スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

事態が動くか?

2012年1月5日に管轄の警察へ通報してからもう1年半以上経過しました。
その間、捜査も進展せず、何度連絡しても一向に動く気配もなく。
警察も暴行行為は認めています。ですが裁判の争点でもある頚椎骨折と暴行の因果関係に
警察も手間取っています。顔面の怪我だけで立証すると、たいした刑罰にもならないとかで…
警察側が立件にあたり意見書を作成する際、初め国立◯大学付属病院へ依頼予定だったところを
今回は事件のあったB病院の、事件当日に紹介状を書いた医師及び国立◯大学付属病院の関係者が今回の事件に関わりがあるため、他の医療機関を探すのに難航しているような話も聞きました。
確かに病院はみなかばい合いですからね。
国立◯大学付属病院の知人医師に最初弟のことを話したら法医学の教授を紹介しますよと言われたのですが
実は先生の病院の医師が関わっているんですよ、だからお気持ちだけということがありました。

今日は警察から久しぶりに両親に連絡が来て、刑事課長が検事のところへ行ったと刑事課長から連絡がありました。
事態が少しは進展すればよいのですが。。。

スポンサーサイト

はじめに

私の弟は平成24年1月3日に入院先のB病院(精神科)で不可解な事件(敢えて事件と言わせていただく。これは病院内で起きた事件ではあるが、医療事故や医療ミスの類ではなく、単に強者による弱者への暴行事件だと捉えているからだ。この事件には医療行為は関わっていないのである)に巻き込まれ、頚椎骨折による四肢麻痺(首から下が完全麻痺状態)になったことをきっかけに、当方の植物ブログで記事をアップしていたものを、新たにこちらのブログに移行、立ち上げました。

病院名などは念のため、A病院、B病院などと記載しております、ご了承ください。


平成25年春に千葉地裁に提訴、9/15日現在、第三回期日が終了したところです。




元々、精神科にかかるまでは、どこにでもいそうな普通の大学生だったのです。
大学でのサークル活動、アルバイトなどをして過ごして…
ささいなきっかけでノイローゼ状態になり、精神科と関わりを持ったのが運の尽き。
通院で向精神薬を処方されるも副作用も出現し入院。
良くなるどころか事態はどんどん悪化し、強制的な肢体拘束、向精神薬の副作用でジストニア…
国立大附属病院へ転院しジストニアの治療で猛毒のボツリヌス菌を注射、向精神薬、電気ショック治療…
まともな会話すらできなくなり、認知障害も出て、ついには自力で排泄もできなくなった。

今回の事件の舞台であるB病院へ入院したら、謎の四肢麻痺。
救急搬送先の大学病院で検査の結果、なんと頚椎骨折。顔面には真っ赤な挫創。
しかしB病院は暴行を否定。自傷行為をしたと言いはる(後ほど監視カメラで自傷行為は確認されなかったためか、発言撤回。平成24年1月23日の読売新聞に経緯が掲載された)
准看護師が踏みつけている動画も残っているのに。
あくまでも知らぬ存ぜぬで誠意も全くないので、絶対に許すことはできない。


ブログを設立した趣旨は、弟の件を知っていただきたいということもありますが、弟の件で知った病院の疑問点
精神科医療の疑問点など書ける範囲で綴っていこうと思っております。なるべく、みなさまにお伝え出来たらと思っています。


私も弟の件があるまでは、医療というものは身近ではなかったし、精神科などにも無関心で何も知らなかったのです。が、弟の件を通して言えること。これだけは断言できますが、精神科に関わると誰でも弟のような事例に遭遇する可能性があると言うこと。
例えば、ただ鬱っぽいな~とメンタルクリニックや精神科を訪れ、向精神薬を処方され何の疑いもなく飲み続けたら…
誰でも私の弟のようになる可能性があるということ。
私はもう1つの植物ブログも書いているのですが、そこでも書きましたが、無知とは罪であると思い知らされました。




私は両親とは考え方も異なっているため、このブログに書いてある雑記については、私の独断と偏見に基づくものも多く、決して両親の総意ではありませんことを念のため記載しておきます。

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 障害年金不支給決定通知

2012年に申請していた、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構における障害年金の申請結果は「不支給」決定でした。

005.jpg
007.jpg


不支給の理由
本事例について、平生年1月の頚椎骨折により両下肢が完全に麻痺となっていますが、骨折前に頚椎が癒合しており、骨折しやすい状態であったと推測されるものの、提出された資料によると、頚椎骨折時の状況については請求者家族と医師とで意見が異なり、頚椎骨折に至る詳細な状況は不明であるため、請求時点での障害の状態が医薬品の副作用によるものかどうか判断できず、判定不能とせざるを得ません。
したがって、本事例の障害に対する副作用救済給付の対象とすることができません。





私(両親も)としては、骨折についての障害年金申請をしたつもりはなく、初めに投薬で副作用が起こったA病院~B病院で暴行を受けるまでの状態について、明らかに遅発性?ジストニアであるために、ジストニアについての申請したつもりだったのですが…
この点においては、最初に投薬したA病院院長も「薬剤性の副作用であると思う」と所見を述べている。またジストニアが発生し、治療を行った国立◯大附属病院でのレントゲン画像及び、事件の舞台であるB病院での状態、それから救急搬送時の私立◯大附属病院でのレントゲン画像からも継続してジストニアが発生していることは立証可能だと思ったのですがね。というか、ジストニアに関しては認められているようですが、事件の起きたB病院の医師との「意見が異なる」ために判定不能って…



正直、支給されると思っていたので痛いです。
現在、継続して入院中ですが、入院費が年金暮らしの両親には負担が大きすぎるし(月20数万円)
裁判の費用もかなり高額です。現状いただいているのは、特別障害者手当のみです。
勿論、相手の病院は入院費なども払うわけもなく、暴行した事実も全く認めず、病院としての責任も不知としており、徹底的に裁判で戦うようです(準備書面でも責任や事件に関して概ね「不知」であるとしています)


勿論、不服であるので異議申立てをします。

医師の意見書(裁判提出・頚椎骨折について)

意見書(裁判に当たって原告側提出の医師の意見書)


◯◯(弟の名前)さんの件                      平成24年10月8日

                            ◯◯県◯◯市
                            ◯◯大学◯◯病院
                            整形外科 准教授
                            ◯◯◯◯



◯◯さんは、平成24年(2012年)1月3日に四肢麻痺となり大学病院に搬送され脊髄損傷と診断されましたが、その原因について問題になっております。この件につき、入手し得た下記資料から、医学的に解析し、意見を述べます。



資料
1.国立◯大学医学部附属病院診断書(平成23年8月7日付、写し)
2.国立◯大学医学部付属病院画像(原本)
3.B病院カルテ(写し)
4.B病院監視カメラ画像(写し)
5.私立◯大学付属病院カルテ(写し)
6.私立◯大学付属病院診断書(平成24年6月7日付、写し)
7.私立◯大学付属病院画像(原本)



まずは、資料2と7の画像所見をまとめ、◯◯さんに何が起こったのかを検討します。
資料2は四肢麻痺となる以前の画像であり、向精神薬の副作用でジストニアを起こし頚椎後弯となってしまう時期の画像です。


資料2、国立◯大学医学部附属病院画像の所見

2002/12/17Xp
Im 1/1,#10138著明な後弯変形、C3、4前方すべり、C3-6著明な後弯変形で、椎体事態も変形、C/6は前方で癒合しつつある。

Im1/1,#10139後屈位と思われるが、#10138と比べるとやや動きあり、下顎と前胸部の間隔は広くなっている。すなわち、まだ骨性に癒合していない。
Im1/1,#10141正面像、頚椎に側湾を認める。




2003/4/1Xp
Im1/1,#3086正面像、頚椎に側湾を認める。2002/12/17と同様。
Im1/1,#3087著明な後弯変形、C2,3,4前方すべり、C3-6著明な後弯変形で、椎体自体も変形、C5/6は前方で癒合しつつある。2002/12/17よりも下顎と前胸部の間隔が少なくなった。
Im1/1,#3038,3039前屈位と後屈位と思われるが、ほとんど動きが見られず、下顎と前胸部の間隔はほぼ消失している。骨性の癒合は、2002/12/17と同様にC5/6のみと思われる。




2003/5/6Xp
Im1/1,#2062著明な後弯変形は変わらず、しかし、下顎と前胸部の間隔が以前よりもあいている。C2の前方すべりは見られない。C3-6の著明な後弯は変わらず、骨性の癒合はC5/6のみ。仰臥位で撮影されたものであろうか?




2003/8/5Xp
Im1/1,#2056著明な後弯変形は変わらず、しかし、下顎と前胸部の間隔が以前よりもさらにあいている。
C2の前方すべりは見られない。C3-6の著明な後弯は変わらず、骨性の癒合はC5/6のみ。仰臥位撮影であろうか?
C3/4,4/5の後弯がやや減少しているか?C1/2の亜脱臼がありそう。これは2003/5/6、2003/4/1のXpでも見られるが、2002/12/17のXpでは見られない。




2003/10/14Xp
Im1/1,#2069著明な後弯変形は変わらず、しかし、下顎と前胸部の間隔が2003/4/1と同様に非常に狭くなっている。C2の前方すべりを若干認める。C3-6の著明な後弯は変わらず、骨性の癒合はC5/6のみ。C1/2の亜脱臼を認める。






2005/9/29Xp
Im1/1,#2050著明な後弯変形は変わらず、しかし、下顎と前胸部の間隔は2003/4/1と2003/5/6の中間程度に開いている。C2の前方すべりは認めない。C3-6の著明な後弯は変わらず、骨性の癒合はC4-6に広がったようだ。
C6/7は骨性の癒合は無いようである。C1/2の亜脱臼を認める。



資料7は四肢麻痺となり搬送された後の画像であり、後弯変形が完成された所に脱臼骨折を起こした外傷急性期の画像です。


資料7、私立◯大学付属病院画像の所見


2012/1/3/CT
C-spine sagittal Img:20著明な後弯は変わらず、ただし、前方要素は後頭骨からC6が骨性に癒合している。C6/7は椎間板腔が著明に開大し、前弯位になっている。C6の椎弓は脊柱管内に陥入し、有効脊柱管前後径を著しく狭めている。脊椎後方要素も後頭骨からC4まで骨性に癒合しており、C3、4の刺突起は正常の形は見られず平坦になっている。C4とC5の後方要素の間に隙間があり、C5とC6の後方要素には著明な段差がある。C6とC7が骨性に癒合していると思われる。

C-spine axial Img:19,20 C4椎弓の下方あるいはC5椎弓の上方に連続性の無いところがあるが、これが骨折とは断言できない。この部分の頭尾側も椎弓が薄くなているので、後弯変形および骨性癒合の過程で徐々に欠損が生じた、と考える方が理解しやすい。


C-spine axial Img:22,23はC6の椎弓が脊柱管内に陥入している部分である。Img22はC6椎弓の先端と思われる。椎体の骨折とも解釈されうる画像であるが、sagittalの画像からは椎体の骨折は認めない。むしろC5の椎弓尾側やや左側を前方に折ったような形状である。





2012/1/4MRI
Sag T2 Image:10 C6/7椎間板が無信号、後咽頭間隙が高信号の中に低信号と無信号が混合、脊髄内にC2-5で高信号となっている。受傷が1月1日だとすると急性期であり、出血はT1で低から等信号、T2で無信号となり、T2では浮腫による高信号が周囲に存在することがある。すなわち、C6/7の椎間板および後咽頭間隙に出血が疑われ、後咽頭間隙には浮腫が存在すると思われる。脊髄内のT2高信号は脊髄損傷を示している。



Ax T2 FSE 1 Image:15,16脊髄の内部に無信号領域を認める。
AX T2 FSE 2 Umage:4-10正常な脊髄が描出されず、脊柱管の狭窄状態が認められる。
Ax T1 Image:15,16脊髄内に出血を伴っている可能性が高い。
Ax T1 2Image:7,8脊髄の著明な圧迫、脊柱管狭窄が認められる。




以上の画像所見から、◯◯さんの頚椎の病態を考察します。
四肢麻痺が出現する直前の頚椎は、著明な後弯を呈し(文献1)、前方要素は後頭骨からC6まで、後方要素ははC7まで骨性に癒合していたと考えられます。骨性に癒合していた為か、2012/1/1までは神経症状は認められなかったようです。その状態の頚椎に何らかの外力が加わり、C6/7椎間板レベルでの開大とC5/6椎弓レベルでの後方要素の骨折を伴い、C6椎弓が脊柱管内に著明に陥入し、これにより脊髄損傷を引き起こしました。




文献1
徳永綾乃、大森一生、金森晶彦ほか:薬剤性ジストニアにより頚椎後弯変形が出現し、両下肢麻痺を生じた1例。
整形外科53巻12号、1537-1539、2002。



中下位頚椎の骨折・脱臼はAllenからの分類が広く使用されております(文献2)が、
それに従うと本外傷はDistractive-Extension Injuryであり、頚椎に過伸展の外力が加わって発生します。
過伸展力は、外力が前額部、顔面、下顎に加えられるときに発生し、最も一般的には高所からの転落、水面への飛び込み、追突事故などで見られます。前額面や顔面の挫創、顔面骨折を伴うことで、外力の方向が証明されます(文献3)。




文献2
種市洋:脊椎・脊髄損傷の分類。ペインクリニック30巻5号、598-608、2009。



文献3
Rene Louis,Christian A. Louis,and Richard Aswad:Extension Injuries of the lower cervical spine.Chapter 34,The cervical spine,Third Edition,Lippincott-Raven Publishers,Philadelphia,p475-785,1998.

002.jpg












上図は文献3にある図を引用したものですが、頚椎の強直性脊椎炎の患者に発生したDistractive Extension Injuryの報告があると記載されています。強直性脊椎炎は椎体が骨性に癒合してしまい、椎間板での可動性を全く失ってしまう病気ですが、その場合に椎間板で開大するような脊椎損傷が起こりうると述べられています。
ここで注目すべきは、本件では、画像所見のところで述べた様に後頭骨からC7まで骨性に癒合しており、強直性脊椎炎と同様の状態になっていたということです。上図はDE,satage1の図ですが、さらに外力が強ければDE,stage2にも当然なりうるでしょう。すなわち、本件は強直性脊椎炎に発生したDE stage2と同様の病態であると考えることができます。
ここで、興味深い文献を提示します(文献4)。本文献は強直性脊椎炎の患者が頚椎損傷を受傷した32例の報告です。受傷原因は転倒が26例であり、その中で些細な転倒が17例あり、それほど強くない外力でも骨折してしまうことが示されています。5例15.6%のみが受傷直後に病院を受診しており、3例、9.4%は24-28時間で、4例、12.5%は48-72時間で病院を受診しておりました。すなわち、通常の頚椎損傷とは異なり、2、3日遅れて異常に気づき病院に行くという例が少なく無いということです。受傷レベルはC6/7での脱臼骨折が最も一般的(10例、31.2%)でありました。最も注目すべきは、受傷時には神経学的に全く問題のなかったのが15例、46.9%おり、その中で2例が遅れて神経症状の悪化をきたして入院時には不全麻痺の状態に陥り、さらに他の1例では受傷後5日で完全麻痺に進展してしまったと報告されていることです。考察では二次的な合併症として記載されており、それには部分的なあるいは完全な完全な脊髄損傷、椎間板ヘルニア、脱臼、硬膜外血腫があり、本外傷が適切に治療されないと予後が悪くなるのはこれらの理由である、と書かれております。



文献4
Fahim Anwar,A.Al-Khayer,G Joseph, et.al:Delayed presentation and diagnosis of cervical spine injuries in long-standing ankylosing spondylitis.Eur Spine J,20:403-407,2011.





すなわち、強直性脊椎炎の患者に、前額部や顔面に外力が加わって引き起こされるDistractive Extension Injuryが起こると、受傷直後は気づかれずに数日遅れて病院を受診することがあり、また、受傷直後は手足を普通に動かしていても数日後に麻痺が出てきて場合によっては完全麻痺になることもあり得る、ということです。
脊椎外傷で神経症状が遅れて出現することは珍しくありません。骨症のない頚髄損傷では、受傷直後のMRIよりも翌日あるいは2,3日後のMRIの方が、髄内信号変化が強く出現します。これは脊髄内の浮腫が2,3日後に最も強くなる為です。怪我をしたときや翌日や2,3日後が最も腫れるのと同じことです。これを反映して受傷直後の神経症状よりも、翌日や2,3日後の神経症状の方が悪くなることは治療上考慮に入れておかなければならない重要な事で、脊髄損傷であれば、麻痺レベルが上がってしまい、場合によっては呼吸筋の麻痺が出てしまうこともあり得ます。例えば受傷直後にC5以下の麻痺があった場合、受傷直後には呼吸できていたものが、翌日に麻痺がC4まで上がり横隔膜神経(C4)の麻痺を起こし人工呼吸器管理になるという可能性は十分にあります。より外圧が軽度の場合、例えば追突事故によるむち打ち損傷等では、事故当日には無症状でも、翌日や2,3日後に頚が痛くなったり手足の痺れが出てくることはよく経験します。骨折が無い場合は、通常これらの症状は時間の経過とともに改善します。すなわち、組織の腫脹、腫れが収まり次第、症状も収まります。しかし、骨折や脱臼等局所に不安定性が存在すると、腫脹はさらに悪化します。骨折や脱臼で、局所の安静・安定化・固定が初期治療で最も重要である理由です。
骨粗鬆症性椎体骨折による遅発性神経障害は、頚椎ではありませんが、胸腰椎移行部に多く発生する椎体骨折に伴い、受傷直後は全く神経症状が無く、数日あるいは数週間後に遅れて下肢麻痺が出現する病態です(文献5)。
外力は軽微であることが多く、骨折自体も受傷直後には判りづらいことが多々あります。時間の経過とともに椎体の変形が進行し、骨折片が脊柱管に突出し、不安定性も相まって神経症状が発現します。すなわち、この病態における神経症状の原因は、骨片による神経圧迫と脊柱の不安定性ですが、骨片による神経圧迫は受傷直後には無く、
脊柱の不安定性も徐々に出現してくるため受傷直後に神経症状は出現しません。受傷後もすぐに病院に行かなかったり、病院に行っても骨折が見逃されたり、しっかりとした固定がなされなかった場合には、上記の理由で神経症状が遅れて出現してしまいます。




文献5
浅野聡、金田清志:骨粗鬆症性脊柱障害-椎体圧潰、後弯変形と神経合併症-。新図説臨床整形外科講座、4胸腰椎、腰椎、仙椎、骨盤、金田清志編集、メジカルビュー社、94-110、1995






本件の病態の特徴は
1.頚椎が著明な後弯を呈しており、しかも後頭骨からC7頚椎までの骨性癒合が完成していること。この状態では仰臥位に寝て頭が床から離れていると、頭の重みで常にDistractive Extension (伸展、後屈)の力が加わることになります。また、この状態で頭部を床に着けようと押し付けるとさらに強いDistractive Extension の力が加わります。
2.麻痺が徐々に出現し、進行したこと。入院先のB病院の記録では、1月1日に暴れた(?)ことが記載され、それ以外に明らかな外傷がありません。
3.顔面に挫創が存在すること。これは私立◯大学付属病院のX線やCTの所見と合わせて、Distractive Extension Injuryであることを示すことですが、その原因となる外力を示すものでもあります。すなわち、顔面に外力が加わったことで、Distractive Extension Injuryとなった、ということです。


これらの事から本件の病態は、1月1日の出来事により顔面に圧力を受け、C6/7レベルのDistractive Extension Injuryとなったが、受傷直後は脱臼の程度がほとんどなかったか、軽微であったために、神経症状は呈さず、動くこともできた。しかし、頚椎の著明な後弯があるために、仰臥位で寝ているだけで脱臼する方向への力が加わり、不安定性が徐々に出現し、受傷部位や脊髄の腫脹が徐々に出現したために、翌日ころから神経症状を呈し始め、脱臼が徐々に進行し、腫脹も増強した受傷後2日頃には完全麻痺にまで至ってしまった。と考えることができます。


それではB病院の監視カメラの画像から、原因となる外力を特定することができるでしょうか。入手したのは2012.1.1,16:00-24:00の映像です。
カメラは天井にあり3次元的な解析には限界がありますが、原因となる外力が加わった可能性があるのは16時14分13秒の出来事のみと思われます。このとき、二人の看護師がおむつ交換の作業を行っていますが、患者が仰臥位で動かないように一人の看護師が上体を抑え、もう一人の看護師が患者の頭側を通った際に患者の頭部あるいは顔面を足で押さえつけるような行動を2,3回とっています。この映像だけではどの程度の強さで行ったのか、判断できませんが、方向的にはDistractive Extension Injuryの力が加わる外力と思われます。患者が側臥位(横向き)で映っている時の頚の角度を見ればわかりますが、仰臥位になったときに後頭部は床につかないと思われます。このように後頭部が浮いている状況で、一人が上体を抑え、もう一人が頭部または顔面を後方に押せば、後湾位で骨性に癒合した頚椎にはDistractive Extension Injuryが起こりうると思われます。この出来事の直後には患者は手を頚に当てていますので、痛みがあったと想像できます。ただし、直後に側臥位の状態で映っていますが、頚椎の前屈の程度には大きな変化は見られません。すなわち、脱臼するなどの形が大きく変わるようなことはなかったと思われます。
その後2,3回看護師が部屋に入ってきておりますが、そのような外力が加わるような出来事は認められませんでした。また患者が一人でいるときに、そのような外力が加わるような出来事は認められませんでした。また、この時間内には、上記の出来事の他はでは、患者は仰臥位では寝ていませんでした。



まとめ
監視カメラに映っている看護師の動作により、頚椎Distractive Extension Injury stage2が発生し、受傷直後には上下肢の麻痺は見られなかったものの、頚椎受傷部位の不安定性と局所の浮腫などにより、遅れて脊髄障害が出現し上下肢の麻痺が生じたと判断することは、医学的に十分可能であると考えます。






 

H24年 1/4救急搬送翌日

1/4 帝京大付属ちば総合医療センター



いよいよおかしいと思った私は一体どういうことなのか、事件が起きた直後に色々改ざん済みだろうが、
まずB病院に事情を説明してもらうため翌日の1/4昼過ぎに両親と私とで石郷岡病院へ行こうとした矢先
父の携帯に帝京大付属ちば総合医療センターから「息子さんが心肺停止になり、現在懸命に蘇生をしています。すぐに病院へ来てください」という電話が。
半ばパニック状態で駆けつけてみると、HCUのすぐ近くの部屋へ通された。
すぐに担当の整形外科医と救急救命医がやってきて事情の説明がありました。


救急救命医「MRI撮影が終わってHCUに戻った直後に急変し、10分間程度心肺停止状態になりましたが、運良く麻酔医や複数の医師がHCUにいたので数人がかりで懸命に蘇生術を施し、現在は気道切開をし呼吸は確保しました。良くないながらも容体は安定していますので今直ぐ呼吸停止になることはないです。ただ、このようなことが二度とないとは限らないので、その際は蘇生するかしないか、ご家族の方で相談してください」


整形外科医(担当医)「昨日の段階では、いずれ車椅子に座れる程度に回復して欲しいからプレートを入れる手術をしようかなんて考えていたんだけど、これじゃあできないね。MRIさっき撮影して結果見たんだけども第二頚椎がぱっくりやられちゃってて…ここってあらゆる神経が通ってるから予想より酷い状態なんだよね」

私「先生。紹介状に自傷行為ってありますけど、自傷行為で頚椎骨折なんてありえるんですか?しかも保護室で」

整形外科医「いや~、自傷行為といってもどんなことかわからないから何とも言えないけど、自分で壁に頭を打ち付けるとか程度では、こんなにパックリとはいかないよね普通。この骨折の仕方は余程強い力が額(顔面)方向から加わらないと、こんな折れ方はしないよね」

私「それで石郷岡病院に不信感があるので事情を聞きに行きます。本当に自傷行為があるなら保護室の監視ビデオに写っているはずだし、打撲傷を擦過傷って書いてる時点でおかしいと思うので」

整形外科医「あまり事を荒立てるのはよくないんじゃないかな。ただ…個人的な意見として言わせてもらえば、もし暴力等でこんなことが本当にあったのだとしたら許せない行為だよね。ご家族の心情もあるから、あまり事を荒立てるのも良くないけど、納得しなきゃ意味が無いんだから行ってきなさい」


そういう会話を交わし念のため父を病院へ残し私の運転で母と石郷岡病院へ向かった。







1/4 石郷岡病院

職員室のような部屋へ通されると、三宅院長がすでに保護室のビデオを見ていて、私達もそれを見た。
4倍速の早送り状態で不鮮明な部分もあり見辛かった(後ほど証拠保全を行ないビデオを確保し、弁護士側がもっと鮮明に処理したものを佐藤記者へお見せしました)
三宅院長が説明しながらビデオを見ていく(自らビデオを見せるなんて、やましいことがないという自信があるのか。いずれにしても考えてみればおかしい気もする)
周りには職員が数人いてこちらの挙動を窺っている。


三宅院長「はい、ここの場面でおむつ替えの時に擦過傷ができたんです」
私「…」(母は事を荒立てたくないのか、私になるべく相手を刺激するような発言はしてほしくないとのことで黙っていた。また何か言おうとすると制止されたことも)
擦過傷じゃないでしょ、打撲でしょ、殴ったんじゃないんですか?と聞くのを堪えていた。


淡々と動画が流れていく。
三宅院長も黙り込んだ。動画を見ている中、私は職員の不審な行動に気がついた。


私「すみません!今の所もう一度巻き戻してください!!」
母は何言ってんの??というような半ば迷惑そうな目で戸惑いつつも、この発言は制止しなかった。
動画の再生をしていた職員もオドオドしていた。



職員が動画を巻き戻す。やっぱり不審な行動。どう見ても職員が弟の頭の上をまたいで踏みつけているようにしか見えない。


※詳しくは読売新聞のヨミドクター 佐藤記者の精神医療ルネサンス
めちゃくちゃにされた人生(4) 「暴行」ビデオを見たを御覧ください。


私「これ、やって(暴行)ますね?」
三宅院長「…」
私「誰ですか、この人物は!」
三宅院長「職員のSです」
周りの職員の表情も凍り付く。



やっぱりな。これは暴行事件だ。そして病院側の主張する自傷行為とやらは全く見受けられない。
母「自傷行為と仰いますけど…」
院長「職員からそういう報告を受けていますので」
動画に自傷行為が記録されていないにもかかわらず自傷行為と何度も言う院長・病院側とこれ以上話す意味もない。
※後日、読売新聞の佐藤記者の取材では自傷行為はなかったと説明を変えたが。



今までどこの病院で相談しても統合失調症だと決めつけられてきたのだったが
この三宅院長だけは入院前まで色々話を聞いてくれて、統合失調症ではないという診断を下した医師だった。
統合失調症ではないのに統合失調症の薬を投与されると統合失調症のような症状が出るとも認めていたと思う。
それだけに今回の対応は裏切られた思いがした。
三宅院長は心なしか落ち込んでみえた。
これは三宅院長が自ら招いた医療事故や医療過誤ではなく職員が起こしたことだ(病院としての責任、使用者管理責任等はあるだろうが)
確かに雇われ院長で、病院という組織を守らねばいけない、またそこで働く職員を守らねばならないという気持ちはわかる。
しかし、実際にこういう事件が起こり、私達家族もまた、弟を守らねばならないんですよ。




私はこれ以上話しても無駄だと思い、母に病院へ戻ろうと言った。
そして母を帝京大付属ちば総合医療センターへ送ってから帰路についた。




取り敢えず暴行行為を確認できただけでも収穫はあった。
カルテ等は改ざんしているだろうが、問題はビデオだ。その場で撮影できればよかったが慌てていてミスした。
しかし後日の証拠保全で確保できたので一応証拠は残っている。
これ以上両親だけに任せるには限界があると思った。



救急搬送先の帝京大付属ちば総合医療センターの主治医が書いた顔面の診断書です(警察・弁護士などへ提出済)
0e7c42ac464192f0c0e7da6b7ed829bb.jpg
石郷岡病院から帝京大付属ちば総合医療センターへの紹介状には「自傷行為のため顔面に擦過傷」と記載されていた。
擦過傷つまり擦り傷ということだが(医院長の話では、おむつ替えの時に顔面が床に擦れたそうだ。しかしそんな場面もないし、擦過傷ではなく打撲挫創です)
しかもこの後、石郷岡病院が書いた紹介状が、証拠保全の際「全くの別物」にすり替わっていたのです。
そしてなんと…帝京大付属ちば総合医療センターの紹介状まで石郷岡病院ですり替わった、私達が1/3に見た紹介状とは全く別の紹介状にすり替わっていたのです。
因みに、紹介状を改ざんするのは法律的には問題がないそうです。抵触するのはカルテの改ざんだそうです。
ですがモラルの問題ですよね。
B病院の、紹介状を書いた医師は千葉大附属病院から来ている医師で、搬送先の帝京大付属ちば総合医療センターも、私大付属病院でありながら、同じ千葉大医学部の牙城と言うか、何故か出身が千葉大医学部で占められているのです…



翌日、警察に相談という形で電話をしたらすぐに動いたらしく、その日のうちに資料、ビデオの任意提出を受けたという。
同時に石郷岡病院を管轄する市の精神保健福祉課に調査依頼をした。
また、医師やその紹介の議員、その紹介の弁護士や新聞記者に連絡を取ることになった。


数日後、警察のほうから電話があり「確かに病院側の主張する自傷行為は確認できませんでした。また職員が何かやっているのも我々は確認できました。ただ、これはすぐにどうこうなる事件ではありません。時間がかかるので」という電話が来た。


千葉市の精神保健福祉課は「立ち入り調査をしビデオを病院で見ました。ただ不鮮明で…しかし確かに不必要な行動(かなり言葉を選んで話していた)を我々も確認はしたので注意指導という形で病院側へは伝えてあります。この話は副市長まで上げてあります。
ただ行政処分などは、実は我々も警察の捜査結果や裁判結果を待っている状態なんです。そこで有罪と認定されれば処分の検討に入ります。私達も全国で起きた精神病院での暴力事件について色々勉強しています。精神科病院では実に色々な暴力事件があってですね、ついこの前も◯◯県でもあったんですが、そういった場合の他自治体の処分なども踏まえて行うつもりです」ということです。



今のとことはここらへんまでしか書けません。何故なら現在進行形の事象であり、刑事事件及び裁判前のため
公表できることには限りがあるからです。



弟が意思表示もできないことをいいことに暴力行為をした関係者を絶対に許すことができません。
本当に人生をめちゃくちゃにしてくれましたね。
人によっては、すでに障がい者で人生めちゃくちゃなんだから、今更w
みたいな人もいるだろう。
私も事件が起こる前、いや、弟が精神科受診するまで、精神科なんて興味もなかったし、関心もなけりゃ自分の周りでもこういった事象は起こっていなかったし
遠い、自分とは全く関係のない世界(というより考えたこともなかったよ)だったけど
身内がこういうことに遭遇したらね…考えも変わるよ。無関心ではいられない。精神科に限らず病院の暗部も垣間見えたしね(精神科以外でも)
結局、自分が直接関わったり、自分も同じ目に遭わないと理解なんてできないと思う。
同じ目に遭ったら時すでに遅しですがね。
人間いずれ年をとる。病気もしがちになる。介護が必要なほど寝たきりや身体が不自由になってくることもある。
その時、一体何が待っていると思いますか?
家政婦は見た!ではなく、私は見た…
このことは、いずれかの機会に書くつもりです。。。



H24年 1/3救急搬送

今年の正月1/3に事件が発覚し、昼過ぎに帝京大付属ちば総合医療センターへ救急搬送されました。
症状は首から下の麻痺。顔面に痣。



まず救急搬送の一報を聞いてすぐに帝京大付属ちば総合医療センターへ駆けつけた両親は何がなんだかわからず憔悴しきった様子で
担架に固定されぐったりしている弟を見て動揺していました。
私と夫、両親と救急外来の待合室で待機していました。まだ何も情報がない時です。



母「ねぇ、顔面の片側に大きな痣があるんだけど…しかも麻痺ってどういうこと?」
父「紹介状には自傷行為をして云々書いてあるそうだけど…」
私「でも自傷行為であんなになるかね?何か怪しくない?」
母「知らないわよ!I病院が何度も自傷行為をしてたって言うのよ」


因みにそれまで自傷行為(自殺企図等)はなかった。



両親とも突然のことで動揺し、兎に角今どんな状態なのか医師に聞きたいそぶりでしたが
医師も検査などで忙しく、数時間、待合室で待機。
私は子供のことが心配なので一旦帰宅。


夕刻母親から「大変よ。検査の結果、首の骨が折れて首から下が動かないんだって!HCUに入院だって。」と非常に憔悴した様子で電話があり。


自傷行為で自分の首の骨(頚椎)を折れるんかいな?それに、おむつ替えで暴れて顔にあんな痣ができるもんなのか?
しかも打撲を擦過傷(擦り傷)と紹介状に書かれているなんて、怪しいぞと私は思った。





当時私立◯大病院で見せていただいた、搬送元の石郷岡病院からの紹介状には

自傷行為をし、本人が抵抗しおむつ替えの時に顔面に擦過傷というような内容が記載されていました。


救急搬送当日に看護師である従姉妹も駆けつけてくれて、ひと目見て「擦過傷じゃないよ打撲じゃん」と。
知り合いの医師何人かに画像(救急搬送後2日経過しているが撮影)を見せたら「擦過傷じゃなくて打撲だよ、医師なら見ればすぐにわかること」と(うち2人は国立◯大医学部出身の方ですが)



読売新聞の1/23の医療ルネサンスに記事と白黒画像が掲載されていますが、ここに私の撮影したカラー画像を掲載いたします。目にはぼかし入れてます。
掲載することには正直躊躇しましたが、ありのままを知っていただきたいので私にとっては正視に耐えないですが思い切って掲載いたします。

本当にショックです。昔の、健康だった頃の写真も(大学時代や高校時代)機会があったら掲載するかもしれません。人って脳を変えられてしまうと顔つきも何もかもが全く別人のようになってしまうんですよ。。。健康だった頃の弟の面影はもはやありません。



これが救急搬送から2日めの画像です。痣が消えつつあります。打撲がいつ発生したかはわかりません。救急搬送後に帝京大付属ちば総合医療センターのほうでも画像を撮影したそうです(が、非公表)

cdfa63b229d1cbc4f59d5877a40365fd.jpg
搬送時は左側の広範囲にもっと赤い痣がありました。

※何故か画像を削除されました


因みにこの時、私独りで面会に訪れたのですが、弟は私を見るなり、ただただ、涙を流していました。。。
何か言いたそうにクチをモゴモゴとさせていました。
きっと、認知に障害があるなかで、自分の四肢が動かないことは認識したのでしょう。
不憫でなりませんでした。



そして下記が骨折の画像です。
9008ac1113504905c9195cbdd0667c76.jpg
第二頚椎がパックリと骨折しています(赤い矢印の部分・当方が記入)
I病院は、暴力行為を否定、骨折に繋がるようなことはしていないと言っているようですが、では何故こんなにパックリと骨折するんでしょうね。
頚椎というのは重い頭を支えているし、結構な衝撃にも耐えうるほど頑丈だそうで、そうそう折れないそうです。
では石郷岡病院の見解とは一体何でしょう。自傷行為も確認されなかったわけですから、自然に骨折したとでも言うのでしょうか。。。
全くもって不可解な言い分です。

めちゃくちゃにされた人生(5) 身体麻痺の謎(読売新聞Online・ヨミドクター・佐藤記者の精神医療ルネサンスより転載)

ケイジさんの両親にとって、監視カメラの映像を何度も見ることは耐え難い苦痛に違いない。それでも、ダイニングのテレビの前で私につきあってくれた。

 父親は語る。「首の骨折は、元日の職員の暴行で負わされたとしか考えられない。その時はまだ神経はつながっていて、翌朝、職員が頭部を軽く押した時に切れてしまったのではないでしょうか」

 確かにその可能性が高いように感じるが、果たして医学的に起こり得ることなのだろうか。脊髄の病気に詳しい総合病院の脳神経外科医は、私の質問に3つの可能性を示した。

(1) 暴行により、頸椎に脱臼などの不安定性が生じた。その後の軽い衝撃で頸椎がさらにずれるなどして、脊髄に深刻なダメージが生じた。

(2) 暴行の段階で脊髄に何らかの出血が生じて、これが次第に増えて脊髄を圧迫し、麻痺が起きた。

(3) 多量の服薬、もしくは飲食が十分できないことなどによる脱水のため、脊髄に虚血が生じて麻痺が引き起こされた。

 外傷後に症状が進む場合は(1)が多く、(2)がまれに存在するという。麻痺が外傷よりも遅れて生じることはあり得るようだ。

 不自然な点はまだある。映像を見る限り、ケイジさんは首の痛みをそれほど感じていないようなのだ。この脳神経外科医は「頸椎の骨折は、程度によっては麻痺などの神経症状が現れない場合がある。ただし、痛みはほとんど必発。頸椎が骨折したり、ひびが入ったりしても痛みを感じない場合は、感覚の異常が合併したか、薬剤などで痛みを感じにくくなっていることが考えられる」と指摘する。

 すでに書いたように、ケイジさんは統合失調症の誤診が分かって以来、薬をほとんど飲んでいなかった。そのため薬の影響は考えにくい。過去の不適切な治療は認知機能を低下させただけでなく、痛みの感覚まで鈍らせてしまったのだろうか。謎は深い。

◆          ◆

 病院職員の暴力行為の背景も考えてみよう。弱い立場におかれた患者への暴行は、決して許されない。患者にひどい傷害を負わせることなど、あってはならない。だが、精神科病院の職員たちもまた、厳しい環境におかれている。

 精神科病院に勤務する看護師は明かす。「うちの病院の経営者は最近、口を開けば『患者の人権』『問題を起こすな』ばかり。逆に、看護師ら職員が患者から暴行を受けても、経営者は知らんぷり。これでは看護師のうっぷんはたまるばかりで、誰も見ていない所で、患者に暴力を加える看護師もいる」。

 こうした陰湿な暴力をなくすには、風通しのよい組織運営が欠かせない。ある精神科病院は毎朝、職員のほとんどが集まるミーティングを開き、受け持ち患者の状態や対応法などを詳細に報告し合っている。その結果、組織の結束力が強まり、職員の問題行動の防止にもつながっているという。

 この病院の理事長は「患者の人権尊重と、患者の管理の両方を同時に求められる職員の負担は非常に重い。経営者として心掛けねばならないのは、職員を孤立させないこと。日々の仕事ぶりが上司や他のスタッフにしっかりと伝わり、きちんと評価される組織づくりが何より大切」と話す。

◆         ◆

 7月下旬の取材で、両親の話も改めてじっくり聞くことができた。そこで、ケイジさんの子どものころの様子などを補足する。

 ケイジさんは最終的に、(高機能)広汎性発達障害と診断された。この障害は知的障害を伴わないものの、コミュニケーション能力などの問題で円滑な対人関係を築きにくく、いじめの対象になったり、不登校や引きこもりにつながったりしやすい。周囲の理解を得られない状態が続くと、抑うつや恐怖場面のフラッシュバックなどの二次障害が引き起こされることもある。診断の際は成育歴の聞き取りが重視され、幼少期の遊び方などが判断材料になる。ただ最近は、この障害の診断乱発を問題視する声もある。

 ケイジさんの母親は「小学校の担任に、友達について回って真似ばかりする付和雷同タイプと言われたことはありましたが、ほかに問題を指摘されたことはなかった。完璧主義でこだわりが強く、1人で抱え込むところがあり、自分に自信がない。今から振り返ると、そのような性格だったと思いますが、友達は多く、学校でも楽しくやっていると思っていました」。

 しかし、ケイジさんの心の中では葛藤が続いていたのかもしれない。広汎性発達障害に詳しい精神科医は「人間関係などで常にストレスをためているのに、周囲の期待に応えようと頑張り続ける人もいる。その過程で自分なりの対処法を身につけられればいいが、進学や就職、新たな対人関係などのストレスがさらに加わった時、二次障害が強まって統合失調症などと誤診されるような状態に陥ることもある」と指摘する。

 ケイジさんは、高校では「ネクラくん」と呼ばれていたようだが、大学では常に明るく振る舞った。スポーツ系サークルに入り、仲間とよく旅行に出かけ、夏はバーベキューなどを楽しんだ。実家に友達をたくさん連れてきたこともあった。冗談でみんなを笑わせるなど、場を盛り上げた。

 ずっと続くと思っていた友達関係や恋愛関係が、些細な原因であっけなく崩れる。ありがちなことだが、無理を重ねて人間関係を築いてきたケイジさんにとっては、自分の存在を全否定されたような、計り知れないダメージだったのかもしれない。そして部屋に引きこもった。

 心配した両親が実家に連れ戻すと、ケイジさんは母親の前で「ぼくはこのままでいいの?」と泣き、「つらかったんだ」「寂しかったんだ」と繰り返した。「高校の時も登校したくない日がよくあった」と明かした。

 「こんなにも神経の弱い子だったのか」。母親は驚き、励ましの言葉をかけたが、今から思えば「何も言わず、ただ聞いてあげていればよかった」。数日後、ケイジさんは母親に言った。「弱いところをみせちゃったから、もうおしまいだ。ぼくの味方はいない」。以来、母親に胸の内を明かさなくなった。

 父親は言う。「(ケイジさんの)精神的混乱の背景には、こだわり過ぎや自己評価の低さなど、性格の問題もあったと思う。そこを変えようとせず、薬だけでよくなると私たちも思い込んでしまった。悔やんでも悔やみきれない」

 思春期・青年期の生きづらさは、誰もが直面する。多くはこの時期を自然に乗り越えるが、周囲とうまくいかず、自分を追い込み過ぎて一過性の精神的混乱に陥る若者がいる。薬を一時的に少量使って混乱を抑えたり、ソーシャルスキルトレーニング(SST)を行ったりして回復に導く医師もいるが、ケイジさんの場合、受診した精神科医が悪すぎた。

 落ち込んだ背景も聞かずに「うつ病」と診断し、SSRIを処方。見知らぬ人を殴ったことのみを根拠に「統合失調症」と診断。抗精神病薬ですぐに激しい副作用が出たのに、投薬を継続してどんどん増薬……。

 こんな安直で有害で無責任な行為が、治療として行われたことに唖然とする。能力のない精神科医に、未来ある若者の治療を任せることはできない。

めちゃくちゃにされた人生(5) 身体麻痺の謎

めちゃくちゃにされた人生(4) 「暴行」ビデオを見た(読売新聞Online・ヨミドクター・佐藤記者の精神医療ルネサンスより転載)

「抗不安・睡眠薬依存」編は引き続き取材を重ねていくが、今回と次回は「めちゃくちゃにされた人生」編の続報として、ケイジさん(34)のその後の状況などを報告する。

 ケイジさんは2012年1月、精神科病院で首を骨折する不可解な重傷を負った。緊急入院した総合病院で自発呼吸が戻り、療養型の病院に転院したが、6月末にはタンが詰まり、一時危険な状態に陥った。肩や上腕は少し動くが、下半身は動きを止めたまま。鼻から管を入れて栄養を補給してもやせ細る一方で、180センチ弱の身長に対し、体重は小学6年生並みの40キロほどになった。家族の心配は尽きない。

 警察の動きとは別に、家族は今後の裁判に備えて証拠保全を行い、病院のカルテや保護室の監視カメラ映像などを確保した。7月下旬、ケイジさんの実家でこの動画を見せてもらった。そこには、誰が見ても暴行と判断するであろう衝撃的場面が確かに記録されていた。

 2012年1月1日午後4時過ぎ。保護室天井の中央に設置され、部屋の隅々を真上から映す監視カメラが、病院職員2人の入室を捕らえた。床に座り、入り口とは逆の格子付き窓に体を向けていたケイジさんの肩に、後ろから来た職員が手をかけ、引き倒してあおむけに寝かせた。この時、普通であれば横たわったケイジさんの顔は真上のカメラの方を向き、はっきり写るはずだが、映像では頭頂部あたりしか見えない。以前の多量服薬の影響で、ケイジさんの首は激しく前傾(斜頸)し、あごが鎖骨につくほどの状態で固まってしまったためだ。床に寝ても、頭がずっと上がったまま動かないのだ。

 この状態で、職員らは栄養食らしきものをケイジさんの口に含ませ、おむつ交換に取りかかった。交換自体は手慣れた様子ですぐに終わったが、ズボンをはかせようとした時、問題が起こった。ケイジさんがあおむけのまま両脚をしきりに動かし、抵抗したのだ。

 この時、職員はケイジさんの右側(右手側)と左側(左手側)に1人ずついた。かがみながら2人がかりでズボンを両脚に通そうとするが、うまくいかない。職員がさらに力を込めると、怯えたように胸の上に置いていたケイジさんの右手が、「やめて」と言わんばかりに腰にのびる。この手を右側の職員が抑え、胸の方に戻す。その時、ケイジさんの脚がさらに激しく動き、左側の職員の腹か胸のあたりに、ケイジさんの左足が蹴るような形であたったと思われる。

 次の瞬間、左側の職員は腹を立てた様子で突然立ち上がり、ケイジさんの頭部に近づいて右脚を激しく動かした。靴を履いた足先が頭部に当たったかどうかは、この職員の体に遮られてよく分からないが、ケイジさんの頭部が急にのけぞったように見える。

 さらに、右脚がもう一度激しく動いた。この場面は、カメラが足先までしっかりと捕らえていた。右足が頭の上方に蹴りこまれ、衝撃でケイジさんの髪がひどく乱れた。続いて、右足を軸にケイジさんの頭部をまたぎながら、左足で顔面のあたりを踏みつけた。この動作もカメラにはっきりと写っている。

 この後、右側の職員がケイジさんの上半身に自分の体重を浴びせて抑え込み、暴行した職員はケイジさんの片足を踏みつけた。そこに3人目が現れてズボンをはかせ、間もなく職員全員が保護室から出て行った。

 あおむけで床に横たわった状態で、残されたケイジさん。ここでカメラは不自然な現象を捉えた。ケイジさんの顔が、真上のカメラの方を向いているのだ。あれほどひどかった斜頸が、すっかり治ったかのように。

 この病院の院長は当初、ケイジさんの負傷の原因を「自傷行為」と説明した。だが、1月1日以降のビデオに自傷行為は写っておらず、「自傷行為はなかった。原因不明」と説明を変えた。そうであれば、首の骨折と体の麻痺はこの暴行で生じたと考えるのが自然だが、院長が以前語ったように、ケイジさんは暴行を受けた後も立ち上がったことが映像で確認できた。苦しそうにかがむ場面や、首を手でおさえて気にするような様子は写っているが、元日の夜も体は動いていた。

 床に布団を広げて横向きに眠るケイジさん。翌2日の朝も、布団の上で脚が動いた。午前9時半過ぎ、職員4人が入室。ケイジさんをあおむけにした後、1人が頭を手で軽く抑えるなどして栄養食を口に入れ、別の職員がおむつを確認した。ケイジさんの体に明らかな異変が起こったのは、この時だ。脚の動きがぱたっと止まった。だが、職員たちは気にする様子もなく、決まった手順を済ますと保護室から去った。

 以後、カメラは無情にも、不随になったと思われるあおむけのケイジさんを記録し続けた。脚はだらりとしたまま動かず、時折、手がけいれんしたように震える。顔はやはり天井を向いている。病院がケイジさんの異変に気づいたのは、翌3日の朝だった。


めちゃくちゃにされた人生(4) 「暴行」ビデオを見た

めちゃくちゃにされた人生(3) 「原因不明」の首骨折」(読売新聞Online・ヨミドクター・佐藤記者の精神医療ルネサンスより転載)

見知らぬ人を殴ったケイジさんは、家族に伴われ、うつの治療を受けていた精神科病院に行った。診察した医師は、ケイジさんにいくつか質問したが、幻聴や妄想は確認されず、しきりに首をひねった。最後には「無関係の他人を殴るのだから、統合失調症でしょうね」と結論づけた。

 この医師にとっては、「理由なく人を殴る=統合失調症」なのだろうか。そんな診断基準はなく、無理解もはなはだしいが、精神科では乱暴な診断もまかり通ってしまう。「自宅で様子を見てください」と、3日分の薬が渡された。それは後日、抗精神病薬リスパダールと分かった。

 服用1日目。飲んでまもなく、首がうなだれて意識がなくなる。家族が驚いて病院に電話すると、「水を飲ませてください」とだけ指示された。

 服用3日目。父親と散歩中、上半身が痙攣してエビのように大きく曲がり、苦しみだす。呼吸が困難になり、唇が紫色になる。処方した病院に救急車で運ばれ、入院。血中濃度を下げる点滴が行われた。

 入院後も、統合失調症の診断は変わらなかった。抗精神病薬は定型のプロピタンに変更され、筋肉の硬直などの不随意運動を抑える目的で抗パーキンソン病薬アキネトンが追加された。だが、意味不明のことを話し出すなど状態は悪化し、別の抗精神病薬や抗不安薬などが追加されていった。

 入院1か月半。次第に首が曲がり始めた。入院半年、斜頚(ジストニア)が悪化してあごが鎖骨のあたりにつくようになり、この治療のため大学病院に転院した。しかし、首へのボトックス(ボツリヌス毒素製剤)注射で筋肉の緊張を和らげる治療などを受けても、ジストニアは治らず、歩行困難や意識障害も現れた。

 この大学病院でも統合失調症の診断は変わらず、脳に通電する電気けいれん療法を勧められ、1クール(数回)受けた。効果がなかったばかりか、「これを境にかえって精神状態が悪化した」と父親は語る。2クール目を勧める医師に対し、不信感を募らせた家族は、再び転院を決めた。



「統合失調症でなく発達障害」


 「統合失調症ではなく、広汎性発達障害の可能性がある」。誤診を指摘したのは、皮肉にも、ケイジさんが後に重傷を負うことになる3か所目のA病院(精神科病院)の医師だった。ケイジさんはごく少量の薬にも過敏に反応し、重い副作用が出やすい体質だったのだ。薬による精神症状を、病気の悪化と誤診された典型的なケースだった。薬は処方されなくなり、外来通院することになったが、ケイジさんの認知機能はすでにひどく低下していた。

 バッグにいろいろなものを詰めて「そうだ、大学いかなくちゃ」と話す。大学時代のスナップ写真を眺めては、「ぼくのまわりから人がいなくなっていく」とつぶやく。不意に外出して行方不明になり、深夜に東京の警察署に保護される。一人でトイレに行けず、失禁パンツをつける。

 そしてある日、こう言った。「もう俺は終わったよ」。きれい好きだったのに、散らかしても平気になる。脈絡のない単語を並べ、家族も意味が分からないことが増える。2011年3月11日、東日本大震災。近くで石油タンクの爆発事故があり、パニック状態に陥って炊飯器を投げ、液晶テレビやパソコンを壊す。

 9月、居間で汚れた失禁パンツを替えようとしたため、父親が風呂場に連れて行こうとすると抵抗。手が父親のこめかみ部分にあたり、父親は倒れた。ケイジさんは、父親の背中を心配そうにポンポンと叩き、その後、あぐらをかいて座り込んだ。父親は念のため救急車で病院に行ったが、特に問題はなかった。

 ケイジさんは、A病院に保護入院となった。だが、薬剤性の認知機能低下に、有効な治療法があるわけではない。1週間ほど保護室で過ごし、拘束された状態で4人部屋に移動。10月初め、家族が面会に行くと、ケイジさんの目の周りに円形の青あざがあった。看護師は「体が硬直しているので風呂でちょっと」と答えた。

 12月5日、「行動の様子を見る」との理由で、再び保護室へ。12月26日、父親が面会に行き中を見ると、ケイジさんがおむつ姿で立っていた。父親は「何もない部屋に長くこんな状態で置かれたら、健康な人でもおかしくなる。大丈夫なのだろうか」と不安が募った。



「顔面を踏みつけられた」


 2012年1月3日正午ごろ、A病院から母親に連絡があった。ケイジさんの体調が急変して、総合病院に救急搬送されたという。家族が駆けつけると、ケイジさんは首の前側の骨が折れて神経が切れ、自発呼吸も難しい状態に陥っていた。対応した整形外科医は、骨折の原因について「顔面方向から何らかの強い力が加わったためでは」と家族に説明した。

 搬送時、ケイジさんの顔面左側には、大きなあざができていた。A病院は「おむつ替えの時にできた擦過傷」と説明したが、家族と親しい医師らは「明らかに打撲傷」と指摘した。

 「何があったのですか」。1月4日午後、不信感を募らせた母親と姉が、A病院で院長に説明を求めた。病院側は、保護室の監視モニターのビデオ(1月1日午後の分)を再生しながら説明を始めた。「(ケイジさんは)何度も自傷行為をしており、そのために負傷した」。だが、1月1日の映像にそのような場面はなく、代わりに職員がケイジさんの顔面を踏みつける様子が映っていた。

 ケイジさんはその時、床に横たわっていた。1人の職員が下半身を抑え、おむつ替えの後、ズボンをはかせようとする。もう1人の職員は、上半身を抑える位置にいたが、手ではなく足が出た。ケイジさんの頭部をまたぎながら、顔面を踏みつけたのだ。

 ビデオは早送りで再生されていたが、姉がこの動きに気づき、指摘した。だが、病院から職員の動作についての説明はなかった。姉と母親はケイジさんの容態が心配で、救急搬送の前日となる1月2日のビデオは見ずに総合病院に戻った。

 1月5日、家族から連絡を受けた警察が、病院からビデオなどの提出を受けて調査を開始。警察から家族に「職員が足で何かしているのを確認した」「画像解析の結果、(ケイジさんが)自傷行為をした事実は認められなかった」と報告があった。後日、家族は刑事告訴した。

 A病院の院長は取材に対し、こう語った。「当初、家族に自傷行為と説明したことは確かだが、ビデオには映っていなかった。原因は不明」

 負傷する前も、ケイジさんの首はジストニアのため前傾して動かず、仰向けに寝ても頭部がかなり上がった状態だった。そこを足で強く踏まれたら、どうなるのか。ジストニアの治療経験が豊富な神経内科医は「斜頚が続いても、首の骨が骨粗しょう症のようにスカスカになることはない。しかし、首の関節が固まってしまうため、衝撃を受けたときにその力が逃げず、一か所に集中してしまう。通常より少ない力でも、首の骨が折れることは考えられる」と話す。

 院長はこうも説明する。「1日のおむつ替えの後、ビデオに(ケイジさんが)立ち上がる場面が映っている。首が折れていれば、そのような動作はできないと思う」

 真相究明はこれからだ。だが、ケイジさんの人生が精神科でめちゃくちゃになった事実は変わらない。

 ケイジさんは現在、自発呼吸が戻ったが、脚などは動かない。総合病院にいつまでいられるか分からず、転院先を探しているが、リハビリに取り組める病院はどこもいっぱいで、家族は途方にくれている。


めちゃくちゃにされた人生(3) 「原因不明」の首骨折

めちゃくちゃにされた人生(2) かぜにパキシル?(読売新聞Online・ヨミドクター・佐藤記者の精神医療ルネサンスより転載)

抗うつ薬(SSRI)のパキシルがケイジさんの衝動性などを高めた可能性を指摘した前回の記事で、東京の精神科病院の薬剤師(薬局長)から意見が寄せられた。




これは賦活症候群(アクチベーションシンドローム)の可能性が考えられます。パキシルは確かに、抗うつ効果としては高くていいのですが、こうした賦活症候群のようなこともあります。「パキシルは効くから」と、安易に処方する医師が多いのではないかと思います。他のSSRIとは違った薬物動態であることを、もっと広めるべきであると思います。

 薬は一般的に、飲むと血液中の濃度が上がって行きます。他のSSRIは「線形モデル」と言って薬の量と濃度が比例関係となるのですが、パキシルは「非線形モデル」のため比例関係ではありません。そのため、薬を少し増やしただけでも、人によってはものすごい量の血中濃度になってしまいます。そうなると、場合によっては脳のセロトニンを刺激して衝動性が増すと考えられます。




パキシルは「よく効くものの、使い方が難しい」と指摘する精神科医は多い。だが、その難しさを理解せず、安易に処方する医師もまた多い。


専門医であれば、パキシルを使用したら、抗不安薬や抗精神病薬を併用してこうしたことに対応する場合もあります。


これは、パキシルをどうしても使わなければならない状況でのことだろうが、このような併用の危険性を指摘する精神科医もいる。「抗不安薬は、いわゆるベンゾ系の脱抑制が加わりやすく、抗精神病薬、特に非定型薬+パキシルは衝動性が増幅される。パキシルからルボックス又はジェイゾロフトへの変薬か、スタビライザー(デパケン、リーマスなど)の補強などがセオリー」

 最後に、精神科クリニックの院長に最近聞いた話を紹介しよう。2000年に国内販売が始まったパキシルの宣伝が、医師向けに盛んに行われていた頃のことだ。この院長が当時働いていた東京の総合病院で、ベテラン内科医が「かぜにパキシル」と口走りながら、あらゆる患者にパキシルを処方していたという。かぜにパキシルは適応外なのは言うまでもないが、適当に「うつ状態」などと書いて処方していたのだろうか。抗うつ薬の安易な処方の問題は、精神科にとどまらず内科などにも及び、根が深い。


めちゃくちゃにされた人生(2) かぜにパキシル?

めちゃくちゃにされた人生(1) 抗うつ薬と衝動性(読売新聞Online・ヨミドクター・佐藤記者の精神医療ルネサンスより転載)

朝刊連載・医療ルネサンス「シリーズこころ 統合失調症」の最終回では、2012年1月に精神科病院で謎の重傷を負った33歳の男性Cさん(以後、仮名ケイジさん)を取り上げた。姉が言うように、ケイジさんの人生は「精神科医療でめちゃくちゃにされた」。より詳しく検証してみよう。

 ケイジさんは「発病」時、記者になることを目指して東京の大学の社会学部に通っていた。テニスサークルに所属し、楽しい大学生活を送っていたはずだったが、3年になると1人暮らしの部屋に引きこもった。

 何も食べず、ガリガリにやせて布団に横たわる状態。驚いた両親は、千葉県の実家に連れ戻した。ケイジさんは「僕、今のままでいいんだよね、今のままでいいんだよね」と何度も繰り返し、嘔吐した。引きこもりの詳しい原因は分からないが、当時もケイジさんと度々電話で話していた姉は「交友関係で悩みがあったようだ」と話す。

 ケイジさんは、実家で次第に元気を取り戻した。運動をしたり、図書館に通ったり、飲食店でバイトをしたりした。まもなく通学も再開した。だが、実家から大学までは片道4時間以上かかった。この遠距離通学が再び精神的疲労につながったのか、3年の夏、家族に相談もなしに退学届けを出した。その直後から、うつ状態が顕著になった。「魂の抜け殻のようだった」と両親は振り返る。

 近くの精神科病院を受診し、抗うつ薬パキシルが処方された。飲み始めて2か月、向かいの家で引越し作業をしていた見ず知らずの人を、いきなり殴りつけて軽傷を負わせた。ケイジさんは自分で通報し、警察に行った。調べを終えて実家に戻る途中、両親に「寂しかったんだ」と漏らした。

 ケイジさんが飲んでいたパキシルは、衝動性を亢進する副作用が報告されている。特に、若い人に使用する場合は要注意とされる。添付文書の一部(「重要な基本的注意」の一部)を抜き出してみよう。



不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等があらわれることが報告されている。また、因果関係は明らかではないが、これらの症状・行動を来した症例において、基礎疾患の悪化又は自殺念慮、自殺企図、他害行為が報告されている。



 ケイジさんの他害行為がこの副作用にあたるのかどうか、専門家でも意見が分かれるだろうが、それまでの穏和な性格から考えると、あまりにも唐突で自滅的な行動だった。


めちゃくちゃにされた人生(1) 抗うつ薬と衝動性

プロフィール

gunter75

Author:gunter75
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為として田中氏無罪、菅原被告に罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




※拡散以外の目的で文章及び画像等を使用することは固くお断りいたします(個人様のブログ等で精神科への問題提起等のために使用することはOKです)
その際、当ブログのURLを貼っていただければ幸いです。

また、営利目的、金銭の絡む事案及びプロパガンダ目的での文章の利用・引用等もお断りいたします。


※当方は、いかなる団体にも属しておりません。

現在コメント停止中です

最新コメント

カウンター

フリーエリア

フリーエリア

Flag Counter

フリーエリア

検索フォーム

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。