせるものでした。
統合失調症という診断が一度ついてしまうと、もう何があっても統合失調症としてしか見ない医療。その人の「元」はどのような状態だったのか。それを忘れて、薬の入った状態を、「異常」という色眼鏡で判断する医療は、凶器になります。
そのことを多くの人に伝えたいと思っています。

また、石郷岡事件の裁判ですが、6月29日には控訴審がありました。一審判決は、結果として上記のような「凶器」の精神医療を肯定するようなものでした。裁判に正義があると単純に考えてはいませんが、それにしても二人の被告に対して「無罪」と「暴行罪で罰金30万円」という判決は、精神科領域に対する日本の司法の姿勢(それは言ってみれば社会一般の姿勢でもある)を物語っていると感じました。
そして、先日の控訴審では、検察側も被告側も「暴行」場面の映像分析というミクロの世界に突入することになりました。
つまり、保護室に取り付けられた監視カメラの映像は1秒間に3コマ撮影されるという、一般的な映像に比べて人間の動きがはっきりしていません。そこで、3分の1秒ごとに動く映像を解析して、被告や被害者が実際どういう動きをしていたかを出来得る限り「科学的に」分析するという手法が取られました。(被告弁護側は検察が呼んだ証人の分析がいかに非科学的かを主張するための証人尋問となった)。
2012年1月1日、夕方4時15分頃、千葉市の石郷岡病院の保護室内で起こった、ほんの短い時間の出来事が、6年後の今、コマ送りとなってその動きが逐一分析されることになろうとは……。裁判とはそういうものだと理解しつつも、真実はそんなところには無いようにも感じて、傍聴しながら、何とも不思議な気持ちになりました。
それでもこの裁判は負けるわけにはいかない。あの行為が一人は無罪、=「医療行為」であるなど、あってはならないことだし、もし控訴審でも同様の結果になったとしたら、精神科病院は今よりやりたい放題になるでしょう。次回公判は8月31日に予定されています。




石郷岡病院事件ともう1つの事例ー広島県の当時、大学生だった俊夫さん(仮名です、上記ブログに合わせて俊夫さんとします)の件があります。
俊夫さんは、多剤大量処方の果てに自死されました。
多い時は1日50錠以上もの向精神薬を処方されていたそうです。
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俊夫さんのお母様とも交流があるのですが、お話を聞けば聞くほど経緯や経過が弟の場合と似ていると思いました。
そのお母様のブログです→天国に旅立った息子へ–向精神薬に奪われた命
石郷岡病院事件を公表してから、色々な方からお話を聞く機会が増えましたが、弟や俊夫さんのような事例はレアケースではなく、発覚していないだけで割とよくある話だったことが衝撃的でした。
殆どのケースで、遺族が泣き寝入りをしているために発覚を免れていたのです。
遺族が泣き寝入りする理由は、他科とは違い精神科では器質的な立証が難しく、医師の裁量権が絶大なために
訴訟そのものが起こせないし、仮に傷害事件、傷害致死事件であっても証拠がなければ警察も取り合ってくれないからです。
弟のケースでは監視カメラ映像が残されていましたが、証拠があったとしてもご存知の通りなかなか警察は動いてくれませんでした。これも、担当刑事次第です。石郷岡病院事件は担当刑事が変わったら迅速に動いてくれました。
また当然にそういった証拠がなければ、警察は動きませんし、動けません。

今回の俊夫さんのケースのように1日に50錠以上もの向精神薬を処方されたとして、仮にそれが薬の添付書の上限を超えた処方であっても、デタラメな処方であっても、致死量であっても、驚くべきことに添付書の内容よりも医師が必要だったといえば、医師の裁量権の方が裁判においては認められてしまうことが殆どです。
記憶に新しい東京女子医大のプロポフォール事件も、添付書に禁忌と書かれていたにも関わらずこれを使用し亡くなった方が多数いましたが、刑事事件にはなっていないようですし、投与した医師に関しても責任を免れているようです。

また他科では例えば血液検査やレントゲン、CT、MRIなどの検査で器質的な変化を捉える場合があり
裁判においても証拠として立証可能ですが、精神科ではそもそも、このような検査もなければ脳の器質的変化を捉えることはできないため、これも訴訟を起こしにくい理由の一つです。
逆をいえば、このように確たる根拠もなく向精神薬を投与、処方しているのが現状です。
精神科では病名も医師の主観やDSMのフローチャートで決まるものが多いです。
ですから、上記嶋田氏のブログにあるように、ひとたび精神科医が患者に統合失調症ではないか、という先入観を持ってしまったら
担当医が変わろうが病院が変わろうが、精神科医は統合失調症であることを前提に対応しますので
その症状が薬剤性であろうがなかろうがお構いなしに薬がどんどん処方されてしまいます。
初めて精神科を受診した時はどうだったのか、薬剤性精神疾患かもしれないことに関心を持つ精神科医は少ないだろうと思われます。
そもそも患者をきちんと診察する精神科医は、原疾患か薬剤性疾患か判断のつかなくなるような多剤大量処方はしないと思われます。

昨今、相模原事件の被告のように精神科の患者は危険で、患者を野放しにしては危ない、隔離入院させろという論調がありますが
その前に、向精神薬がどのような影響を及ぼすか、SSRIのアクティベーションシンドロームのように
衝動性が増す副作用だとか、薬剤性の精神疾患(向精神薬によって引き起こされる精神病類似症状)についてもっと検討すべきではないでしょうか。
向精神薬を処方するだけして、患者を異常にして知らぬ存ぜぬでは済まされないと思います。










石郷岡病院事件 第2回目控訴審を傍聴した方々の感想

先日行われた石郷岡病院事件の第2回控訴審を傍聴された方々の感想をご紹介いたします。


今日は1時半から5時半まで審理がありましたが、2時間は検察側証人、間休みを入れて、4時から5時半まで被告弁護側証人に時間が費やされました。三宅先生のお話は、傍聴席に映像が映し出されないので、正直、内容がいま一つ理解しにくく、どこまで二人の被告の動きが説明されているのか・・・? 弁護側は、画像の粗さを理由に、三宅先生の証言があくまでも「推測」の域を出ないものであることをしつこく質問をしていました。一方、被告弁護側の岩見先生の証言は、菅原被告の動きについてのみ証言で(田中被告に関しては分析していない)、「生体力学」から菅原被告の動きを分析するというものでした。結論から言うと、「このような粗い画像では動作分析は難しい」とのこと。それでも、菅原被告の足の動きから、「またぐ」動作は不自然さが残る、陽さんの上に菅原被告は3秒とどまり、その間になんらかの「イベント」があったと思われるが、そのイベントが「ぶつかった」のか、「蹴った」のか、「踏んだ」のかはわからない、というものでした。こうした内容から、私にはなぜこの証人が被告弁護側から出たのか、不思議に感じたくらいです。証言としては、三宅先生のほうが「科学的」であり、岩見先生の証言はその点少し弱いような印象です。ただ、三宅先生の分析がどこまで真に迫っているものなのかわかりませんので、その点は何とも・・・ですが、私も検察側の方が有利だったように感じました。ただ、被告弁護人は相変わらずうまいですね。最近の裁判で、検察側依頼による三宅先生の証言で、無罪になった例があることなど引き合いに出して、印象操作をするなど、なかなかのものではないかと・・・。


※検察側証人…三宅洋一 千葉大名誉教授、被告側証人…岩見雅人 東京農工大准教授



嶋田和子
著書・ルポ 精神医療につながれる子どもたち、精神医療の現実: 処方薬依存からの再生の物語他多数
現在も石郷岡病院事件の取材、本を執筆中








裁判を傍聴してきました。定員49人のところ希望者49人ですんなり入ることができました。
ビデオは荒いとはいえ、はっきりと蹴る、踏みつける動作が映っているのに、専門家を呼んであーでもないこーでもないと。アホかと思いました。
権威に頼りすぎて正常な判断ができなくなっているこの社会の歪みを見る思いがしました。
結局は、秒3コマのビデオに映っていること以外は分からず、前後の状況や見えない部分は、人間としての常識的な判断で補完するしかないわけですから、あのビデオを見て思い、感じることが正解なのだと思います。
とはいえ裁判員があのような結論を出しましたので、精神科患者への嫌悪感や差別心というフィルターがかかった一般市民の判断もあてにならないのはつらいところです。
話しかけずにいきなり後ろから引き倒す、足で体を抑える、などの対応が精神科看護だなんてことは、まともな看護師は誰も思っていません。あんな力任せの行為までも精神科看護ということにされて、看護師たちは怒っています。




佐藤光展
元読売新聞記者、精神医療ルネサンス執筆他
著書・精神医療ダークサイド
今年中に大手出版社から精神医療関係の単行本を出版予定








石郷岡病院事件、控訴審・傍聴した阿部市議の感想

流山市議会議員・阿部はるまさ市議が石郷岡病院事件・東京高裁における控訴審傍聴の感想を記してくださいましたので
ご紹介いたします。


今日は13時30分から、東京高等裁判所において、石郷岡病院の傷害致死事件の控訴審が開かれ、私も傍聴をしました。石郷岡病院の傷害致死事件とはどういう事件か、ご存じで無い方もいらっしゃると思いますので、最初に<石郷岡病院事件とは>として、以前に私が書いた文書を要約して掲載します。それに続いて、<本日の控訴審を傍聴して感じたこと>を記します。

<石郷岡病院事件とは>
2012年の1月1日に起きた、千葉市内の精神科、石郷岡病院における職員による患者への暴行致死事件だ。

私は、事件の発生直後に被害青年の父親や姉から相談を受け、病院側が自傷行為と主張していた青年の顔面の痣や傷の写真を見せて頂いた。また父親と一緒に、長時間にわたるビデオを見て、看護師たちがジストニアで首が固まっている被害者の頭を蹴る、首を膝で押さえつける、身体の上を歩く等の明らかな暴行の事実を確認した。私は、その後も、暴行を受けた青年の行動が弱々しくなり、衰えていく様も捉えている、長時間にわたるこのビデオを繰り返し見ている。

事件の後、患者の青年は、頸椎骨折・頸髄損傷で呼吸停止となっていたが、気管切開によって一命をとりとめていた。私も千葉署による御家族への事情聴取に同席し、その後も進まない捜査や訴訟手続きに業を煮やして小宮県議からも警察に状況説明を求めた。そうこうしているうちに、青年は体力を落として、2014年の4月に亡くなった。

事件発生から5年数ヶ月、青年の死亡の後3年経って、ようやく刑事事件としての裁判が始まったが、2017年3月14日に下された一審の判決は以下の様なものだった。

検察は「患者の人間性を踏みにじった」として懲役8年を求刑したが、判決は1人の被告を無罪とし、もう1人を罰金30万円とするという、信じられないような軽さ。

裁判長が読み上げた判決理由はまったく酷いもので、とうてい納得出来るものではなかった。罰金30万円の判決を受けた被告は、患者に腹を立てて頭を足で蹴ったには違いないが、それが頸椎骨折をもたらしたとは断定出来ないとされた。ジストニアで頸椎が癒着して固まっている患者の首を足で蹴れば骨折の可能性は否定出来ないはずだが、単なる暴行だという事で罰金30万円とされた。

では、青年の頸椎はなぜ折れたのか。裁判長は、そこでもう1人の被告の行動を取り上げ、彼が足の膝で患者の首を押さえつけたことが頸椎骨折・頸髄損傷をもたらした可能性について言及した。このことで、最初の被告の足蹴りはさらに頸椎骨折の原因としては遠ざけられた。足で蹴るのと、膝に体重をかけてジストニアの首を押さえつけるのとでは、確かに破壊力の大きさに違いはあるだろう。ところが、ところが、残ったもう1人の被告のこの行為については、裁判長は“ビデオが鮮明で無い”と言い、膝で首を押さえつけたとしても“看護目的としての抑制行為で社会的相当性がある”と言ってのけたのだ。

ひとりの被告による頭部への蹴り入れは単なる「暴行」で免罪。もう1人による膝を使って体重をかけての首の圧迫は「看護目的の抑制行為」で免罪。では、一体、なぜ青年は死んだのか。彼を死に至らしめた頸椎骨折・頸髄損傷が、この1月1日の石郷岡病院の保護室内以外で起きたので無いことは、裁判長も認めている。にも関わらず、病院も被告も、青年の死に対する責任を問われることが無い。こんな不条理が許されて良いのか。

<本日の控訴審を傍聴して感じたこと>
本日の控訴審では、検察側が証人申請した映像解析の専門家の尋問が行われた。この証人申請は、一審の判決が“ビデオが鮮明でない”としている点を、専門家によるビデオの分析によって反証し、職員の暴行の実態を明らかにしようというものであった。

私自身は、実際のビデオを何度もこの目で見ているので、職員の暴行は明らかであるというだけでなく、青年の頸椎骨折の原因はこの暴行によるものと理解している。そして本日の検察側による証人への主尋問では、映像の専門家による科学的な映像鮮明化の処理、看護師の身体、足、体重移動などについての合理的な推測などについての説明が行われて、いっそうその感を強めざるを得なかった。

ところが、病院側の弁護士は、反対尋問において、“映像は上から撮ったもので職員自身の身体に隠れて職員の足の位置や動きなどは見えないはず、そうである以上暴行の実態は明らかでない”、“証人が行った映像の輪郭の鮮明化処理や職員の身体の足の動きについての見立ては、あくまでも証人の主観の産物、推測に過ぎず、事実そのものではない”“証人は映像についての専門家ではあるにしても、人間の身体の構造や運動についての専門知識を持ってはいないはず”“過去に証人が別の裁判で提出した映像には採用されなかったものがある”等々と主張し、証人の発言の信頼性を貶めることに努めていた。

しかし、病院側弁護士の主張を頭の中で何度反芻しても、次の事実とそこから生じる疑問は消えることがない、どころかますます強まっていく。つまり、看護師たちが保護室に入ってくる前は青年の首は折れていなかった。看護師たちは青年の頭を蹴り、身体の上に足をかけて歩き、膝で頸部を押さえ付けるなどの暴行を加えた。そして看護師たちが保護室を出た後に青年の頸椎が折れていた。青年自身は一切の自傷行為を行っていない。一体なぜ青年の頸椎は折れてしまったのか。

控訴審は、私だけでなく多くの人が当然に抱くこの疑問に応えるものでなければならない。



明日は石郷岡病院事件の控訴審裁判です

明日6/29は13:30から石郷岡病院事件の控訴審裁判です
傍聴券交付情報が出ています

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大学生の頃の弟





兵庫県三田市でおきた檻監禁事件ですが、予想通りの執行猶予判決でした

おり監禁、父親に猶予判決 「社会全体の支援不十分」


裁判は19日の初公判で即日結審。検察側は1992年ごろからおりの監禁が始まったと指摘したが、判決では全体の監禁期間の認定はなかった。弁護側は「適切な福祉サービスが受けられていなかった」と主張したが、市の対応の当否についても判示しなかった。




被害者が障害者だとやはり微罪になってしまうのですね。
健常者が被害者だったら、これでは済まないですよね。
立ち上がる事もできない狭い檻に1992年から実に20数年間も閉じ込められて…
判決は公訴時効部分(2013年以前)は罪に問われていませんが
それにしても5年の監禁でも被害者が障害者だと執行猶予。
この国は、石郷岡病院事件のように証拠ビデオがあるのに精神科病院のスタッフが患者の首の骨を折っても
無罪、微罪(実質無罪)、20数年間狭い檻に閉じ込めても執行猶予。
障害者への偏見と差別に満ちているのだとよくわかりました。


日本精神科病院協会の巻頭言が消えた

ブログにも引用した、日本精神科病院協会の巻頭言が削除されたようです。

精神科医にも拳銃持たせて」病院協会長が機関誌で引用(朝日新聞)


>巻頭言は協会ホームページにも掲載されていたが、22日までに削除された。事務局は「ホームページのレイアウトなどを更新したためで批判との関係はない」と説明している。

こちらでも

NHKニュース

「精神科医に拳銃を持たせてくれ」で批判殺到の精神科医は“アベ友”だった



かなりの年数にわたって巻頭言で非常識な見解を述べて来たのにもかかわらず
このタイミングでの削除ですから「批判とは関係はない」というのは詭弁です。
批判がなければ削除をされなかったでしょうから、日本精神科病院協会の常識と世間の常識がずれている、と言わざるをえませんね。

巻頭言を削除してもネットに出回っています。

欧米での患者中心医療の外側で起こっていること

上記が問題の巻頭言です









Facebookから転載です

被害者は少なくとも20年以上も身動きの取れない檻に入れられていたそうです。
そして検察の求刑が1年数ヶ月ということは、執行猶予判決でしょう。

なぜ、これほど悲惨な事件にも関わらず、審理をまともにせず結審させるのでしょうか。
被害者が障害者だからでしょうか?
健常者が被害者だったら、結果はどうなっていたのでしょうか?
裁判は形式だけですね。
結局何も裁いていないし、何も変わらないです。




緊急署名のお願いです。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

神戸地方裁判所で19日行われた三田市知的障害者監禁事件の裁判では、被告の陳述以外の証人尋問がまったく行われないまま初公判で結審、27日に判決言い渡しという異常な事態となりました。

公判のなかで、木製の檻に入れての監禁は何と1991年の三田市への転入後ではなくそれ以前の大阪市在住時から行われていたという衝撃的な事実が明るみに出たにもかかわらずです。

そもそも被告の供述調書と法廷での尋問内容のみに基づき、その信憑性を確かめるための審理がなされないままで判決を出そうとするのは、あまりに拙速で乱暴な裁判の進め方です。被害者が障害者でなかったなら、これほどの重大犯罪に対し起こり得ることでしょうか。

私たちは、このようなことが起こるのを恐れ、被害者が健常者である事件とまったく同様に慎重な審理が尽くされ公正な裁判がなされることを求める要望書を初公判に先駆けて提出していました。

しかし、それがまったく顧みられなかったことに大きな落胆を覚えています。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

時間がきわめて限られていますが、初公判での判断を再考し審理を延長することを裁判官に求める緊急署名を呼びかけますので、賛同と拡散呼びかけの協力をよろしくお願いいたします。

このたびは、オンライン署名立ち上げ管理、署名用紙の配布回収などの時間がまったくありませんので、下記のメールアドレス宛に、

お名前、住所(都道府県名から記入)

をお送りください。とりまとめて、神戸地方裁判所の担当部署の第4刑事部1係を通して裁判官に提出します。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

メール宛先 keziahjp@yahoo.co.jp

いただいた情報はこの署名提出以外の用途には決して使わないことを固くお約束します。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

提出する署名に添える文章は次のとおりです:

神戸地方裁判所
判事 村川主和様

謹白 裁判官におかれましては尊い公務にお励みのこと感謝申し上げます。

さて、6月19日に結審しました三田市障害者監禁事件被告の裁判について、下記の理由からさらなる審理を尽くしていただくことを切に希望いたします。法曹者としての良心に訴えて何卒お願い申し上げます。

理由その1
事件の重大さ深刻さに照らして、初公判の審理のみでの結審はまったく短すぎます。初公判で明らかになったように、木製の檻に被害者を閉じ込めての監禁は被告の1991年の三田市転入以降ではなく、それ以前の大阪市在住時から始まっており、のべ30年に及ぼうかという異常な長期にわたる前代未聞の監禁事件です。

理由その2
初公判での被告の表現では、被害者が被告と妻に向かって噛みつくなどの力をふるったため「私は力で押し返した」としており、これは単なる防御ではなく暴行や虐待の可能性を示唆しています。被害者には被告による監禁を超えた暴力がふるわれた恐れがあります。この点についての審理が必要です。

理由その3
審理は被告の供述調書と本人の陳述に基づいてのみなされました。被害者当人、被告の家族や親族、大阪市在住時および三田市転入後の近隣住民、大阪市在住時および三田市転入後の市職員、被害者の特別支援学校在学時代の教師と同級生など、被告の供述と陳述の信憑性を裏付けるための証人の尋問が行われていないのですから、嫌疑についての事実認定そのものがなされていません。犯行の動機や理由について被告が虚偽の説明をしている可能性があります。

以上から、判決言い渡しを延ばしさらなる審理を尽くしてくださいますよう強く願います。また、理由その3で挙げた事実認定と審理のために必要な証人の尋問を法廷にて行ってください。

以上、よろしくお願いいたします。 敬具

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

それでは皆さん、よろしくお願いいたします。

>>> 期限締め切りは6月22日(金)午前10時です。<<<

呼びかけ・取りまとめ:
自立生活センター三田
リメンバー 7.26 神戸アクション



精神科医療の身体拘束を考える 緊急院内集会

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「身体拘束」が増えていく社会は健全か?


そのような中、人が人を縛る身体拘束が行われる。縛られる人が「はい、どうぞ喜んで縛ってください」などということは通常考えにくい。抵抗するのは当たり前である。

しかし、この抵抗を医療の立場では「興奮」など何らかの症状と見立てることもあり得る。一時的に身体拘束を解除して再度身体拘束をすることも病院ではあるが、その際に患者が抵抗しないと病院内では「再拘束スムーズ」など記録して、あたかも患者が「いい状態」として捉えたりもする。しかし患者さんは、たんに諦めていたり、抵抗したりしたらまた身体拘束される時間が延びると思って無抵抗になっていたりもするのだ。

このように、「医療者」と「患者」は異なった地点にいることを直視しなければならない。そしてその医療者は患者の行動を「症状」として捉え、はたまた、静かにしていても身体拘束をする力を持っている。あとあとのために、記録さえしてあれば違法性は問われにくい。

さらに、医療者は、「理性」に対する過剰な信頼があるようにも思われる。「専門性の罠」と言ってもいいかもしれない。

人間の多様な様相を、「不穏」「多動」などの一言に落とし込み、それを根拠に身体拘束をしてしまうようなことが多く行われている。よって今後、国から身体拘束についての「ガイドライン」を作るなどという話が出てくることには最大限の警戒が必要だろう。私はそれにより多くの「犠牲者」が出ることになると予想する。




弟も石郷岡病院では9/15の入院から12月にトイレトレーニングのために保護室へ移動するまでの間ずっと拘束されていました。
上記の長谷川教授の仰る通り、拘束中に嫌がると「抵抗す」「粗暴」扱いです。
裁判になればそれが「粗暴」の証拠とされてしまう。
石郷岡病院は、拘束中の患者は全員“オムツ姿”でズボン等も履かせない。
オムツ姿で四肢拘束をされている患者に尊厳はないに等しい。

私の記事への圧力

ある方が私の記事石郷岡病院の背後に蠢くものをブログに取り上げてくださったのですが天国へ旅立った22歳の息子へ-向精神薬に奪われた命(私のブログのリンクにもあります)
“誹謗中傷”で削除をされてしまったそうです。

やはりどこも圧力がかかっているのですね。。
石郷岡病院事件の背後に蠢くもの をアメブロの私のブログ内で紹介し多くの方に読んで頂き反響を頂いていたのですが。。今日どの記事か特定なしに、規約違反に反する個人の誹謗中傷が確認されましたので削除しましたとメッセージが入って、その記事がなくなっていました。
ブログの世界にまで国の圧力は及んでいるのですね。
つくづく、国民を助けようとも、真実を伝えようとするものは容赦なく弾圧される国だということがわかりました。




とのことですから、また一つ、石郷岡病院事件への圧力の実態が明るみになったと思います。



石郷岡病院事件 第ニ回控訴審傍聴のご案内

2018年6月29日(金)13:30〜
東京高等裁判所 第11刑事部において
石郷岡病院事件の第ニ回目控訴審が行われます。

傍聴のご参加、宜しくお願いいたします!

※傍聴券交付情報がでています


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石郷岡病院事件の背後に蠢くもの

前回、石郷岡病院事件に対する圧力について書きました。
今回は少し踏み込んで書きたいと思います。

問題は、精神科病院に“よくある一事件”になぜ、ここまで圧力がかかるのか、ということです。
その裏には、日本精神科病院協会という巨大な組織が絡んでいるからです。
政治家は、精神医療の専門家ではなく、精神医療に疎いので、言われるがままかもしれません。
石郷岡病院事件の民事裁判でも、石郷岡病院側の弁護士は、日本精神科病院協会の顧問弁護士である
浅田眞弓氏、そして実際には出席していませんが、松岡浩氏が名を連ねています。

その前に、日本精神科病院協会がどんな組織なのか、ご紹介いたしましょう。

まずは日本精神科病院協会設立趣意書をご覧ください(全ての資料はY氏に提供頂きました。ありがとうございます)

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赤い線の部分をご覧ください。
常に平和と文化との妨害者である精神障害者と書いてあります。
これで、日本精神科病院協会が、精神障害者をどのように見ているのかが、わかりますね。



前回記事にも書きましたが、精神科の患者を“欧米ではテロ実行犯と同等に扱われている”などといい
だから精神科医に銃を持たせてくれ、や
更に今問題となっている精神科病院での身体拘束についてもこちら職場の安全を犠牲にしてまで隔離拘束を減らすのは本末転倒でしょう。患者さんの暴力を予防するには「より早期の隔離拘束」しかないと、僕はひそかに思っています。来年(2017年)も、わが身安全第一に仕事に励みたいと思います。
ということです。

※上記の巻頭言は削除されましたので、こちらからご覧ください↓
日本精神科病院協会2017年2月巻頭言




そして今タイムリーな話題である、障害者への強制不妊手術問題でも

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精神障害者の遺伝を防止するため優生手術の実施を促進せしむる財政措置を講ずること。
とありますように、日本精神科病院協会は積極的に精神障害者の強制不妊手術を促進、陳情までしていました。




このように、日本精神科病院協会がヘイトスピーチまがいの言説を巻頭言として堂々と述べていることや、精神障害者に対してどのような認識をしているのか、おわかりいただけるかと思います。
日本精神科病院協会は公益財団法人に相応しいとは思えません。
会員は誰も咎めないのでしょうか。


そんな日本精神科病院協会ですが…

日本精神科病院政治連盟の報告書

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日精協の政治献金


このように政治家に多額の献金をしたり、政治家を相手に取り入っています。


晋精会の正体

晋精会≒日本精神科病院協会≒日本精神科病院政治連盟


もう、おわかりいただけますね?


石郷岡病院事件は、それほど“危険”なのか

前回の記事にも書きましたが、司法関係には既に政治的圧力がかかっているとしか思えません。
だから、あのような不可解な一審判決となったのかもしれません。

そしてブログでは今まで詳述しませんでしたが、圧力と思われる一例を挙げます。

石郷岡病院事件がTV報道で発覚してすぐに、コンビニでもよく見かける著名な週刊誌の数社の“記者の方から”
石郷岡病院事件について、取材をしたいと申し込みがありました。
ところがみなさん、この事件について週刊誌でご覧になった方は皆無でしょう。
それはそうでしょう、“一社も”週刊誌では記事になっていないからです。
おかしいとは思いませんか?
“記者の方から”取材を申し込んできたのに、です。

その経緯はこうです。
週刊誌の“記者の方からメールや電話で”取材の申込のアポがきます。
記者からの取材申込のアポでは、社名、記者名も名乗り、この事件について憤りを感じているからぜひ取材を、という内容。
こちらから承諾の返事をする。
そしてなぜか、“音信不通になる”、です。
実際には1社、自宅へ取材に来ましたが、記事になる直前に(発売日の連絡もあった)
社の上層部より突然の“中止命令”

おかしいですよね。
いや、本当におかしい。

偶然だと思いますか?
それでは次の例を挙げてみましょう。

このブログの記事にもある、Y新聞の記者。
精神医療ルネ○ンスなどの記事を書かれていた記者の方です。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ある時期からパッタリと石郷岡病院事件の記事を書かなくなったと思いませんか?
あれほど、熱心に取材をしてくださっていたのに、です。
2012年の事件直後にY新聞の全国版でも記事を書いてくださいました。
そしてその記者(Sさん)は今年Y新聞を退社し、フリーになりました。
なぜだか、わかりますか?
そうです、おそらくあなたの推測は正しいです。
もちろん、私はその理由を知っています。

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S記者が初めてこの事件を取り上げてくださいました



他にも石郷岡病院事件について記事を書きたいけれど、圧力があるから書けないと教えてくださった
記者やライターの方もいます。

どうでしょうか?
このように、“不可解な”ことが複数起こるというのは偶然ではないでしょう。
これを圧力と呼ばずして、なんというのでしょうか。

そんなマスコミをも黙らせるほどの力を持つ権力の主とはなんでしょう?
そして、それほどまでに守りたいものとは、なんでしょうか?


以下Facebook、ネットから拝借

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日本精神病院協会 協会誌巻頭言

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晋精会??

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一審千葉地裁で違法判決を出した高橋康明裁判官が、控訴審の東京高裁第11刑事部に異動した件について

一審、千葉地裁で違法判決を出した高橋康明裁判官が、どういうわけか、控訴審の審理を行なっている
東京高裁第11刑事部に異動して来た件についてです。

刑事訴訟法第20条の7項

裁判官が事件について第266条第2号の決定、略式命令、前審の裁判、第398条乃至第400条、第412条若しくは第413条の規定により差し戻し、若しくは移送された場合における原判決又はこれらの裁判の基礎となった取調べに関与したとき。ただし、受託裁判官として関与した場合は、この限りでない。


とありますので『前審の裁判』については,控訴審においては第一審がこれにあたるため
髙橋裁判官は控訴審に関する全ての訴訟行為から除斥されることとなります。


ですが…
某マスコミの方が現役裁判官に聞いたところ、このようなケースは聞いたことがない、と言ったそうです。
つまり、原判決を下した裁判官が異動で、控訴審が行われている合議体に異動してくることは
通常ありえないことだということです。

これはどういうことでしょうか?
高橋裁判官が合議体の裁判に参加しないからといって、影響が全くないという保証はありません。
栃木裁判長にとっては、同じ合議体に属する同僚の下した判決にケチをつけなければならないからです。
果たして、公正に審理できるものなのでしょうか?
あからさまだと思います。
これから注視していきたいと思います。

ありえません…一審、千葉地裁の違法判決を出した高橋康明裁判長の異動先

一審、千葉地裁の違法判決を下した高橋康明裁判官(当時、裁判長)が
石郷岡病院事件の控訴審が行われている、東京高裁第11刑事部(栃木力裁判長)に異動してきました…
一体、どういうことでしょうか??

現在、東京高裁第11刑事部では、石郷岡病院事件の控訴審が行われています。
一審、千葉地裁の裁判長だった高橋康明裁判官の下した違法判決を審理する場です。
そこへ、当の違法判決を下した高橋康明裁判官が異動してきたということです。
一体、どんな意図があってこのような異動になったのでしょうか?
東京高裁も刑事部は12あります。
よりによってなぜ、自らが違法判決を下した石郷岡病院事件の控訴審が行われている第11刑事部に
異動してくるのでしょうか?
異動は上層部が決めたことだと思いますが、彼らも当然、この高橋康明裁判官が
現在、東京高裁第11刑事部で行われている控訴審の原判決を下した裁判長だったことは知っているはずです。
それでも敢えて、異動させた意図はなんでしょうか?
非常に不可解極まりないです。
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一審 千葉地裁(高橋康明裁判長.裁判員裁判)の判決について

1年前の3月14日、信じがたい判決が千葉地裁(高橋康明裁判長)で言い渡されました。
その後、判決について改めて記事を書きます、と言っておきながら
体調不良等で書けませんでしたので、今回書いてみます。
裁判記録や弁護士からの話を参考にし、私見も交えていますが、できるだけわかりやすく書いてみようと思います。


ご存知かと思いますが、検察の求刑8年に対して、判決は田中被告が無罪、菅原被告が暴行罪でした。
因みに、菅原被告については、言い渡された暴行罪について公訴時効が成立していますので違法判決でした。
石郷岡病院事件が発生したのは2012年1月1日です。そして暴行罪の公訴時効は3年です。
しかし菅原被告が逮捕されたのは2015年7月8日、起訴がその後ですから起訴された時点で
既に3年以上が経過しており、公訴時効が成立していたので、本来なら免訴で無罪判決でなければならなかったのです。
(検察は傷害致死罪で起訴していました。傷害致死罪の公訴時効は10年です。また同時に共謀の罪でも起訴されていました)



公判前整理手続について

まず、裁判が行われる前に公判前整理手続というものが行われます。
裁判官、検察官、被告弁護人が集まって、裁判で争う(争点)内容の整理や、検察官、被告弁護人が
互いの証拠について認めるか認めないか(同意、不同意)そして裁判所が採用する証拠を決定する場です。
まずここで、私が不審に思う事が起こりました。

検察が申請した“ある証拠”について、当然それは被告人に不利な内容なので、被告弁護人が検察の請求した証拠について不同意にするのはわかります。
例えば、ある供述調書について、それを被告弁護人が不同意にしても裁判所が必要だと判断すれば、書類ではなく証人尋問という形で採用が認められます。
ところがこの時、裁判官までもが被告弁護人の意見を取り入れ(同調して)、検察の証拠請求を却下したのです。
当然、検察としては必要不可欠な証拠でしたから、異議を申し立て食い下がりました。
この事で裁判所と検察が揉めて、公判開始が遅れました。
でも裁判所の判断は不採用でした。

“ある証拠”とは、看護の専門家から見た田中被告と菅原被告の、事件当時の行動についての供述調書(意見書)です。
なぜこれが重要なのかといいますと、裁判官をはじめ、検察も弁護人も、そして裁判員も看護については素人ですから、専門家である第三者の意見が必要だったのです。
精神科の看護というのは後述しますが、きちんとした基準が存在します。
あの映像に写っている被告人らの行動が正当業務行為(看護行為)なのか、そうでないのかという判断材料になる重要な証拠でした。
被告らは当然、正当業務行為(正当な看護行為)だったと法廷で主張するだろうし、
何人かの被告側証人ーしかもこれらの証人は石郷岡病院の看護師たちで、被告人らの同僚であり、法廷では当然被告らを庇う証言をするだろうと思われていたからです。
そしてこの証拠ーつまり明確な看護基準がない場合、被告らの言い分を鵜呑みにされてしまう危険性があるからです。

それからもう1つの重要な証拠について、不可解な事がありました。
“監視カメラ映像”です。こちらは証拠として採用されました。
しかし、唯一の客観的証拠である“監視カメラ映像”について、裁判所が評価を引き取る、と言い出したことです。
評価を引きとるとは、裁判では“監視カメラ映像”について、”監視カメラ映像“の内容についての議論はしませんよ、裁判所が自分達で映像を見て判断しますよ、ということです。
法廷で“監視カメラ映像”に写っている被告らの行動が暴行かそうでないかの議論を“しない”というのです。
あの“監視カメラ映像”をきちんと見ていただいて、これが暴行(虐待)かそうでないかを法廷で議論して頂きたかったのに
法廷では議論しませんだなんて、一体どういうことなのだろう。
私はこの公判前整理手続の経緯を聞いて、悪い予感しかしませんでした。
懸念を何度も弁護士に伝えました。
そして、実際にこの予感は的中しました。
おそらく、この公判前整理手続の時には、既に裁判長の方針が決まっていたのではないでしょうか。
そう思わざるをえませんでした。






裁判員裁判について

実際に裁判が始まると、私の予想していたシナリオ通りになり予感が的中してしまいました。
実は裁判の初日このブログにその事、つまり、これから起こるであろう裁判のシナリオ等を書いたのですが
心配した弁護士に止められて削除した経緯がありました。
公判に出ることができない私に、家族や弁護士から逐一報告を受けていました。
(お恥ずかしいながら、前にも書きましたが体調不良で、私は刑事裁判については千葉地検での検事との打ち合わせ以降、行けず仕舞いでした)

やはりというべきか、なるべくしてなったとしか言いようがありません。
裁判では被告弁護人らが、弟の粗暴さを強調し、証人を使って更に補強をします。
弟が保護室にいた時、暴れていたと被告らは証言しましたが、石郷岡病院の看護師たちは
保護室で暴れているのは見た事がないけれど、保護室に入る前(四肢拘束時)に暴れていた(抵抗していた)のは見た事がある(見た事はないが、聞いたことがある等)と証言しました。
そもそも四肢拘束されて、粗暴と言わしめるほど、危害を加えるほど暴れる事ができるのでしょうか。
しかもこの粗暴というものの中には、被告弁護人が法廷で弟の粗暴さを強調するために、看護記録から該当部分を抽出し列挙していたのですが、“抵抗す”というのも粗暴になるようです。
ただ手を振り上げた(当たっていない)のも粗暴となるようです。
何しろ、あのビデオにも写っていますが、田中被告が弟の腹部に膝を乗せて、弟が苦しいと言わんばかりに手を出したら
被害者(弟)が殴ってきたんで、と証言してしまうくらい、何でも、何が何でも弟を粗暴にしたいようです。
ビデオにもありますが、被告らが入室してくるまで大人しく座っていただけの弟を“無言”で(田中被告が証言)声かけもせず
いきなり床に引き倒し、ズボンを脱がせたまま、寝かせたまま食事をさせています。
普段からこういう扱いをしていたのは明白です。
いったい、どちらが粗暴なのでしょうか。

また弟が保護室に入っていたのは粗暴だからではなく、トイレトレーニングのためなのですが(裁判で証言あり)
それを保護室に入る患者というのはどういう患者か知っているか、などと暗に粗暴だから保護室へ入れられた患者=だから多少手荒な行為は許されるとでもいいたげな、錯誤させるような証言をする石郷岡病院の看護師がいたり
元院長に至ってはトイレトレーニングと称して保護室へ入れたはずなのに、結局トイレトレーニングすらしていなかったと証言しました。
石郷岡病院での治療の実態とは、弟を保護室で放置していただけだったのです。

そして裁判所も検察が申請した公正な第三者の証人を却下したのに、こともあろうか被告らを庇う性質のある石郷岡病院の看護師らに、あの被告らの行為が看護行為かどうかを尋ねる始末です。
だったらなぜ、公判前整理手続の時に、石郷岡病院の看護師らより公正な判断をしてくれたであろう
看護の専門家である第三者の証人申請を却下したのでしょうか。
そしてこの事が、被告らの行為が“正当業務行為“であるという判断に影響を及ぼしたことは間違いのないことです。
裁判で被告らを庇う証言をした石郷岡病院の看護師らは、“膝を使って患者を抑えつける”や“ヘッドロックをした事がある”等、一般の精神科看護基準からかけ離れた行為が石郷岡病院で行われていたことを証言しました。
精神科の看護には“医療職のための包括的暴力防止プログラム”という基準が存在します。
この中で、介護者は膝を使って抑制する、体重をかけるなどをしてはいけないことになっています。
一般的な精神科病院では、”医療職のための包括的暴力防止プログラム“の講習を受けた有資格者が存在します。
ところが、当時の石郷岡病院には存在していませんでした。

また裁判長も、法廷で検察官が“監視カメラ映像”を流しながら裁判員に説明をしているのに
“これ、なんか意味あるんですか〜”と言い出したり、父の意見陳述の際、弟の写真をスライドで流すことについて
被告弁護人も了承したにも関わらず、裁判長が許可しませんでした。
そして、被告弁護人が異議を申し立てた私の意見陳述についてもそれを認め、陳述書の3分の2が削られました。
陳述書は、事前に私達の弁護団のチェックを済ませたものです。
このような扱いは異例なのだそうです。
検察は被告らに対し、“被告らは反省もせず、被害者の人間性を無視し、虚偽の弁解を弄して犯行を否定した”とし
懲役8年を求刑しました。
そして判決を迎えることになったのです。






判決について

判決の内容は法曹関係者でも首を捻るほど不可解なものでした。
端的ににいえば“何を言っているのかわからない”レベルのものです。
しかも違法判決です。
もしかすると、公判前整理手続のところで書いたように、既に判決は決まっていて
無理矢理、理由をこじつけようとして判決文を書いたのではないかと疑いたくなるような内容でした。
だから無理が生じて違法判決に繋がったのではないか、そう疑いたくなるような内容です。

裁判所は、被害者の首の骨が折れたのは、あの保護室だと認定しました。
しかし、田中被告については、正当業務行為で無罪とし、菅原被告の足蹴りで被害者の首の骨が折れたかもしれないが
田中被告の正当業務行為で首の骨が折れたかもしれない
ので、明らかに暴行が確認できる菅原被告についても、傷害致死罪は適用せず、暴行罪にとどまるとしました。
今回は、どちらの行為で首の骨が折れたかわからないから傷害致死罪が成立しないということです。
検察が起訴した傷害致死罪というのは、例えば暴行が元で怪我をし、それが原因で亡くなった場合に適用されます。
ですから菅原被告が明らかに暴行していても、首の骨が折れた原因が田中被告かもしれないので、菅原被告に傷害致死罪は適用できない、ということだそうです。

裁判所は、検察の主張する共謀を否定しました。
検察の主張は、菅原被告が立ち上がり被害者の頭部付近へ移動した直後、田中被告が被害者を体重を乗せ抑えつけ
菅原被告の暴行を補佐した。
この時、田中被告は菅原被告に何ら注意もせず、むしろ菅原被告が被害者を暴行する時に暴れないように体を抑えつけ、暴行を手伝っていた、という主張です。
これが認められていれば、田中被告の正当業務行為が否定されて、傷害致死罪が成立します。
(検察は田中被告も被害者の首や胸付近に膝を乗せ体重をかけていると主張)
しかし裁判所は、石郷岡病院側の証人の証言のみで、田中被告を正当業務行為だと認定してしまいました。
そして田中被告と菅原被告の共謀は否定され、一連の行動は切り離されてしまったのです。
このことは、共謀を否定されてしまった場合、一方の田中被告が正当業務行為と認定されてしまうと、菅原被告について傷害致死罪に問えなくなることを意味します。

やはり間違った看護が正当業務行為と認められてしまったのは、公判前整理手続で裁判所が却下した
第三者による意見書がなかったためだと思います。
公正さを欠いていると言わざるをえないと思います。

菅原被告についても、立ち上がって弟の頭部へ移動したあと、複数回(おそらく3回)足で蹴りつけ踏みつけているのですが
裁判所は1度だけ蹴った事を認め、あとは認めず菅原被告の言い分の通り“被害者をまたごうとした”と考えられるとしました。
その理由として、“監視カメラ映像“には1秒間に4コマしか撮影されておらず、つぶさに観察してみても、菅原被告の足が明らかに被害者の頭部に当たっている画像は残っていない、ということでした。
1秒間という短い時間に4枚の画像というのは、果たして”少ない“といえるのでしょうか。
また、公判前整理手続で裁判所が評価を引き取る、といった”監視カメラ映像“についても画像の粗さや真上からの位置について強調していました。
そうであるなら、なぜ画像分析の専門家に委ねる等をしなかったのでしょうか。
裁判所は何のために”監視カメラ映像“を引きとる、としたのでしょうか。
これはもしかすると、裁判で画像について分析、議論されると不都合なことがあるからなのかと穿った見方をしてしまいます。

菅原被告は、暴行を加えた事実はなく、またごうとしただけ、としています。
普通に考えてみてもおかしなことです。
菅原被告の主張は、弟にズボンを履かせていたのに突然立ち上がって、頭部へ移動し、ただ“跨ごうとした”だけなのだそうです。
わざわざ立ち上がって頭部へ移動し、“跨ごうとして”何度か足を上下させたにもかかわらず
全て跨ぐのに失敗したことになり、何もせずに足元へ戻りズボンを履かせるのを再開した
ということになります。
ズボンを履かせていたはずなのに、なぜわざわざ立ち上がって、弟の頭部を跨ぐ必要があったのでしょうか。

そして裁判所は、おそらく菅原被告の蹴り(あるいは踏みつけ)によってできたと思われる
顔面の挫創(打撲と擦過傷)についても認定せずに、石郷岡病院搬送後〜帝京大ちば総合医療センターへ到着するまでの間にできた可能性も否定できないとしています。
探偵ファイル、顔面の挫創画像←クリックで記事へ飛びます。
探偵ファイルさんの記事に、弟の顔面の挫創画像が掲載されています(こちらのブログに画像を掲載したら削除されてしまいました)

この顔面の怪我は、石郷岡病院の看護師ですら、事件翌日には既にあったと証言しているのになぜか無視されました。
その一方で、菅原被告自身が書いた看護記録に“暴れて顔に発赤”という記載があったことから自分で暴れて顔に怪我をした可能性を示唆し、更には同じく石郷岡病院の医師がカルテに記載していないから傷の存在があったのか疑わしいというような判決文でした。
警察の現場検証によれば、保護室の床は柔らかいクッション素材が使われていたそうです。
だからあのような顔面の挫創は自分で顔を擦り付けたとしてもできません(顔を擦り付けたような場面は見当たりませんし、仮に擦り付けたとしても打撲は説明がつきません)
この警察の現場検証の記録も、実は公判前整理手続で検察が証拠を請求していましたが、却下されてしまいました。
そして菅原被告にせよ、石郷岡病院の医師にせよ、隠蔽する可能性の高い人物の証言や記録を鵜呑みにしていること自体おかしなことです。
因みに事件翌日にカルテを書いた石郷岡病院の医師は、実際に診察していないのに、診察したとしています(先程リンクを貼った探偵ファイルの記事の下の方に詳細があります)

そして弟が粗暴だとされた重要な根拠は、判決文にもある通り、石郷岡病院へ入院した経緯です。
嫌がる弟を風呂に入れようとしたら、父を殴ってしまい、運悪く父の顔面を骨折し入院したことです。
弟は2007年〜石郷岡病院へ入院する2011年9月まで入院等をせず、自宅にいました。
普段の弟は“監視カメラ映像”の最初にも写っている通り大人しく、椅子に座っているだけだったりと暴れたりしませんでしたが、2006年千葉大付属病院で電気ショック療法を1クール受けてから
認知機能が悪化し、突発的に家を出てしまったり、失禁を繰り返すようになり、父が怪我で入院をすると母1人では不安だということで入院をしました。
そもそも普段から粗暴だったら、高齢の、というと少し語弊があるかもしれませんが(70代及び60代。事件当時、両親は60代)若くない両親の手に負えず何年も自宅療養できません。
そういった背景も一切無視され、一度の過ちーこれだけで粗暴のレッテルを貼られてしまいました。


その結果、冒頭にも書いた違法判決がくだされました。
田中被告は無罪、菅原被告は暴行罪でした。
菅原被告の暴行罪は、公訴時効が成立しており、本来ならば免訴で無罪にならなければいけません。
実際に菅原被告は一審判決を不服として(免訴と無罪を求めて)東京高裁に控訴しています。
東京高検(千葉地検)も一審判決を不服として東京高裁へ控訴しており、現在は控訴審が東京高裁第11刑事部(栃木力裁判長)で行われているところです。

一審の千葉地裁(高橋康明裁判長)は、なぜ菅原被告に公訴時効の成立した暴行罪という違法判決を言い渡したのでしょうか。
裁判官が3名もいてチェック機能が働いていなかったのでしょうか。
それとも裁判官が全員、石郷岡病院事件について時系列をきちんと把握していなかったのでしょうか。
もしかすると、全てわかっていたにも関わらず敢えて違法判決をくだしたのかもしれません。
公判前整理手続から、無罪ありきの裁判だったと思えなくもないからです。
本当は菅原被告についても無罪にしたかったのだけれど、画像からはどうしても暴行を認定せざるをえない。
公訴時効の成立した暴行罪を適用すれば、判決後に菅原被告が免訴を求め控訴するだろう。
免訴を起こしたら、公訴時効が成立しているのだから、免訴が認められ無罪になるだろう。
そうすれば結果的に被告らは両名は無罪になる。
と考えたかどうかはわかりませんが、不可解な判決文と相まって謎は深まるばかりです。




結局のところ、あの裁判は何を裁いたというのでしょうか。
保護室で首の骨が折れたことは認定されても、誰がやったのか、どうして首の骨が折れたのか不明のままです。
何のための裁判だったのか、私には理解ができません。
それどころか、このままですと、医療従事者が患者に暴行を行なっても罪に問われることもなく
正当業務行為とされてしまう前例を作ってしまったことになってしまいました。
このようなことが許されてよいはずがありません。
控訴審では公正な判決を望みます。



3月31日は弟の40回目の誕生日でした

3月31日は、弟が生きていれば40回目の誕生日となっていたはずでした

もし生きていたら…

もし精神科の門をくぐっていなければ、今頃どんな仕事をして、どんな生活をしていたのだろう

そう考えると悲しく、切なくなります…

弟はマスコミ関係の仕事を希望していました

法政大の社会学部に入学したのもその為です(青山学院大の社会情報学部にも受かったのですが、法政大を選んだ)



ちょっとした落ち込みで、精神科クリニック(精神病院傘下のクリニック)を受診し、薬の副作用が出て入院

17種類もの向精神薬を飲まされ、副作用が酷くなり、縛りつけられ無理矢理、点滴で投与され続け

薬の副作用でジストニアになり、ジストニアが手に負えないと病院から追い出され

転院先でのジストニアの治療も功を奏さず見捨てられ

今度は電気ショックをされ、それ以降会話もままならなくなり

失禁も繰り返すようになり、石郷岡病院へ入院するも人間扱いされず

果ては暴行され死にました

弟の人生はなんだったのだろう


ニュースになれば、残酷なコメントやメール…

殺処分してもらってありがたく思え、お前らが全て悪い、(暴行した)准看護師がかわいそう等々…

そしてあの千葉地裁の一審判決

日本では、理由がどうであれ、障がい者になった途端に人権がなくなるのだなと思い知らされました

どうして、自分の家族や友人が同じ境遇になったら?と考えることができないのでしょう…

もし、自分の家族や友人が同じ境遇になっても、彼らは叩くのだろうか

回り回って、自分たちの首を絞めることになるとも考えずに…

セーフティネットを叩いたりすることも同じだと思いますが

自分を含め、いつ何時、障害を負って障がい者になるかわからないのです

例えば近所の方も若くして事故で脳に障害を負い家族さえわからない状態になりました

息子の勤務先の病院には、やはり若くして交通事故等で脳に障害を負い寝たきりになったり

会話もまともにできない方も何人かいるそうです(所謂、知的障害状態)

こういった突発的な事故でも障がい者になりえます

身近にいる、こういった障がい者(精神障がい者含む)の存在を知らないかもしれません

なぜなら、障がい者になると偏見や冷たい視線を浴びますので、家族や本人が人目のつかないところに

言葉は悪いけれど、その存在を隠してしまうからだと思います

小学校等でも、子供が少しでも変わっていれば早期介入と称してすぐに特別支援学級へ隔離(驚くべきことに、授業妨害等がなくても、計算が遅い、着替えが遅いなどの理由でも発達障害だとして介入されます)

教師は製薬会社主催のセミナーで、向精神薬は殆ど副作用がないという製薬会社社員の言葉を鵜呑みにして

子供達に精神科の受診と向精神薬をすすめる

普通学級の子供達は、少しでも変わった子供をイジメたり障がい者扱いをする

そうしてますます、子供の頃から少しでも変わった子供は排除されていき、大人になって他人(障がい者や変わった人)を許容できなくなっているように思います

そのように育った大人が、事故や病気で自分や身内、友人が障がい者になってしまって初めて知るのだと思います

この国がどれだけ障がい者に冷たいのか

自分達がそのことに加担していたということも

去年放送されたNHKハートネットTVの大麻ディレクターが仰っていた、社会全体の責任という言葉…

私も正直にいえば、弟がこのようになるまでは、医療、精神科問題や障がい者の事を真剣に考えたことはありませんでした…

弟の件で、被害者家族になって、初めて(精神)障がい者や、障がい者を取り巻く環境、社会について知り愕然としました

司法が必ずしも公正でないことも知りました

悲しいことですが、これが現実です…













私自身の病気について

本日は東京高裁における第1回公判がありました。
傍聴席は満席だったそうです。
傍聴頂いた方、ありがとうございました。

ところで、今まで書こうか迷っていたのですが、一応書いてみることにしました。
それは私自身の病気についてです。
周囲にも、あらぬ誤解をされる可能性があるから、ブログに書いた方がいい、とアドバイスを頂いたことでもあります。
あらぬ誤解というのは、姉である私がブログで色々と書いているにもかかわらず
刑事裁判の傍聴へ行けていないことについてです。
毎回出席している父と違い、なんだあの遺族は、とお叱りを受けたこともあります。

私の持病はバセドウ病という、甲状腺の病気で、2009年に大学病院で診断を受けてから
今もずっと抱えている病気です。
因みに、甲状腺にはバセドウ病とは無関係の腫瘍もあります。
体調が悪くない時は、民事裁判にも何度か行ったことがあります。
そして現在は、メルカゾールという抗甲状腺ホルモン薬を飲んで、バセドウ病と逆の、甲状腺機能低下症になっています。
去年は大学病院でアイソトープを打診されました…

思えば2011年9月、石郷岡病院に弟が入院する際に付き添いをしましたが
その直前の1カ月は、ほぼ寝たきり状態でした。
病気のために、極端に筋力が低下し(ミオパチー)下肢はむくみ、嚥下困難で
就寝時も何度も窒息しそうになるほどでした。
右耳が難聴になりました。

そして2012年1月3日、あの石郷岡病院事件が起こった数日後、出先で倒れ救急搬送されました。
それから甲状腺機能低下症になったり、亢進症(抗体があるのでバセドウ病です)になったりを繰り返しています。

忘れもしない2017年3月14日、千葉地裁の容認できない判決直後、突然全身がむくみだし
バセドウ病が悪化し全身が小刻みに震え、体重も急激に減少して脈拍も増加しました。
と同時に突然腹痛になり大学病院を受診した結果、子宮腺筋症と内膜症と診断されました。

2018年3月現在は、メルカゾールの影響もあり甲状腺機能低下症になっており、酷い時は目が勝手につむってしまい
家の階段の昇降もしんどく、全身がむくみ、毛髪が異常に抜け、時々意識が飛びそうになることもあります。
と同時になぜか低血糖になっています(糖尿病ではないです。ヘモグロビンa1cも5.1など。随時血糖64などになっています)
体温もバセドウ病の時は37℃近くあったのですが、低下症の今は34〜35℃台と低体温です。
こんな状態ですが、まだ手のかかる次男もおり、とても数時間かかる裁判の傍聴をできる状態ではありません。
それが本当に悔しく思います。
どうかご理解の程宜しくお願い申し上げます。



石郷岡病院事件 弟のこと

経緯



大学2年…法政大学(社会学部)の近くにある相模原市から夏に帰省。落ちこむことがあるため親が精神科受診を勧める。診断結果は医師にも判別がつかず不明。ノイローゼでしょうとドグマチールを処方される。



大学3年生(2001年)…通学に便利な八王子市のアパートに引っ越す。帰省時に更にストレスがあるということで、暫く大学を休学し実家で療養をすることになる。バイトなどをして過ごすが、大学へ復学。千葉県中央部から大学まで通学するも無理がたたり親に無断で退学届けを出す。
市原鶴岡病院受診。うつ病でしょうとのことで、パキシルを処方される(9月下旬)
その年の11月下旬、近所で引っ越しがあった際に弟が煩いと引っ越し業者を殴ってしまう。本気で殴ったわけではないため引っ越し業者の方に怪我はなかった。事件化せず。
このような事件を起こしてしまったため、再度、市原鶴岡病院を受診すると、統合失調症だろう、との診断。(但し両親の記憶が曖昧なため本当に統合失調症と診断されたのかは不明。入院時の診断書にある病名が違うからだ。詳細は下記の市原鶴岡病院の記事をクリックしてご覧ください)
因みに弟は幻覚も幻聴もなかったのだが、医師はわからないなぁ、と首をひねりながらも他人を殴ってしまうのは統合失調症だろうとした(ようだ)
リスパダールを3日分処方される。
リスパダール服用1日目で錐体外路症状である急性ジストニアが発現するも、医師の指示は水を多く飲ませてください、のみ。
リスパダール服用3日目に父と散歩中に突然エビぞりになり苦しみだし泡を吹き、2次救急病院へ救急搬送。
その後、市原鶴岡病院を再受診すると、薬の副作用が強いようだから家では大変でしょう、入院しましょうということで入院となる。




★最初の病院へ入院した理由は、処方された向精神薬の副作用のため。



入院初日から多剤処方開始。
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院



★診断書及び入院の記録では、病名として統合失調症ではなく「心因反応」または「対人恐怖症」



(2002年)年が明け突然の四肢拘束(3週間続く)理由は医師の指示書によれば自殺企図があったためということだが、拘束指示書を見るとベッドの下に頭を入れ、死ねというのが見える?聞こえる?と言っていたことが自殺企図とされたようだ(多剤処方の副作用だと確信している)
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院・続き

多種多様の向精神薬投与を受けた結果、首が斜頸し薬剤性ジストニアを発症。
☆詳しくはクリックしてご覧ください→市原鶴岡病院での投薬記録



★入院5か月の間になんと17種類、入院直前を含めれば19種類もの向精神薬の投与!



薬剤性ジストニアを発症し、このまま市原鶴岡病院では診ることができないということで、千葉大附属病院へジストニアの治療のため転院。

ボトックス注射を受けるもジストニアは改善せず。千葉大での診断も統合失調症。
ジストニアの治療と併せて向精神薬を数種処方される。
結局治療の成果もないため退院。以降、自宅療養。



(2006年秋)再度、千葉大へ入院。この時電気ショック療法を勧められ1クール受けるもかえって状態が悪化したため千葉大の勧める2クール目は受けず2007年退院。認知が酷くなり会話が成り立たなくなることが増え、トイレに間に合わなくなり失禁するようになる。退院時、診察に寄った石郷岡病院の院長自ら弟を診察し統合失調症ではないとの診断。つまり、市原鶴岡病院の最初の診断は誤診であった、ということ。
以後、自宅療養。



(2011年9月)父が弟を自宅の風呂へ連れて行こうとしたら怒って父の顔面を殴ってしまう(しかし直後心配そうに父の肩をたたく)
父が入院し、母が1人では面倒を見るのが不安だということで保健所に相談し、医療保護入院として石郷岡病院へ入院。石郷岡病院での診断名は広汎性発達障害(これも弟の恩師や一部の有識者曰く、発達障害は見られなかった、若しくは多剤処方で変わり果てた姿を診断したに過ぎない、という)

(2011年10月)面会に行った父が弟の目の周りが痣になっていたのを病院スタッフに確認すると「風呂でちょっと」という答え。

(2011年11月)石郷岡病院医師より退院の打診があり。
父が退院する前にトイレトレーニングをお願いすると医師は「トイレがあるのは開放病棟と隔離室だけなので、隔離室で様子を見てトイレ訓練をさせましょう、ということでトイレトレーニングのために隔離室へ移る。



★隔離室への移動は、暴れるからではなくトイレトレーニングのため。これについては病院関係者も認めている(カルテ記載及び証拠あり)巷の一部で錯誤されているように、決して「暴れているから隔離室」ではない。追記:刑事裁判にて石郷岡病院の元院長(主治医)はトイレトレーニングすらしていなかったと証言。ただ、隔離室に閉じ込めていただけだと判明。



(2012年1月1日16時過ぎ)石郷岡病院の准看護師である菅原巧と田中清が、おむつ替えの際、弟の顔面等を踏みつけるなどして暴行をする。

(2012年1月2日)石郷岡病院のスタッフは首から下が麻痺、閉尿した弟の異変に気づくも隠ぺい(いずれ明らかにします、証拠あり。公判でも明らかになるはずです)または放置。
午前中には診察がないにも関わらず著変なしとカルテに記載(当該医師は判明。いずれ明らかにします)
午後は麻痺や閉尿にも関わらずまともに検査せず(石郷岡病院は神経内科も標榜している

(2012年1月3日正午過ぎ)当日出勤してきた石郷岡病院の当直医(他病院からの派遣医師。精神科医ではない)の判断で、3件目の打診先である帝京大学ちば総合医療センターへ救急搬送される(千葉大附属病院、某病院は受け入れ拒否)
病院到着後、検査の結果頚椎骨折、頸髄損傷が判明する(MRI画像から血腫が広がっていた)
HCUへ入院。首から下の四肢麻痺が判明。
呆れることに、民事裁判において石郷岡病院は弟の怪我が重症化したのは、帝京大学ちば総合医療センターの過失であると主張。

(2012年1月4日)昼過ぎに突然の心肺停止10分。HCUに救急救命医はじめ医師が数人居合わせていたため、辛くも蘇生する(少しでも遅れていたら亡くなっていただろうと医師に言われた。以降亡くなるまで呼吸不全が数度あり)


★石郷岡病院から救急搬送翌日の2012年1月4日に心肺停止。亡くなったのは2014年4月だが、そもそも搬送直後から生死にかかわるレベルの重症であった。



(2012年6月)療養病院併設の**病院(この病院については公判後、落ち着いたらいずれ書きたいと思います)へ転院する。何度か肺炎及びMRSAに感染し衰弱、危篤状態、呼吸不全になる。

(2014年3月31日)36度目の誕生日。

(2014年4月28日)肺炎による呼吸不全により永眠(享年36歳)





以上が弟の亡くなるまでの経緯です。
特に言いたいのは、弟が粗暴なために隔離室にいただとか、2012年1月1日の報道された監視カメラ映像を見て暴れてる、興奮して暴れてしかも隔離室にいたのだから相当な患者だったのだろうという偏見をもたれることは困ります。
また石郷岡病院も粗暴であると言っていますが、看護記録等からはどういうわけか菅原容疑者が記入する時だけ「抵抗す」「抵抗なし」と書かれています。これはどういうことか?(他のスタッフはあまり書いていない)
何が言いたいのかと言えば、あの映像にあるような患者への扱い(座っている患者をいきなり引き倒す、暴れてもいないのに膝や足を使い抑制する、寝かせておむつ交換と同時に食事等。他にも実は警察の証拠にありますが今は書けません)だからこそ、患者側も抵抗せざるをえないのではないかということです。
隔離室というのは弟の場合は特殊なケースだと思いますが、一般には不穏な患者さんの入る場所です。
ただ弟の場合はトイレトレーニングのためでしたので興奮して動き回ったりしていなかったことは確かです(証拠証言あり)
また、石郷岡病院スタッフによる医療行為とも介護行為ともいえない患者への虐待行為について、驚くべき真実をいずれは証拠を元に記事を書きたいと思っています(公判以降になってしまいますが。または公判中に出てくる可能性が高いです)
そしてこれらのことは、石郷岡病院がいかに杜撰な病院であったかを示すことになるでしょう。
現在までも事故調査委員会も設置せず、何らの謝罪もせず、遺族に説明もせず知らぬ存ぜぬを貫いていますので、推して知るべしですけれど。
いずれ民事裁判等で石郷岡病院の主張している内容が崩れることは間違いのないことですので、まずは刑事裁判を早急に行っていただきたいところです。
しかし菅原、田中容疑者の弁護士達がことごとく証拠採用を拒否している関係で、なかなか公判を開けないようです。
そのため現在は証人の整理をしているそうです(検察談)とはいえ公判は今年の11~12月を予定しているそうです(ずれる可能性が高い気がしますが)
早く真実をみなさまに伝えたいです。
真実が明らかになることで、事件の抑止力になることを祈ってやみません。

ある青年の死 動画

弟の事が番組で放送されました。
NHKハートネットTV・ある青年の死
動画です




Yahooニュースに掲載された、NHKハートネットTV「ある青年の死」

改めて、「精神障害」とは何なのか? ~ NHKハートネットTV『ある青年の死』から




2012年1月1日、千葉県の精神科病院に入院中の青年・陽さんが、頚椎を骨折しました。陽さんは「保護室」と呼ばれる一人部屋に隔離されており、保護室のモニターカメラには、2名の看護師に暴行される陽さんの映像が残っていました。顔面を蹴られたことが、頚椎骨折につながったと見られています。

陽さんは別の病院に搬送されましたが、寝たきりとなり、2014年4月に36歳で亡くなりました。

2人の看護師は逮捕・起訴されましたが、千葉地裁は2017年3月、1人を罰金刑・1人を無罪とする判決を下しました。検察はこれを不服として控訴しています。



NHKハートネットTV『ある青年の死』

2017年12月19日、この事件とその周辺を追ったTVドキュメンタリー『ある青年の死』が、NHKハートネットTVでオンエアされました(番組ページ)。障害者福祉・障害者運動の立場から、この事件に関心を持ち続けてきた私にとっては必見の番組です。私はTVを持っていませんので、ネットカフェに行ってメモを取りながら視聴しました。

番組は、番組の語り手である大麻俊樹ディレクターが、精神科病院で広く行われる「拘束」を体験する場面から始まります。動きたくても動けません。

しかし番組は一貫して、誰か・何者かを「悪」として告発するのではなく、複雑な歴史的経緯とその背景を抜きにして語ることができない現在の精神医療と、そして社会の「精神障害者」観を解きほぐし、静かに語りかけます。


筆者注:

そもそも拘束を行うのは、動かれては困るからです。また、精神科病院だけで行われているわけでもありません。動かれたら困る理由は、「点滴の針や栄養チューブを抜いてしまうかもしれない」「意識が朦朧としている状態でベッドから落ちてしまうかもしれない」など、さまざまです。人権上、拘束は大いに問題なのですが、病院や施設の現在の人員と体制のもとでは、「拘束しかない」という場面が実際に存在する現実を認めないわけにはいきません。

千葉県の事件が起こったのは、精神科病院の保護室の中でした。保護室とは、いわゆる「自傷他害」を防ぐため、寝具からトイレまで配慮を凝らした個室で、通常は閉鎖病棟の中にあります。保護室での処遇もまた、人権上の問題となっています。社会から隔離されただけではなく、精神科病院の中の他の人々から隔離され、狭い部屋の中から出る自由もなくなってしまうからです。





下着を下ろされたまま口に流し込まれる食事

番組の冒頭近くで、保護室のモニターカメラに残っていた陽さんの姿が紹介されています。頚椎骨折に至る暴力を受ける前、日常の夕方のケアを受けているところです。看護師が入ってきて、オムツ交換のために下着を下ろします。ついでその状態のまま、食事の介助が行われます。横になったままの陽さんの口に、夕食の流動食が流し込まれます。この後、オムツが交換され、下着が元に戻されます。所要時間は10分足らずです。

大麻氏は番組の中で、この扱いに「愕然としました」と語っています。

筆者注:

直接知るベテラン精神科看護師・K氏は、「誤嚥のリスクが非常に高いです」と、本人の尊厳にとどまらない問題を指摘しています。




最初の一歩

陽さんが精神科に入院することになったきっかけは、大学時代に引きこもりがちになったことでした。番組には、陽さんの幼少のころからの親友も登場します。小・中・高・予備校時代を共に過ごしたMさんは、陽さんについて「スポーツマンで勉強もできて、男子・女子とも友人が多かった」と語ります。大学に入学して一人暮らしを始めた当初の陽さんは、サークル活動やアルバイトで、友人に囲まれて賑やかに過ごしていたようです。しかし突然のように引きこもり状態となりました。

心配したお父さんは、2001年、陽さんを精神科病院に連れて行きました。医師の診断は「うつ病」、SSRIと呼ばれるタイプの抗うつ剤が処方されました。ところが攻撃性が高まってしまい、見ず知らずの人に暴力を振るうようになってしまいました。


筆者注:

2001年当時の標準的なガイドラインでは、うつ病に対しては、SSRIが第一の選択肢となっていました。陽さんも、当時のごく一般的な処方をされたものと思われます。

「衝動性が高まる」という副作用の存在は1990年代から知られていました。詳細はヒーリー『抗うつ薬の功罪』(出版社ページ) などをご参照ください。

陽さんに処方された薬剤が日本で認可されたのは2000年、厚労省が注意喚起を行ったのは2009年です。





アリ地獄のように


単純なうつ状態とも、他の精神疾患ともつかない状態が続く中、診断も処方も変わっていきました。すると陽さんは、薬の深刻な副作用に苦しむことになりました。見た目も言動も変わり、孤立が深まりました。そのことに対する家族の配慮は、また、結果として孤立を深めてしまいました。それらの成り行きは、主にお父さんの言葉として語られています。可能な選択肢が限られている中で、迷いながら悩みながらベストを尽くしたお父さんは、結果として愛息を失うことになりました。お父さんは番組の中で、時に声をつまらせながら、言葉を選びながら、語り続けます。

前述の友人・Mさんは、その間も陽さんと交友を続けていた一人です。陽さんが違う人間になったわけではなく、「ああ、彼なんだなあ」と感じたと番組の中で語っています。

番組終盤では精神科医が登場し、「薬をやめてみる」という選択が行われなかったことに対する遺憾を表明しています。


筆者注:

たとえば「骨折してギブスをしている」「糖尿病で定期的に通院し、毎日インシュリン注射をしている」という状態の人々に対して、骨折や糖尿病が「その人」そのものになってしまったとは、通常考えられないでしょう。しかし精神障害・精神疾患では、病気が「その人」そのものになってしまったかのような受け止め方が、未だに一般的です。なぜでしょう?





そして事件へ


陽さんの最後の精神科入院は、2011年9月のことでした。番組で紹介された当時の状況では、もはや本来の精神疾患が何だったのか、処方されてきた薬剤の何にどういう功罪があったのか無関係に、混乱した状況にあったようです。そして、2012年1月1日の事件へと至りました。


筆者注:

前出の精神科看護師・Kさんは、この事件に関心を寄せ続けています。事件が起こった千葉県の精神科病院の診断と処方を精査したKさんは、「妥当だったのでは? 不要な薬剤を減らし、副作用を減らし、感情に働きかける内容でした」と語っています。




一人の不運で終わらせられない

番組では限られた時間の中で、日本の精神医療の歴史・向精神剤使用や認可に関する問題点・家族や地域を含めた社会の理解・精神医療の現場の人々の働きやすさなど、非常に数多くの側面から、問題点が静かに提示されています。

精神医療に対して

「こんなことがあって良いとは思わないけれど、事件や事故が起こる現場にも、スタッフの事情があるのだろう、でも、このままで良いとは思えない……」

とグルグル回りになりがちな方は、『ある青年の死』をご覧になれば、どこから・何から手を付けてゆけばよいかの糸口の1つ2つは見いだせるのではないかと思います。

私自身も、問題意識を持ちながら、グルグル回りになる1人です。『ある青年の死』には、大いに心を揺さぶられ、刺激され、忘れがちな大局観を再発見させていただきました。

素晴らしい番組を制作されたスタッフの皆様、そして大麻俊樹ディレクターに感謝します。



「自分もそうなるかも」という想像力を



陽さんのお姉さんからは、『ある青年の死』と制作者に関する意見と思いを聴かせていただくことができました。

「大麻さんは誠実で、タブーとされている精神医療問題に真摯に取り組んでくださっていると思います。短い放送時間ながら、『病院で暴行を受けて亡くなった』というだけではなく、バックグラウンドまで伝えて下さったことに感謝しています」

さらに番組から、障害者への排除の風潮や、そういう風潮への無関心は、特別な人が作ったり加担したりしているわけではないことを教えられた、とも。

「みんなもそういう風潮に加担しているんだよ、みんなもそういう社会を作り出しているんだよ、ということを教えてくれたんだと思います」

いま、自分自身が精神科病院と無縁に過ごせていても、近親者がお世話になるかもしれません。また精神疾患の原因は、高齢化・負傷・身体の病気など、かなり多様です。

「その時、このような精神医療を『よし』としていたら、自分も同じ境遇になるかもしれません。そう考えていただければ」

とお姉さんは語ります。


医療従事者として向き合わなくてはならない実態


前出のベテラン精神科看護師・K氏に番組に関する意見を求めたところ、

「あまりにも衝撃的な精神医療の現状が、正直に伝えられて、よかったと思います。精神医療に従事する人々の中にも、番組に衝撃を受けたという人、『自分のしている仕事を振り返らざるを得なかった』という人がいます」

ということでした。

精神医療に毎日従事する立場で、どのように衝撃だったのでしょうか?

「こんな非人間的な扱いは、看護ではありません。寝かせたまま流動食を食べさせるのは、誤嚥のリスクも高いです。しかも座れる患者さんなのに座らせず、マットも敷かずに床に転がした状態です。人間の尊厳が守れていません。まるで家畜への虐待のようです」

どうすれば、人間の尊厳が守られている状態になるのでしょうか?

「人間に対するケアをするのなら、安全・安楽が基本です。たとえば、食事を食べるために食べやすい環境を作るとか」

下着を取り替え、いくらか気持ちのよい状態になったところで、身体を起こして食事というわけに行かないのが現場の都合なのなら、深刻な人員不足というべきでしょう。番組では、その問題も指摘されています。

「しかし一番の問題は、排泄の介助途中で食事介助をしていることです。終わった後も、マットと枕を投げ捨てて、本人にかけたり敷いたりしていないんです。とんでもない話だと思いました」

K氏は、大麻ディレクターとも面識があります。ご本人に対しては?

「誠実で、『現状を変えたい』という意識をお持ちのようです。今回は、現場の状況を投げかけ、『これでいいのか』と提示されたところでしょう」

しかし、大麻ディレクターと『ある青年の死』に一定の評価をしつつも、K氏には「食い足りない」と感じる部分が残ります。

「少なくとも大麻さんは、現状を正直に伝えようとしてくれています。お父さんの苦悩や、やりきれない思いも、ちゃんと取り上げて伝えてくれていると思います。陽さんの人となり、苦しみ、『自分の人生が、なんでこんなふうになっちゃったんだ』という声も。でも、当事者の声、精神科病院に入院して、保護室への隔離や拘束を経験した当事者の声はありませんでした。医療者の立場、遺族の立場の話が中心でした。医療を受ける側の受け止め方や発信は、入っていません。そこは残念です」


難しいけれど、少しずつ


精神障害者を含め、社会的弱者の声を社会に伝えることは、今、非常に難しくなっている実感があります。

「期待される社会的弱者」像に沿っていない発信は、2016年夏の「貧困女子高生」報道バッシングを思い起こすまでもなく、本人に対するバッシングの引き金になりかねません。

「期待される社会的弱者」像を変えるための発信が、「期待される社会的弱者」像を世間が再確認する契機になってしまうのでは無意味ですが、発信しないわけにはいかない……という板挟みの中で、私も毎日、さまざまな模索を続けています。

日本のあちこちに「自分の期待する社会的弱者」イメージ、言い換えれば「こういう社会的弱者なら存在を許す」という思い、どこかに「自分は他人の人権をコントロールできる場合がある」という前提があるということは、それそのものが、日本の「人権」の問題です。

簡単に変わるものなら、既に変わっているでしょう。

難しいけれど、少しずつ働きかけて、いつか変わる将来に期待するしかありません。

絶望したら、そこで終わります。

私は『ある青年の死』に、絶望はやめようと語りかけられた気がしています。

ある青年の死』は、本記事公開の翌日、2017年12月19日(火) 13時5分よりNHK・Eテレで再放送されます。
ご関心を持たれた方は、どうぞご視聴ください。



みわよしこ





ある青年の死←Veoh動画







プロフィール

石郷岡病院事件被害者家族

Author:石郷岡病院事件被害者家族
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為だったとして田中被告無罪、菅原被告に暴行罪として、罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴→2018/3/9東京高裁にて控訴審(栃木力裁判長)の公判が始まる

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




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