3月31日は弟の40回目の誕生日でした

3月31日は、弟が生きていれば40回目の誕生日となっていたはずでした

もし生きていたら…

もし精神科の門をくぐっていなければ、今頃どんな仕事をして、どんな生活をしていたのだろう

そう考えると悲しく、切なくなります…

弟はマスコミ関係の仕事を希望していました

法政大の社会学部に入学したのもその為です(青山学院大の社会情報学部にも受かったのですが、法政大を選んだ)



ちょっとした落ち込みで、精神科クリニック(精神病院傘下のクリニック)を受診し、薬の副作用が出て入院

17種類もの向精神薬を飲まされ、副作用が酷くなり、縛りつけられ無理矢理、点滴で投与され続け

薬の副作用でジストニアになり、ジストニアが手に負えないと病院から追い出され

転院先でのジストニアの治療も功を奏さず見捨てられ

今度は電気ショックをされ、それ以降会話もままならなくなり

失禁も繰り返すようになり、石郷岡病院へ入院するも人間扱いされず

果ては暴行され死にました

弟の人生はなんだったのだろう


ニュースになれば、残酷なコメントやメール…

殺処分してもらってありがたく思え、お前らが全て悪い、(暴行した)准看護師がかわいそう等々…

そしてあの千葉地裁の一審判決

日本では、理由がどうであれ、障がい者になった途端に人権がなくなるのだなと思い知らされました

どうして、自分の家族や友人が同じ境遇になったら?と考えることができないのでしょう…

もし、自分の家族や友人が同じ境遇になっても、彼らは叩くのだろうか

回り回って、自分たちの首を絞めることになるとも考えずに…

セーフティネットを叩いたりすることも同じだと思いますが

自分を含め、いつ何時、障害を負って障がい者になるかわからないのです

例えば近所の方も若くして事故で脳に障害を負い家族さえわからない状態になりました

息子の勤務先の病院には、やはり若くして交通事故等で脳に障害を負い寝たきりになったり

会話もまともにできない方も何人かいるそうです(所謂、知的障害状態)

こういった突発的な事故でも障がい者になりえます

身近にいる、こういった障がい者(精神障がい者含む)の存在を知らないかもしれません

なぜなら、障がい者になると偏見や冷たい視線を浴びますので、家族や本人が人目のつかないところに

言葉は悪いけれど、その存在を隠してしまうからだと思います

小学校等でも、子供が少しでも変わっていれば早期介入と称してすぐに特別支援学級へ隔離(驚くべきことに、授業妨害等がなくても、計算が遅い、着替えが遅いなどの理由でも発達障害だとして介入されます)

教師は製薬会社主催のセミナーで、向精神薬は殆ど副作用がないという製薬会社社員の言葉を鵜呑みにして

子供達に精神科の受診と向精神薬をすすめる

普通学級の子供達は、少しでも変わった子供をイジメたり障がい者扱いをする

そうしてますます、子供の頃から少しでも変わった子供は排除されていき、大人になって他人(障がい者や変わった人)を許容できなくなっているように思います

そのように育った大人が、事故や病気で自分や身内、友人が障がい者になってしまって初めて知るのだと思います

この国がどれだけ障がい者に冷たいのか

自分達がそのことに加担していたということも

去年放送されたNHKハートネットTVの大麻ディレクターが仰っていた、社会全体の責任という言葉…

私も正直にいえば、弟がこのようになるまでは、医療、精神科問題や障がい者の事を真剣に考えたことはありませんでした…

弟の件で、被害者家族になって、初めて(精神)障がい者や、障がい者を取り巻く環境、社会について知り愕然としました

司法が必ずしも公正でないことも知りました

悲しいことですが、これが現実です…













私自身の病気について

本日は東京高裁における第1回公判がありました。
傍聴席は満席だったそうです。
傍聴頂いた方、ありがとうございました。

ところで、今まで書こうか迷っていたのですが、一応書いてみることにしました。
それは私自身の病気についてです。
周囲にも、あらぬ誤解をされる可能性があるから、ブログに書いた方がいい、とアドバイスを頂いたことでもあります。
あらぬ誤解というのは、姉である私がブログで色々と書いているにもかかわらず
刑事裁判の傍聴へ行けていないことについてです。
毎回出席している父と違い、なんだあの遺族は、とお叱りを受けたこともあります。

私の持病はバセドウ病という、甲状腺の病気で、2009年に大学病院で診断を受けてから
今もずっと抱えている病気です。
因みに、甲状腺にはバセドウ病とは無関係の腫瘍もあります。
体調が悪くない時は、民事裁判にも何度か行ったことがあります。
そして現在は、メルカゾールという抗甲状腺ホルモン薬を飲んで、バセドウ病と逆の、甲状腺機能低下症になっています。
去年は大学病院でアイソトープを打診されました…

思えば2011年9月、石郷岡病院に弟が入院する際に付き添いをしましたが
その直前の1カ月は、ほぼ寝たきり状態でした。
病気のために、極端に筋力が低下し(ミオパチー)下肢はむくみ、嚥下困難で
就寝時も何度も窒息しそうになるほどでした。
右耳が難聴になりました。

そして2012年1月3日、あの石郷岡病院事件が起こった数日後、出先で倒れ救急搬送されました。
それから甲状腺機能低下症になったり、亢進症(抗体があるのでバセドウ病です)になったりを繰り返しています。

忘れもしない2017年3月14日、千葉地裁の容認できない判決直後、突然全身がむくみだし
バセドウ病が悪化し全身が小刻みに震え、体重も急激に減少して脈拍も増加しました。
と同時に突然腹痛になり大学病院を受診した結果、子宮腺筋症と内膜症と診断されました。

2018年3月現在は、メルカゾールの影響もあり甲状腺機能低下症になっており、酷い時は目が勝手につむってしまい
家の階段の昇降もしんどく、全身がむくみ、毛髪が異常に抜け、時々意識が飛びそうになることもあります。
と同時になぜか低血糖になっています(糖尿病ではないです。ヘモグロビンa1cも5.1など。随時血糖64などになっています)
体温もバセドウ病の時は37℃近くあったのですが、低下症の今は34〜35℃台と低体温です。
こんな状態ですが、まだ手のかかる次男もおり、とても数時間かかる裁判の傍聴をできる状態ではありません。
それが本当に悔しく思います。
どうかご理解の程宜しくお願い申し上げます。



ご無沙汰しております

長らく記事を書いておらず、犯人の逮捕後ご心配の方もいらっしゃると思います。
まず、刑事裁判のほうは、裁判員裁判のため来年度以降となるそうです。
先日、検察官と刑事裁判の弁護士3名と打ち合わせをしました。
民事裁判の方も、裁判長が刑事裁判の結果を待ってからにしたい、ということで進展しておりません。

また検察から私達が得た容疑者や病院関係者の供述調書や捜査資料は公表ができないことになっていますので
ブログに書くことができません。
そのため、裁判等の進展がありましたら記事にしたいと思っております。
捜査資料は今まで私達が知りえなかったこと、ネットで一部の人が流布していること
それから民事裁判で石郷岡病院が主張していることを覆すような証拠類もあり
今公開できないのがもどかしいくらいです。

書きたいことはありますが、面倒なことになりそうなので書いていません。
容疑者逮捕後、今現在まで石郷岡病院からの謝罪、理事長や院長からの謝罪等は一切ありません。
頂いたのはとある記事についての抗議文だけです。
因みにその記事と同じ内容を報道したマスコミ各社には抗議は届いていないそうです。
こういった病院側の態度からも、石郷岡病院がどういった病院なのか窺い知ることができると思います。





前途多難

珍しく風邪を少し拗らせています。
風邪自体あまりひきませんが、今回は気管支炎等になったようです。
相変わらず発熱はないですが、黄色っぽい痰が出て胸が苦しくなったり鼻水も出ています。
勿論病院へは行っていませんが。
だいぶん、快方に向かっております。

と、今度は父が昨夜喀血をし、救急搬送され、そのまま弟がかつて入院していた帝京大ちば総合医療センターのHCUへ入院となりました。
詳しい検査は連休を挟むため火曜からだそうで、今は原因がわかりませんが
何らかの感染症ではないかということです。それからガン含めて色々なことを視野に入れて検査だそうです。
先月も父が咳が止まらず診察を受けた際、結核は陰性、肺に何か写ってるけどガンではないと思う、1ヶ月後にまたレントゲン。で、先日の再検でも肺の陰は特に問題ないという結果。
でもなんでもない、ではなかったから今回に至ったと思うんですがね。
実は父は一昨日も少量の喀血があり、救急外来で診てもらったのですが
止血剤のみで帰されました。この時はcrpも0.3でしたが昨日は4になっていました。
喀血量も洗面器の半分弱程度で医師が言うには肺からだろうとのこと。
消化器からではないそうです。
サチュレーションも80ちょっとで酸素吸入しています。
熱もあり、すぐに退院できそうにはないと私は思います。

一難去ってまた一難
私も副腎の検査になかなか行けないですし…
昨日もロビーで待っていたら血圧が急上昇で危機感を感じました
恐らくと言うか絶対血圧が200超えていたと思います。脈拍も100以上。頭痛、吐き気のある場合も。
なぜなら深夜に帰宅後、少し楽になったなという体感で血圧を測っても170〜160/107〜110ありましたので。
昨日は病院のロビーのソファーの座面が低く、腹部圧迫する体勢だと血圧が急上昇するという症状が最近顕著です。
因みに昨日の夕方に家で血圧を測ったら125でした。普段も割と110台〜130台です。
一昨日も測ったら118/81でしたし。なので常に降圧剤を飲むわけにもいきません。
今現在は156/108〜137/102と高止まり。こうやって一回上昇すると2〜3日は高めになる場合は多い。
以前の検査で副腎のホルモン、アルドステロンが高いという結果ですが、褐色細胞腫も視野に入れなければいけないかもしれません。叔母もいきなり血圧が高くなって副腎腫瘍を摘出してますし、可能性はあるかなと。
これらの症状がで始めたのは2012年。前年にバセドウ病が一番悪化した。
今思えば、2012年に出先でパニック障害?で倒れたのも、これが原因ではないかと思います。
それまではそんな症状はありませんでした。因みに腎臓肝臓は至って正常値です(AST GOTは16、BUN5.9)
他も正常値。
今はバセドウ病の数値も正常なのに、発汗、手の震えもあり。
血圧が上昇始めたのもこの頃。でもまだ病院で血圧を測っても120/70など。発作時は180。
昨年から病院でも高めに推移。130/102とか酷いと150/111とかです。
それまでは血圧測定一回目から120程度でした。それ以前は血圧90台から100くらいと低かった。
両親兄弟も血圧低いので遺伝ではないでしょうし。
最近ではこのような症状のため外出を控えていましたが、父がこうなった以上はもう控えるわけにはいかなくなりましたね。


追記 17:00

先ほど病院から電話があり、父がまた600ml喀血したとのこと。
サチュレーションも相変わらず80台くらいで酸素増やし95。
病院へ来てくれといわれ、これから向かう予定です。








弟の初盆

すみません、最近家族がみな体調不良になっています。
両親も疲れからか、母が恐らく軽く肺炎っぽいですし、父などは脈拍も100越えてしんどいようで微熱もあり、
数日以内に病院へ連れて行かねばなりません。息子の気胸でも病院です。
私の方も、副腎のホルモンを再検査です。一般血液検査は異常なしでしたが。

そんな中、弟の初盆がありました。
特に初盆だからといって法事があったわけではありませんが、離れて住む妹も実家へ来て焼香しました。


弟の部屋です。


y1.jpg








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y3.jpg




弟が好きだったブコウスキーの本が見当たらないと母が言っていました。
どこへ行ったのでしょう。
こも白い机はもう30年くらい前にIKEAで購入したもので、私も同じ机でした。
椅子はIKEAで買ったブルーの椅子でしたが。
弟の持ち物を見ると、時間が止まってるような気分です。



プロフィール

石郷岡病院事件被害者家族

Author:石郷岡病院事件被害者家族
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為だったとして田中被告無罪、菅原被告に暴行罪として、罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴→2018/3/9東京高裁にて控訴審(栃木力裁判長)の公判が始まる

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




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