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先日は、かこさんこと、嶋田和子さんにお会いしました

昨日は”かこさん”こと、嶋田和子さんにお会いして、お話を聞いていただきました。
かこさんには今までにも、弟の裁判でも公開にしてくださるよう、上申書を裁判長宛に書いてくださったり
石郷岡病院の暴行ビデオもすでにご覧になっており、お世話になっておりました。


当ブログでもリンクさせていただいています↓
精神医療の真実 聞かせてください、あなたの体験

父は、かこさんと上記の件で面識がありましたが私は実は、かこさんとお会いするのは初めてでした。
とても美しい方でした。才色兼備とは正にこのことを言うのでしょうね。
延べ5時間に渡り、貴重なお時間を割いていただき頭の下がる思いです。
その時の話は後日、かこさんのブログで掲載頂く予定です。
また色々な情報を教えてくださったり大変参考になりました。
ちょっとここでは、どんな話をしたのかなどは詳細に書けませんが…
今後の裁判の展望などについても相談に乗っていただくような形になり心強く思いました。
その途中に読売新聞の佐藤光展記者から電話があったり、かこさんが帰られた後に笠医師からお電話をいただいたりで
色々な方々に支えられているんだなと改めて感謝の思いです。




様々な方と関わってみると、自分さえ良ければ、他人や自分に関わりのないことには無関心な方が多い反面、殺伐とした世の中でも危機意識を持っている方が多いことに気づきます。
それも表面的なことだけではなく、バックグラウンドや深い部分まで知り、考えて憂いている方が私の周りには多いです。
色々な意味でこの世は二極化しているように思います。



ところで、かこさんや笠医師との話の中で薬物代謝酵素の話が出ました。
おぼろげながら、何となくそういうものがあるだろうな、とは思っていましたがよく知りませんで勉強になりました。
いくつもの薬物代謝酵素があるようですが…
なぜ、知られているのに、精神科では検査しないのかなと思いました。
内科でも同じかもしれませんが。
薬物代謝酵素の個体差(個人差)があるのに、マニュアル通りの処方では副作用が出るのは当たり前ではないですかね。


かくいう私ですが…実はD2遮断薬とも知らずに、パニック障害のための吐き気どめであるドンペリドンを最低でも1年数ヶ月、1日3回服用していたのです。。。内科で処方されていました。
向精神薬と似たドーパミン遮断薬だと知ったのは最近です。
これって、副作用が弟と同じジストニアや錐体外路症状など、危険?な薬なようです(ゾッとします)
確かに、ドンペリドンを飲んで半年くらいたったら、手が震えるようになりバセドウ病のせいかな?と思いましたが
甲状腺の数値が低下しても続くので悩んでいました。加えて一時期、呂律が回りにくかったこともありました。
それから記憶力の低下。趣味で弾いていたピアノですが、暗譜でいきなり忘れてしまったり。
他にも日常生活で記憶力低下に悩みました。
記憶力は自分で言うのもなんですが、相当良い方でしたので特に印象にあります。
今も記憶力は薬を飲む前と比較して低下してしまったようです。
ドンペリドンをやめて数ヶ月は続きましたね。離脱症状のようなものはありませんでしたが…
ある時ベンゾジアゼピンの離脱症状(服用期間は短かったけど一気断薬したので酷かった)で血圧や動悸の乱高下が激しく循環器科へ行った時に医師に「え?この薬(ドンペリドン)って3日とかならいいけど、長期間飲むものじゃないよ、まずいよ」と言われてから気にはなっていたのですが、まさか広義の向精神薬だとは。
あの、弟の首がうなだれた時の薬、リスペリドン(リスパダール)の仲間のようです。
私の場合、軽い四肢の震え程度で済みましたが(もう断薬して1年数ヶ月なので、殆ど震えはない)
リスペリドンでも酷い副作用に遭う場合もあり、しかもこれは内科で処方される吐き気止ですよ。
無知って怖いなと改めて思う次第です。


そして思い出しましたが、私、10年前に次男の出産後に不眠になって、精神科クリニックへ行ったところ
なんとパキシルを処方されたんですよ…
それまで(次男出産まで)すこぶる元気すぎて、ちょっと不眠ごときでクリニックへ行ってしまったのです。
問診「眠れますか?」「食欲が無いですか?」「だるいですか?」などの問診でうつ病です、と言われて(苦笑)
その頃は無知で弟の件もありましたが、まだ会話もできていたし、向精神薬について全くの無知でパキシルを1か月飲んでしまいました。
結局「この薬、効かないじゃん」と思い捨てました。
私の場合は、パキシルを飲んで何も変化がなかったのです。
当然不眠で、眠くもならず飲んでいる意味もわからないくらい。
副作用も離脱症状もなかったのです。
結局その後は自然に眠れるようになりました(産後でホルモンバランスが狂っていたのではと思います)


ベンゾジアゼピンに関しては、飲んでいる途中に副作用はなかったです。
デパスは厳密にはベンゾではないそうですが、あとソラナックスですね(他ワイパックス、メイラックスなど)
眠くもならないしただパニック発作は起こらなかったので飲みました。
でも薬が切れると動悸と軽いシャンビリのビリがあったので怖くなって一気断薬したため酷い離脱症状になったようです。
今はPPI(プロトンポンプ阻害薬)や動悸を抑えるβブロッカー含め一切の薬は服用していませんが、かえって元気になってきました。
思うに、私はそれなりに薬物代謝酵素があったために酷い副作用に遭わなかったのではないかと思います。
でも弟のようにリスパダールやジプレキサを服用し、酷い副作用でジストニア他酷い症状になる場合もあるわけです。
でも精神科医の多くは教科書にはこう書いてあるから処方に間違いはないと薬物代謝酵素などについては考慮もしてくれないのではないでしょうか。
自己防衛のために、自発的に検査するべきかもしれません。
私もそのうち、検査してみたいと思います。
アドレナリン受容体については過去、検査済みです(β2ARに変異あり・ヘテロ)







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我が家のバラ(シスターエリザベス)
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協力医(精神科医)との面談

石郷岡病院での事件発生後、放置した件について記事を書こうと思いましたが
カルテ、看護記録等と付きあわせて記事にしなければならないので少し時間がかかるため
本日は、先日実家にて行われた、精神科医師との面談について書きます。


かなり長時間に及ぶ調査、面談でした。
事前に通知表などのあらゆる資料を用意して欲しいということで、綿密な調査だなと思っていたのですが
本当に長時間に及ぶ面談、調査でした。
弟の部屋の様子、生まれた時からの写真全て…
弟の親友のM君も同席のうえ、調査が始まりました。
なぜ調査するかなどの目的等は、ここでは書けません(石郷岡病院の関係者もこのブログを見ているそうなので)
また今のところ、協力医である精神科医の名前も明かせませんが、マスコミにも度々登場する結構有名な医師です。
そして、こんな精神科医もいるのかと思ったのが正直な感想です。
やはり殆どの精神科医には良いイメージが持てないためですが…


その精神科医が調査した後の感想は(これは裁判には関係ない内容です)
「(弟は)統合失調症でもなければ、発達障害でもないと思います。なぜ精神科と関わることになったのか、きっかけが知りたい。」
「最初に受診した病院での投薬量も多いし、仮に統合失調症と診断したとしても、理解に苦しむ投薬内容だ。何を目的にこのような投薬をしたのかがわからない。」
だそうです。


それから「最初にリスパダールを服用して3日目にエビ反りになったり、チアノーゼになった際に救急搬送されたわけですが、この時のチアノーゼがもしかすると脳に影響を与えた可能性がある。チアノーゼは末端に血液が行かなくなった状態なので、脳にも悪影響を及ぼす可能性がある。そこへ大量の向精神薬を処方したら影響が出る可能性がある。」

「リスパダールで強い副作用が出た場合、即その薬は中止もしくは違う薬に変えるのが普通なのに、そのまま飲ませているのはおかしい。」

「最近の精神科医の多くは、DSMに当てはめているだけで、自分の頭で考えていない。」

「精神科では本当は副作用の説明も家族にして、相互理解を図ったうで治療に臨まなければいけないのに、副作用の説明も殆ど無いのが現状。」

「患者を一番見て知っているのは家族なのに、精神科医の多くは家族の意見に耳を傾けない。家族にも副作用の説明をして、自宅でそのような症状が出たら即、病院へ報告する。これが本来あるべき姿。家族と連携して治療に当たるべきだ。」



などなど。。。

現在の精神科に対してかなりの憤りを感じているように思いました。
世の精神科医がこの医師のような考え方だったら、こんなに沢山の悲劇は生まれないだろうに。



御存知の通り、私は弟が精神科と関わったばかりに酷い目にあいましたから、以前書きましたように反精神医学に近い考え方を持っています。
従来の薬物治療第一の精神科治療は本当に看過できません。
だからといって、全く精神科がなくなればいいとも思えません。
1か10か…これでは何の解決にもならないと思うからです。


科学も未知の部分が多いそうです。医学でも未だ説明のつかない事象、事例というのは多々あるわけですから
そもそも現代医学、教科書だけで解決しようというのも無理があるのではないかと思います。
つまり万能ではないのに当てはめようとするから無理が生じるのだと思います。
特に精神科で処方される向精神薬やそれに類する薬というのは、脳に作用するわけで、脳はまだ謎が多い分野だそうですから尚更です。


だからこそ、精神科医の方々には、教科書を鵜呑みにするのではなく、頭で考えて欲しいと思います。
ド素人の私が言うと全く説得力が無いですが、そう思う精神科医の方が少しでも増えてくれれば…

それでなきゃ、ただの薬の売人になってしまいませんか?


症状を見て人を見ず…ではなく、まず人を見てください。
患者の声に、家族の声に耳を傾けて下さい。
副作用を認めてください。
患者を、人として扱ってください。



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我が家のバラ(グラハム・トーマス)


石郷岡病院 保護室 その時何が起こったのか?

石郷岡病院の裁判での主張を読み返すと、腸が煮え返る思いだ。
詭弁、詭弁のオンパレード…いや虚言?

石郷岡病院の保護室実際どのような医療行為(石郷岡病院が言うには医療行為だそうだ)が行われていたのでしょうか?

一番いいのは、暴行動画を見ていただくことだ。
しかし公開方法もわからないため、キャプチャと言葉で説明するしかありません。
文章力が稚拙ですので、わかりずらいと思いますがご容赦ください。。。
いつも、誤字脱字があるのに見直しせずに記事を掲載してしまう癖があります(気づいたら後で訂正します)
こういうのも精神科にかかったら、なにかの病名がつきそう(発達障害とか注意欠陥障害とかね)




これを見て知って、一体どれだけの人が石郷岡病院を擁護するだろうか??




石郷岡病院・准看護師・SとTのした行為()は私の補足



2012/1/1 16時台


オムツを変えたあと(仰向けの状態で)ズボンを履かせようと、Tが弟の胸から下に体重を乗せ覆いかぶさり膝で腹部を押さえつけた。→弟が(苦しいと)手を(やめてと)出した。→Tが弟の手を押しのける。→(苦しいのか)弟が足を上げた(少しバタつかせた)→弟の足が菅原に当たった(と思う)→Sが突然立ち上がりまず弟の頭部側面を2回足で蹴りつけ次に弟の頭頂部を蹴りつけた。この時、監視カメラの映像は、弟の髪が乱れるのを捉えていた(つまり、相当の衝撃があったことを思わせる。石郷岡病院の主張している、軽く抑えたでは決してない)→次にSは、弟の顔面を踏みつけた。
その後、Tの背後に回りこみ移動→Sが弟の股を無理やり開かせ、弟の足首(ふくらはぎ)を足で踏みつけながらズボンを履かせた(因みに救急搬送先の帝京大学付属ちば総合医療センターのカルテにも搬送時に左足首の痣が記載されています。相当な力としか思えないが??)→その後、菅原が弟の大腿部に蹴りこみを入れた。→Tが布団を敷いて枕を投げた→Sが弟の顔面を拭っていた。
(1/3石郷岡病院から帝京大学付属ちば総合医療センターへの救急搬送時、顔面に挫創。出血をしたためと思われる)




これが医療行為でしょうか?
石郷岡病院はそう主張しています。
覆いかぶさるように押さえつけ、頭部を執拗に蹴り、顔面を踏みつけ、ズボンを履かせるために患者の足首を足で踏みつけ、大腿部に蹴りこみを入れる。

石郷岡病院は、弟が足をバタつかせたことを患者は、粗暴性を有し、衝動的行動を…と断言しT及びSの一連の行為を肯定しています。

しかも笑っちゃうのが踏みつけ行為は「S准看護師は一瞬足を軽く置いただけ」とか「1秒以内」だから頚椎骨折に至る行為ではないと主張しているんですよ。
「1秒」だから「軽く足を置いただけ」だから頚椎骨折はあり得ないという主張ですが、例えば交通事故時の衝撃は瞬時に相当な重力がかかるわけで、何秒だから軽微で、何秒だから重いなどという主張をしている事自体、理論的に破綻しているとしか思えない。

それでもって。石郷岡病院は「弟が暴れて床との摩擦で擦過傷ができた」とか意味不明な主張をしています。
ついでにいうと、弟は仰向けだったわけですが背中(背面)には暴れたことによる擦過傷も全くありませんでしたが??

当然顔面の挫創も石郷岡病院の主張には失笑するしかありません。仰向けの状態で、弟はジストニアで左右も向けないのに、どうやって顔を自ら床に擦り付けたというのでしょうか?


で…一番おかしかったのが石郷岡病院はこの一連の暴行行為ビデオをルーペで詳細に観察したのだそうです(苦笑)



こんなにハッキリと、言い訳の余地もない行為をしておきながら暴行を認めないとは恐れ入りますな。



T&S両准看護師に是非一度会ってみたいですねぇ。
いや、本当に(笑)
相手は会いたくないでしょうけど。





2011年、この事件が起こる前(10/2)にも入浴時に右目の周りに青あざがあったわけですけどもね(医師がカルテに記載)
弟が自分で転んで痣を作ったと主張している。

この件も石郷岡病院の看護記録にによれば9/30「入浴時、職員に対して弟が突然2,3回足蹴りしてきた」という記載があるのですよ。
で、この日、入浴時の職員もTなんですよね~。
勿論、2012/1/1の顔面踏みつけ時も看護記録には「弟が暴れた」と記載有りですよ。


こんな扱いされていたら誰でも抵抗しませんかね?
それを粗暴だ、暴れたって言いますかね??




更に、石郷岡病院は、異常に気づきながら1/3に救急搬送するまで弟を放置していたんですよね。

それは次回の記事で…




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レストア中のバイク(NS400)
自宅にて





昨日は弟の四十九日でした

昨日は弟の四十九日でした。
今でも何だか信じられません。。。
私にはこうやってブログで色々と伝えることしかできない。
それが供養になるのかどうかわかりませんが、弟の生きた証を残したい。


弟の遺品の中で、元気だった頃に着ていたコート類を母が長男にくれました。
若干、長男のほうが身長が高いので(181cm・62kg)少し袖が短いものもありましたが、じゅうぶんに着れそうです。
大事に使って欲しいと思います。



ところで。
来る7/14に、当方弁護士が国連で弟の件などを報告するためにジュネーブへ行くそうです。
以下、弁護士から父宛のメール(一部省略または変えてあります)


*******************************************************************************

7月14日の週にジュネーブで、国連の自由権規約という国際人権条約の政府報告審査があります。日本もこの条約を批准していますが、批准国は5年に1度、条約の履行状態について条約委員会に報告しなければならないことになっていて、今回は日本政府の報告を審査することになっています。


政府の報告は一方的なもので、しばしば、都合の悪いことを隠していることが多いので、国連は非政府組織のカウンターレポートの提出を受け付け、それと読み比べながら問題点を検討していきます。

自由権規約9条には精神医療に関係して、特に強制入院の厳しい要件が定められていると解釈されています。また、7条は拷問や非人道的な取り扱いの禁止を定めていて、これも外部から隔離されて強制的に入院させられている人の処遇上の問題になります。


◯◯さんの事件は、隔離室で起こった虐待や拷問に匹敵する問題であり、強制入院のあり方にかかわる問題なので、政府報告が、通常、日本の精神科医療はうまくいっている、人権に配慮している、という政府報告に対して、非常に重要な問題を提起することになると思っています。

もちろん、個人名は出していませんが、顔の内出血している写真は公開しているので、海外の人が誰かを特定することはできないですが、インターネットの時代なので、日本でご存知の方がアクセスすることはありうるかもしれません。


私から提出した報告には1950年代から2012年までに精神科病院で起こった虐待や暴行死など、違法な問題が後を絶たないことも背景として訴えています。そうした背景の中で、◯◯さんの事件は、心ある人の注目を引く、極めて重要なものになるはずです。


*******************************************************************************



日本の精神科医療界や殆どのマスコミの自浄作用が働かないのなら、海外から訴えていくしかないようです。
国内だと、色々としがらみ等あるので実はやり辛いとも言えるかもしれない。
前にも書きましたが、ロイター通信や共同通信など、こういった事件を海外の報道機関に取り上げてもらうのは1つの手だと思います。



ところで。不甲斐ないと思われた父ですが、実は個人的に監視カメラ画像を分析したり、地道に一人で解析・分析に没頭しているようです。
物理の計算やら(顔面踏みつけに関して)なんやら理系の父らしいです。
実は父は事件があるまで某企業の研究所にて化学分析研究員(Analyst)として勤務していたのです。
「俺は、対外的な行動は苦手だ。一人で顕微鏡を覗いたり研究するのが好きだ」という父。
母にはアスペ◯ガーと言われています…
でも焼香は忘れないでくれ、頼む。。。



弟は三度殺された。

タイトルの通り、私はそう思っています。
弟は三度殺されたと。


一度目は向精神薬の多剤療法で認知が衰え、会話不成立になり、自力排便もできないほどに脳をメチャクチャにされジストニアになったこと。


弟は、ジストニアになったことが非常にショックだったようです。
こんな姿になってしまってもう死にたいよ…

もう結婚もできないんだよね…

俺を本当に理解してくれる人がいるなら、もう死んでもいい…

20歳まではよかった…

母が夜「月が綺麗だね」と言ったら俺はもう空を見ることなんてできないんだよ…」と言った…

ジストニアで首が曲がって前が見えないのに、大学のサークルでもやっていた好きなテニスを一人で壁打ちしていた。

この頃、市原鶴岡病院~千葉大医学部付属病院(ジストニア)から退院後、弟が友人たちに年賀状を出したのですが、それを見た友人たちが
「なんだこれは!左手で書いたような、おかしな字だ。様子がおかしいからネク(弟のあだ名)の家へ行ってみよう」と誘い合わせて訪ねてきてくれた。
ドライブへ連れて行ってくれたりなるべく誘い出してくれた。

家の横へ置いてある自分のバイクへ跨ったままジッとしていた。

自分で話している内容がおかしいと気づいていたようで母に「俺の言っている意味、わかる?」と何度も聞いた。

退院して最初の方は、割りと会話が成立していたが

向精神薬のせいか、記憶が抜けてしまったり、段々と認知機能が衰え、会話も成立しなくなった。

失禁したり自力排便もできなくなってきた。

勝手に外を徘徊するようになった(時には上野駅や東京方面へ)












二度目は石郷岡病院で頭部を踏みつけられ頚椎骨折により首から下が麻痺になったこと。



1/3に石郷岡病院から帝京大学付属ちば総合医療センターへ救急搬送されて私も病院へ行ったが
検査等で忙しく、1/4は石郷岡病院へ行き、1/5にやっと弟の入院しているHCUへ私一人で行った。
弟は私の姿を見るなり、声は出ないが(前日に心肺停止になったため気管挿管)口をワナワナさせて涙を流し泣いていた。
相当怖かったのでしょう、悔しかったのでしょう(石郷岡病院での扱いや、認知機能が衰えても、自分の体が動かないことくらいわかる)









三度目は療養病院でなくなったこと。




入院中の言動

失敗した!
ちくしょう!
お母さん、ティッシュちょうだい
ラーメン食べたい(他にも餃子食べたい、お母さんチョコ頂戴など)
お腹が空いたよ…
TUBEの曲、かけて
ちょっとカレンダーちょうだい(肩から肘まで何とか動くようになったので親が指に挟ませて、自分で持ち上げてみる)



弟はラーメンが大好きでした。入院中もラーメン食べたい、ラーメン食べたいと言っていたと親友のM君に伝えたところ
M君は「あぁ…」とこんなエピソードを話してくれました。

大学の時、突然ネク(弟のあだ名)が「今から湘南行くぞ!」というから僕が「おいおい、何しに行くんだよ」と言ったけどな目的もわからないまま彼について行ったんです。
それで駅について暫く歩き、たどり着いた先は行列のできるラーメン屋だったんです。
ネクは手にガイドブックを持って「ここの店はこれこれこうで…」と批評して、非常に満足そうでした、と。




痛い箇所を訴えることはできたし、自分の欲求は伝えることができていた。
新聞を読んでみてというと声に出して読み上げる(そして記憶していた)

例えば
父「オリンピック決まったね」
弟「2020年だね」

父「増税が決まったそうだよ」
弟「来年増税だね」

父「都知事が辞任するんだって」
弟「猪瀬氏の5000万の件だね」


恐らくですが会話能力が衰えても、聞いたり読んだりしたことは概ね理解しているようでした(両親の話から推測)
認知と発語の回路が混乱しているという例えが妥当でしょうか。
無くなる直前に大学病院から来た医師も「これなら何とか工夫してパソコンも打てるようになると思いますから色々やってみましょう」と言ってくださった矢先…
とてもよい徴候であったために、大変悔しいです…
ついでに言うと、すぐにでも自宅療養に移れるように市の職員と話し合い、親の決断1つで行動に移れるように手配済みでしたが残念です。



こんな話を佐藤記者に聞きました。
ある取材した、十数年間も向精神薬を飲み続け、断薬し奇跡的に社会復帰ができ今は仕事をされている方の話です。
向精神薬を飲んでいた時、自分では手を軽く置いたつもりが、周りから見たらバン!とすごい力になってしまったり
どうも、向精神薬を飲むとコントロールがおかしくなるようだとのことでした。

こんな話もどこかで聞きました。
小児麻痺の方で、言葉を発したり、会話も全くできない方が意思表示手段(パソコンなど)を覚え初めてモニターに打ち込んだ言葉が
「僕はお父さん、お母さんの言っていたこと、本当はわかっていたんだよ」だったそうです。


向精神薬の副作用で認知機能が衰えたり、認知症の老人の方も実は相当程度、理解しているのではないかと私は思いました。
だからこそ、精神科病院や介護施設などでぞんざいな扱いをされていることも本当は理解していると思います。



肘から下が麻痺しているが肘から肩にかけては少し動くので器用に自分でテレビのリモコンを手の甲で操作。
口笛を吹いたり、歌も口ずさんでいた。


なのに…













精神科に関わっている方、またはこれから関わろうとしている方。
弟のような悲劇は稀ではなく実はかなり闇に埋もれていると私は考えます。
でも強大な力を持った病院という、医者という権力の前に泣き寝入りしている場合が多いのだと思います。

近年、ネットなどでは従来の精神科治療や反精神医学などが叫ばれ始めています。
啓蒙…勿論それはよいことだと思います。
しかし…
すでに精神科にかかってしまって、例えば弟のように向精神薬でメチャクチャになってしまった方は一体どうすればよいのでしょう?

不必要な発言ではありますが、正直申し上げますと、全ての方が救われるべきとは思っていません。
自分から積極的に精神科と関わり、不勉強で、自分は病気なんだ、努力せずに、一種の利権を享受し、かつ何事においても病気なんだから仕方ないだろう、という考え方の場合です。

しかし相当数の方はそうではなく、努力では、自分ではどうにもならない状況に陥っているのではないでしょうか?
こういう方々には、殆ど救済手段がないわけです。弱者切り捨て、トリアージでしょうか?
巷で流行りの反精神医学関係について最近そのように思います。すでに問題を抱えている方への言及が殆どない。
それを甘えと切り捨てることは簡単ですが、切り捨てることで問題は解決しない。


現段階で何らの救済措置がない。(精神科に限りませんが、あっても僅かな障害者年金などでしょう。医薬品副作用被害救済制度はかなりハードルが高い。製薬会社が資金を出資してますしね、何をか言わんや。)
こういう方面も議論される必要性を感じました。


私は以前、弟の件を経験するまで無関心でした。無知でした。
やはり経験しないとわからないのですね人間は。
私がこの世で最も嫌いな人種とは偽善的、独善的、利己的、打算的な人間である。




医薬品副作用被害救済制度に精神科医が記載した投薬記録

昨日の記事にも書きましたが、弟は入院中に突然、肢体拘束され強制的に向精神薬を投与されたわけですが
当時、医師は副作用を否定、2012年になり医薬品副作用被害救済制度の医師所見で副作用を認めました。





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以下、短期間で投与された向精神薬などの記録です(医師記入)


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(入院前)
パキシル
リスパダール



(入院中)
プロピタン
メレリル
ヒルナミン
ジプレキサ
ベゲタミンB
セロクエル
ウィンタミン
レボトミン
ルーラン
グラマリール
セルシン
ベンザリン
ユーロジン
ダルメート
レンドルミン
アキネトン
セドリーナ



入院中のたった5か月でこんなに向精神薬を投与されたのです(2か月で12種。12種でも同じ種類の向精神薬が倍増したりしていますが)
その数19種類の薬品です(内、向精神薬・抗パーキンソン薬などの類似医薬品関係(これも脳に作用する)が17種類ですよ!!
入院直前に処方されたリスパダール、それからパキシル含めればたった2か月で12種、5か月の間に何と19種類もの向精神薬を処方・投与されたことになります。


ここには何故か記載がないがカルテにはアーテンの記載あり。
それを入れれば合計20種類です。


6/11追記
途中で変更・中断して投与された向精神薬や脳に作用する薬が20種です。
それでも同時に何剤も投与されていたことには変わりありませんが。



両親が当時、精神科医に減薬願いと不安を伝えても「これが普通だ。嫌なら出て行ってください」と言った。


ジストニアのために千葉大医学部附属病院へ転院した際、この多剤療法について精神科医に聞くも「これが普通です」と言った。国立大でもこんな認識なんですよ。


そもそも千葉大の精神科医のF某は医師にあるまじき言動の精神科医でした。
家族である私や母にも怒鳴る、悪態をつくという、とんでもない精神科医でした。
ニヤニヤ、ヘラヘラしながら崩した態度でバカにしながらね。
この時私は「こんな人を人とも思わない医者に患者を治療することなどできない。千葉大に入院させるのはやめよう」と父に進言したけど無視された。


千葉大の医学部研修医も酷かった。
まだ科も決めていないような研修医達が入院中の精神科患者をぞんざいに扱っていました。
数人で引きずるように患者を引っ張っていき「ジジイ閉じ込めてやったぜ(ヘラヘラ)」ですからね。
弟はこの時、開放病棟でしたが(千葉大の電気ショックで相当悪化した。その前)
それでも風呂だ、病室に戻れなどと無理やり引きずられるように連れて行かれたし、酷いものでした。
でも精神科病院や精神科病棟ではこれが普通だそうですね。


千葉大医学部の医師全てを否定しているわけではない。
今回、弟の事件で協力くださった何人かの医師もまた千葉大医学部出身であったり、在籍中である。
弟の状態も良くないのに、帝京大学付属ちば総合医療センターから退院を迫られた際も「俺、今は帝京に知り合いはいないんだけどな~」と言いつつ、病院と掛け合ってくれた医師(おかげで規定よりも多少長くいられました。病院側からすれば迷惑千万でしょうけど、入院して2~3日で退院を迫るのも疑問)
またある医師は、これらの話を聞いて(精神科医ではないが。法医学の教授を紹介してくれようとした)「酷い話ですね。副作用でしょう。実は自分の叔母も千葉大の精神科で向精神薬を処方されて本当にメチャクチャになっちゃったんですよ。だから向精神薬の怖さは知っています。その自分がどういうわけか、千葉大医学部に入っちゃったんですけどね」と仰っていました。
それから「精神科っていうのは、ある意味他の科と違い、いい加減にできるんです。副作用などが出ても器質的変化というのは発現しにくく、副作用などが証明されないので何とでも言い逃れできますからね」とも。
というように心ある医師もいます。





それにしてもありえん…
こんなに脳に作用する薬ばかり使ったら脳がメチャクチャになると私は思う。
多剤療法推奨の、副作用も認めない、薬の売人の精神科医様に言わせれば素人めが、なんでしょうけどね。


千葉大医学部附属病院で、極め付けは電パチ(電気ショック・ES)ですからね。


多剤療法を推奨する精神科医のみなさん。
向精神薬に副作用がない、または認めないと仰る医師は、是非、ご自分で服用して体験してみたらいかがでしょうか??
副作用はないんでしょ??
え?病気じゃないから飲む必要はないですって?

副作用のない安全な薬なんでしょう?
安全なら、病気じゃなくても副作用なんて出ないのでは?
そういう都合の良い夢の様な薬なんでしょう?
身をもって証明して欲しいですね?


西毛病院の病院職員に暴行され患者が死亡した事件と弟の事件との類似点

この事件も、オムツ交換時に患者が暴れたから殴ったという事件。
患者は死亡しました。


入院患者殴殺で群馬西毛病院の看護助手を逮捕 病院の対応不備も浮上

西毛病院によると5日夜未明、男性患者の顔などがひどく腫れているのに看護師が気づく。このとき広川容疑者が男性を殴ったことを認めたが、「緊急性はない」と病院側が判断。患部の頬を冷やすなどの応急処置を施しただけで、詳しい検査などもしないまま警察にも暴行事実を届けなかった。

翌日早朝になって、男性患者がベッド上でぐったりしているのに別の看護師が気づき西毛病院とは別の病院に緊急搬送。その後富岡署に通報した。7日夜、被害男性は搬送先の病院で死亡した。

この入院男性はほぼ寝たきりで、自身の身体の状況を十分伝えることのできない精神疾患があったという。警察では今後、被害男性の遺体状況を調べて、広川容疑者による暴行と死亡の関係について詳しく捜査していく方針。

富岡署の調べに対し廣川容疑者は「おむつの交換など身のまわりの世話をしていた際に急に暴れたので、ついカッとなってやってしまった」などと話しているという。



弟の事件と類似する事件だと思います。

急に暴れたとありますが、それも看護助手の言い分で死人に口なしです。
本当に暴れたのかもしれないし、実は暴れていないかもしれない。
証拠もないから、看護助手の供述通りに報道されている。


弟の事件でも石郷岡病院はおむつ交換時に暴れたため、足で抑えたと主張していますが
証拠の監視カメラの映像では足をバタバタした程度で、客観的に見ても暴れているとは言えない
ましてや、足で踏みつけて、体全体に体重を乗せて押さえつけなければいけないレベルではないのは誰の目から見ても明らかである。
この暴行ビデオについては、読売新聞記者・佐藤光展氏及びフリーライターの”かこ”氏が、千葉地裁にて内容を確認・閲覧済みです。

そうであるにも関わらず患者が暴れたと主張している。
今回、証拠の監視カメラの映像があったため、石郷岡病院の主張が詭弁であると証明されるだろうが
西毛病院事件は監視カメラの映像もなく、患者死亡のため、看護助手の主張のみが取り上げられている。
真実はもうわからない。この看護助手のみが知っていることだろう。



それにしても患者が暴れたからといって、殴ったり、蹴ったり、踏みつけるなどの暴力行為は到底容認出来ないことである。
精神科病院での一部のスタッフに対する患者の扱いも酷いものだ。
勿論、一所懸命に誇りを持って働いているスタッフも多いと思う。
実は、私のいとこも精神科病院で看護師として頑張って働いています。
弟の場合、監視カメラに映っていたのですが、准看護師が適当に布団を敷いて、保護室を出て行く間際に枕を投げつける行為も記録されていました。
これらを見ても私個人の感想ですが扱いがぞんざいだと思いました。



そして西毛病院事件…このニュースを読んだ人の感想で酷いものもある。
特に、某掲示板などではその傾向が強い。
「こんな患者を生かしておいて何になる?」「こんな患者のために若い看護助手が捕まるのは可哀想」など。

他の精神病院関係の事件でも同様で、やはり精神病院の実態も知らず、精神病院の主張を鵜呑みにし
差別意識があるかないかは別として、意外と容疑者擁護の意見が多いことに気づく。

私は、こういった精神病院の入院患者達のかなりの数が、弟のように元々は普通に暮らしてきて、学生生活を送ったり
サラリーマンとして働いていたり、所謂、平凡な生活を送っていた方々が、ある日、何かのきっかけでうつ症状や不眠などで精神科を受診し、その結果、向精神薬の副作用などで、どんどん薬を追加されていき、認知も衰え、その副作用ゆえに、統合失調症だと誤診され、更に何剤もの向精神薬が追加され、脳をメチャクチャにされ(向精神薬は麻薬のような薬)精神科受診前と比べ見る影もなくなり、入院せざるを得ない状況に追い込まれた方も相当数いるのではないかと確信している。

例えば家族、恋人、友人達がやる気がでない、不眠だと精神科受診をし、何剤もの薬の副作用で
面影もなくなってしまい、会話も通じない、糞尿垂れ流し、会話も支離滅裂、首は斜頸し、まともに動くこともできない状況になり精神科に入院したら職員に暴行され亡くなったとする。
納得がいきますか?
精神科では、薬の副作用や影響で首が斜頸(ジストニア)したり、認知異常が起こったり様々な症状が出てくるのですが
大抵の精神科医は副作用など認めませんよ??
お得意の、元々持っていたものが出てきた、で終了です。
納得がいきますか?

精神科にかかる前は自分で働いたり、スポーツをしていたり、会話も楽しみ、勉強もしていたり、一般的な生活を送っていて
勿論、排便も問題がなく、全くみなさんと同じ生活を送っていた人が、精神科にかかり何剤もの向精神薬を処方され
どんどん意味不明なことを言い出したり、認知異常になったり、動けなくなったり、ジストニアになったり、オムツ必須の糞尿垂れ流しになったとしたら、どう思われますか?

確実に向精神薬を飲んでから症状が起きたのに、大抵の精神科では元々、持っていた病気が発現してきたと言って、副作用を否定します。
弟の場合も同じでした。精神科に入院する前までは五体満足で、普通に会話でき、動いていました。
が、精神科で無理やり肢体拘束され強制的に複数の向精神薬(過去記事に投薬詳細あり市原鶴岡病院での投薬詳細
を投与され、目は宙を泳ぎ、認知障害が出て、首のジストニアが発現しても精神科医は副作用ではない。元々、持っていたものが出てきたと言い続け、精神薬の投与をやめようとしませんでした。
しかも、入院してたったの2か月ですよ??いやこうなるまでに1か月かからなかったかもしれない。拘束されて向精神薬を大量投与されてから、すぐに症状が出てきましたから。入院前は健康体だったのに、たったの1か月で首が曲がってジストニアになり、まともに歩けない。。。都合が悪くなると追い出す。
それでいて副作用も認めない。元々持っていた病気が出てきただって??
あまりに無理があるんじゃないの?

結局その精神科病院は2012年になり医薬品副作用被害救済制度の意見書の中で副作用を認めました。

驚くべきことに千葉大医学部附属病院でも、副作用は認められず、元々、持っていたものが出てきたと言われ続けました。

しかし退院後、親が国立国府台病院(国立国際医療研究センター)にジストニアと副作用について問い合わせたところ、精神科医に「やっぱり出ましたか」と言われました。
ネットでも検索していくと向精神薬などを服用し、副作用でジストニアが発現した事例が結構見受けられるにも関わらず、例えば0.?%だとか、めったには起こらないと書かれているが、実際の出現率というのは実はもっと高いのではないかという疑問が生じてくる。
医師が副作用と認めなければ、症状が出ても副作用とは認められない。
ある意味、恣意的に副作用報告がなされていないと言えるのではないでしょうか?

そして精神科にも見捨てられ、ジストニアも治らない…
向精神薬の副作用で認知障害、言語不明瞭、会話不成立、自力排便不可…
何らの救済制度もない(医薬品副作用被害救済制度は、医師が副作用と認めなければ意見書も書いてもらえず、更に厚労省の審査で認められなければ通りませんので非常にハードルが高い。弟も不支給認定でした。相当数が不支給です)





弟のジストニア





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2007年(29歳)

顎が鎖骨につく程湾曲し固定。
左右に首を曲げることも不可能。
この状態から全く動かすことができない。
この状態で外へ出れば周囲から奇異の目で見られ、小学生には指を指され「障害者、障害者!!」とはやし立てられる。






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2011年(2012/1/1の石郷岡病院事件の10か月前。入院6か月前)33歳







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ジストニア発症前の状態(大学2年生・精神科にかかる前の健康体・21歳か22歳)

この頃は大学のサークル(テニス)やバイトを頑張っていた時期です。

この約2年後、うつ症状で精神科を訪れ、うつ病と診断。
その後統合失調症と誤診され何剤もの向精神薬を投与され副作用で首が曲がる(ジストニア)







正直申し上げて、日本の社会的弱者に対する、国民の認識というのは冷たいように思います。
例えば海外のアンケートでは社会的弱者(身寄りのない方や障碍者の方など)に対する救済をすべきという思う人が多いそうですが、日本で同様のアンケートを取ったら、アンケート実施国の中で1番少なかったそうです。ソースは忘れましたが…
無関心すぎるといいますか、色々な経験からそんな感想を持ちました。
自分さえ良ければそれでいい…
でもみなが無関心ということは、自分が同じ状況に陥った時に、やはり他人からも同じ仕打ちを受けるということです。
そうなって初めて理解するのかもしれません。しかしそうなってからでは遅いのではないでしょうか?
結局のところ無関心とは、自分の首を絞める行為にもなりかねないと思います。




石郷岡病院との裁判に思うこと

この裁判は、医療裁判であるけども、医療ミスや医療過誤といった類ではなく
単なる暴行事件で、事件の舞台が精神科病院であったということだ。
勿論、精神科患者の扱い等、色々言及しなければならないことはあります。
例えば一般病院ではこのような事件は滅多に起こらないはずです、しかし精神科病院では
患者に対する認識等、やはり普通扱いではないと言えるでしょう。ここでいう普通とは、一般病院の患者とと同じ扱いではないということです。
人間扱いされない場合が多いから、このような暴行事件が起こる。
そして精神科の入院患者は弱い立場に置かれ、不審死が起きても適当な病名や自然死扱いで闇に葬られているのではないかと推測します。


これは精神科病院ではありませんが、千葉県袖ヶ浦福祉センター養育園で利用者である19歳男性が死亡した事件も最初は闇に葬られそうになっていたそうです。

袖ヶ浦福祉センター養育園利用者の死亡事件等について(平成25年12月)

この度、支援頂くことになった県議から直接お話を聞いたのですが、ある県議がこの袖ヶ浦福祉センター養育園へ視察を行った当日の夕刻に、利用者が養育園内で夕食後に呼吸困難となり救急搬送され翌日に亡くなった。
当初、自然死扱いで火葬しようとした直前に、当日視察へ訪れた県議が「自分の視察した日にこのような事が起こり、しかも施設側から何も報告がなかった」と憤りを感じ、県議自らが動いて警察へ働きかけ、警察で検死及び司法解剖が行われたところ、暴行が発覚したそうです。
この件も当初、施設側は知らぬ存ぜぬで家族にも自然死と説明していたわけですが、この県議の機転で職員による暴行事件が発覚したものです。


このような事件は、障害者施設のみならず、精神科病院でも多いでしょう。発覚しないだけで。
患者虐待事件って、一般病院ではあまり聞きません。私は人生で何度か死にかけたことがありましたが、
事故の大怪我で一般の急性期病院へ入院した時など、入院が何度かありましたが、病院側から酷い扱いを受けたこともないし、9割程度は逆に病院に感謝するくらい親切な扱いでした。
ところが精神科病院、療養期病院、介護施設等ではどうでしょう?これらは特に問題の発覚することが多い病院や施設です。
これらの共通点はなにか。入院患者が社会的弱者であるということが挙げられる。
それをいいことに、医療や管理という名の下、酷い扱いをしたり時には強権的な態度を以って暴行へとエスカレートしたりするのではないだろうか。
勿論、患者の立場が弱いことを利用して。


酷い話として、暴行ではありませんが、ある療養期病院は急性期病棟も併設されており、救急搬送されてきた患者もいる。
普通は患者に注射をする際は「今から注射しますからね」などと、ひとこと声をかけると思います。
ところがこの病院では、療養記病棟に入院している患者が多く、看護師もそれに慣れていて
なんと急性期病棟に入院している患者に何も声をかけずに突然ブスッと注射をしたそうだ。
当然患者は驚いて「痛え!」と声をあげたわけですが、つまり寝たきりや意識のはっきりしない患者の多い慢性期病棟の患者にいつもしているように、声もかけず注射してしまったというわけです。非常に象徴的な話だと思ってしまった。
弟が入院していた病院での出来事ですが。




さて、弟の暴行事件。日本史上初?だそうですが、精神科病院の保護室の監視カメラという「物証・証拠」が存在する事件です。
今までも精神科病院の保護室で不審死という事件はあったそうです。が、証拠がなく、証拠がなければ立証できず
闇へ葬られていたそうです。


決定的な証拠があるにも関わらず、石郷岡病院は正式な謝罪も誠意も全く見せていません。

もしも、事件直後に両親に対し誠意ある対応や謝罪をしていたなら、訴訟や裁判沙汰にはならなかっただろう。
両親の意向ですが。

唯一、院長である三宅医師が事件から数日後カルテを見せてくださいと石郷岡病院を訪ねた両親にたいし
「この度はこんなことになってしまい、本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げ、口頭で謝罪したのみだ(私が暴行ビデオを石郷岡病院で見た後日)

それ以降、何の音沙汰もなく謝罪すらなかった。

三宅院長は実は雇われ院長なので裁判については病院経営には権限もなく、実質的に病院を経営している理事であり、今話題の東京女子医科大学の教授、石郷岡 純氏
及び、石郷岡病院の弁護士であり、日本精神科病院協会の顧問弁護士・松岡 浩氏の意向だと思われる。

そもそもなぜ両親が弟を石郷岡病院へ入院させたかというと、院長である三宅医師によるところが大きい。
それまでどこの病院でも薬の副作用を認めてくれず、統合失調症にこだわる精神科医ばかりだったのが
この三宅院長はきちんと話を聞いてくれ、診察態度もそれまでの精神科医たちとは一線を画すものだった。
横柄な態度の精神科医の多い中、この三宅院長は「話を聞いていると誤診だと思う。統合失調症ではないですね。よかったらこの本を読んでみませんか?」と本を貸してくれたり、両親が何度か弟を石郷岡病院へ連れて行ったのだが、車から降りずにいたところ、三宅院長はわざわざ駐車場まで来てくれて「車から降りたくないのかな?じゃあ、ここで話をしよう」と優しい態度で接してくれ…
弟を診察して「受け答えを聞いても、統合失調症ではないです」と言った。

それまで両親が経験した横柄な精神科医とは全く違う態度だったので、ある程度、三宅院長を信頼して、石郷岡病院へ入院させたわけです。
それが、このような准看護師による暴行事件へと繋がってしまったわけです。


今回の場合、暴行ビデオという証拠があるために石郷岡病院側は言い逃れできないはずです。
しかし謝罪もなく裁判に臨んできている。そして和解案をちらつかせているようだ。
謝罪も誠意もない病院と和解などに応じる意思はありません。両親はそう思っています。


実は民事裁判で争うということ=相手の罪を証明すること、ではありません。
民事裁判で仮に勝訴したところで、被告側は謝罪する義務も実はないのです。罪を認めるということもありません。
それは和解でしか方法がないわけです。和解ならば、非公開ですが謝罪や改善要求を求めることが可能なのです。
これは結構知られていないことではないかと思います。

しかし色々なメッセージをいただくのですが裁判となると、いい顔をされない方もいるようで
「なんで病院相手に騒ぐんですか?騒ぐあなた達がおかしいのではないですか?私なら病院側に何も言わず黙っています」というメッセージもいただいたことがあります。
自分の身内が暴行を受けても相手が病院だからと泣き寝入りするなんて私は考えられないですが、世の中広いので
そういった考え方の方もいらっしゃるのでしょう。
こういうブログなので見ず知らずの方々から励ましのメッセージなどをいただきます。
大変有難いことでもあります。
それと「和解はいけません」とか「和解せずに戦って勝ち取ってください」という励ましのメッセージもいただきます。
しかし先ほども書きましたが、裁判に勝訴=相手が非を認めた、ではないのです。
刑事裁判と違い、民事裁判の勝訴とは、単に「◯◯円払え」という裁判所の判決が出るのみなのです。
そこへ謝罪要求や何らの謝罪文、改善要求などは盛り込めないのです。

ですから、上記をご存知ない方が和解はいけない、言うのでしたらまだ理解できます。
しかし、もしも知っていて仰るのなら…

裁判費用は、書類1つ頼むのに数十万、着手金もウン百万と高額です。カンパの話もちらっと出たのですが
全て自費でカンパも受けていませんし、今後も受けるつもりもありません。
例えばどこかの団体などにお願いしたり、カンパを受けてしまったら、自分たちの裁判ではなくなってしまうからです。
私は余程のことがない限り、両親の意向に沿って行動するつもりです。
両親が仮に和解を望んだら和解を、裁判を望めば裁判をと思います。
現状、両親の意向は勿論、裁判継続です。
相手の誠意ある対応がない限り、断固戦う所存です。

以前は整形外科の協力医に意見書を書いていただき、事故後、弟の頚椎骨折を診察した医師の意見もいただいたのですが、来週はまた協力医の方との面会が実家であります。こちらは結構有名な?精神科医の方です。
正直、精神科医で協力医の方がいらっしゃるとは思いませんでしたので私としては驚きです(被告側も精神科なので)
そこへは弟の友人なども同席予定です。

まあ、正直言ってブログに書かなくてもいいようなことも書いていると自覚していますが
そこは私の植物ブログと同じスタンスで、言いたいことが書けないならブログをやる意味もないと思っていますので
悪しからずお願いします。。。

笠 陽一郎医師

先日、突然私の携帯電話が鳴った。
笠 陽一郎医師からであった。


あれは2005~2006年、千葉大医学部附属病院へ2回目の入院する前後だったと思う。
両親が都内含め、セカンドオピニオンを求め有名所の精神科病院を行脚して回っていた頃のことだ。
向精神薬の副作用を訴えても耳を傾ける医師など皆無であった時代。
今でこそネットでは向精神薬の副作用や色々な情報が得られるが、当時は向精神薬の副作用についてあまり知られることもなく、お決まりの文句、元々持っていたものが出てきたんでしょう、とか精神科治療にカウンセリングは必要ない。投薬第一である、と言われ続けていた。

そんな中、私がインターネットで検索をすると毒舌セカンドオピニオンという笠 陽一郎医師の主催するHPを見つけた。
そこには向精神薬の副作用や誤診にまで言及した内容が書かれていた。
今でこそ向精神薬の副作用などは知られるようになってきたが、当時は情報も乏しく、薬害や誤診にまで言及されていたことは非常に画期的なことだったに違いない。
笠医師の存在とHPを両親に伝えた。父が電話や手紙で笠医師とやりとりをして、セカンドオピニオンに乗ってもらっていた。
しかしそこは父である。いつの間にか笠医師とのやりとりを放置してしまい、連絡もせずにいたようだ。
このような輩は意外に多いと思われますが…言葉は辛辣になりますが、悪意がなくても礼儀も弁えずに、相手の善意につけ込んで無償で相談に乗ってもらい利用した挙句、礼も述べず放置…
本当に失礼極まりない。
そんな経過も知らずに、2012年1月3日、石郷岡病院の事件で危機感を感じた私は図々しくも再度、笠医師に連絡してしまった。
本来なら「あなたがたがセカンドオピニオンを放置したんだろ」と言われて話を聞いてくれなくても仕方がないのに、笠医師はそのことに触れずに熱心に話を聞いてくださった。
そして議員の方や読売新聞の佐藤光展記者を紹介してくださった。
その頃、笠医師が膠原病で筆舌に尽くし難い闘病生活を送っていたにも関わらず(当時はよく知らなかったが、死にかけたと笠医師が先日仰っていました)ただただ、お話を聞いて下さり、アドバイスを下さった。
それで後に父と笠医師がやりとりをしたのだが…やはり1度あることは2度ある…
何度か笠医師から父に「今どうなっていますか?」と電話で問い合わせをして頂いてしまったようだ。
弟が亡くなった時は父から連絡したようですが。

私はお世話になっているにも関わらず、笠 陽一郎医師という人物について殆ど知らない。
ネットで得る情報のみでしか知らない。何故なら実際にお会いしたこともないからだ。
何度か電話とメールでやりとりをしたのみです。
しかし笠 陽一郎医師はやはり凄いな、と思います。
まず、打算づくな人が多い中、ある意味、自分を顧みず実際に行動を起こしている、ということが挙げられる。
これはなかなかできないことだと思います。それなので自己免疫疾患になってしまったのだろうか。
最近はネットで医療や精神科について主張している医師も色々いますが
それは不特定多数の大衆に対してであって患者側からすれば、結局は遠い存在であることには変わりない。
そして全て計算が働いた上での打算的な行動である。
勿論お人好しで自己犠牲を払ってまで行動する義務も必要性もないが。
笠医師のように全くのボランティアである必要も本来はないのである。違った意味での打算はあるかもしれない、が、親身であるということは確かだと思った。
笠医師は全くのボランティアである。
そして実際に行動をされている。ネットなどで発言して終了、ではないのである。
賛否両論はあると思いますが、このような医師がこの世に一体どれくらいいるというのだろうか?
(因みに私は弟の件で精神科医である笠医師にお世話になっておきながら、精神科の薬物治療等については反対というスタンスです、反精神医学に近いと思います)
こと精神科の患者は私の偏見かもしれませんが誰かに頼りたい、何かに頼りたいという、依存心の強い方が多いのではと推測いたします。
そういった患者1人1人と向き合うというのは非常に困難なことだと思います。
色々なケースやトラブルや傍から窺い知れないことがあるだろうとは思いますが、それでも続けていらっしゃる稀有な存在です。

笠 陽一郎医師に、この場をお借りして御礼申し上げます。
 



石郷岡病院のおかしな主張 その2

最近なにかと忙しいです。

母は特に弟が亡くなってから情緒不安定ぎみです。
息子をこんな形で亡くしたのだから当たり前ではありますが。
そして父は弟のことを避けているのか、最近では焼香を忘れることも…
そういった意味でも母の失望感・心労は募るばかりです。
このようなことは本来ブログに書くべきではありませんが。。。
裁判については、今後出来る限り自分がイニシアティブをとっていくつもりです。
そのため裁判については、団結して戦います。


今後、可能な限り準備書面等も公開していきたいと思います。




さて以前、石郷岡病院のおかしな主張を書きました。
その中でも「通常であれば加害行為後すぐに症状が出るはずであり、(よって加害行為=踏みつけ行為 と症状の発生の間に時間のある本件では両者の間に因果関係が認められない)搬送先の帝京大学付属ちば総合医療センター整形外科医から、石郷岡病院の医師に対して「症状は遅発性に出てくるというより、損傷してすぐに症状は出現すると思われる」との報告があったことによっても裏付けられるとの主張を行っている。
そして石郷岡病院のカルテにもその旨記載がある。


要するに、石郷岡病院の主張は頚椎骨折と首以下の麻痺は無関係である。
なぜなら、帝京大学付属ちば総合医療センターの整形外科医が頚椎骨折をしたら症状はすぐに現れるはずだと言っており、石郷岡病院のカルテにもそう記録が残っている。本件の場合は加害行為から2日後に頚椎骨折の症状が現れているから首から下の麻痺とは関係ない。加害行為で頚椎骨折になったのなら、直後から首から下の麻痺症状が出るはずである。


という主張をしているわけです。


そこで当方弁護士が帝京大学付属ちば総合医療センターの整形外科医(今回の事件で唯一、弟の頚椎を診察した医師)へ問い合わせ、最近回答が届きました。





IMG_8995.jpg




照会事項(帝京大学付属ちば総合医療センター整形外科医宛)



被告石郷岡病院から、原告◯◯陽が緊急搬送された際の、被告石郷岡病院と帝京大学付属ちば総合医療センターのやりとり



                                  記



① 貴センターの◯◯医師(整形外科医)より平成24年1月4日に、被告石郷岡病院医師に対して「症状は遅発性に出てくるというより損傷してすぐに症状は出現すると思われる」との報告を行った事実はあるか。





② ①の発現がなされていたとすると、なぜそのような内容の報告を石郷岡病院にする必要があったのか。





③ ①の発言があったとすると、いつ・誰に対して・どのような方法(対面・電話等)で行われたのか。




④ 帝京大学付属ちば総合医療センターにおける◯◯陽のカルテ上に、①の趣旨の記載が存在するか。







照会理由




本件は、被告石郷岡病院の精神科の閉鎖病棟内にて、平成1月1日に看護師から原告である患者の頭部に対する踏みつけ行為が行われ(ビデオ映像があり争いなし)同月3日に、原告が帝京大学付属ちば総合医療センターに救急搬送され、頚椎骨折により首以下が全身麻痺の状態になったことが判明したという事案である。
裁判において、被告石郷岡病院からは、踏みつけ行為と原告の頚椎骨折との因果関係を争う旨の主張がされている。
係る主張の中で、被告は、通常であれば加害行為後すぐに症状が出るはずであり(よって加害行為と症状の発生の間に時間のある本件では両者の間の因果関係は認められない)そのことは貴センターの整形外科医・◯◯医師から被告石郷岡病院の医師に対して「症状は遅発性に出てくるというより、損傷してすぐに症状は出現すると思われる」との報告があったことによっても裏付けられるとの主張を行っている(資料2・3参照)そして、被告作成のカルテにはその旨の記載がある。
そこで、かかる報告が本当になされていたのか、本当にそのような報告があれば何を根拠としているのかについて明らかにすべく照会を求めるものである。
すなわち、同照会事項によって明らかにしようとする事実(要証事実)は、被告カルテの記載内容(資料1)の信用性である。










照会請求に対する回答



① 帝京大学付属ちば総合医療センターの診療録の記載では、2012年1月4日に「石郷岡病院に問い合わせ」の記載はあるが、「症状は遅発性に出てくるというより、損傷してすぐに症状は出現すると思われる」との記載はない。







② そのように説明した記憶は明確にはないが、もしそのような説明をしていたのであるとすれば、一般論として述べたものである。







③ 脊椎損傷の臨床場面では、腫脹が徐々に拡大するなどの結果、遅発性に症状が発現する事例は珍しいものではない。









④ ◯◯陽さんの頚椎損傷の発症機序について、◯◯医師(当方協力医)の意見については同意できるものである。




IMG_8996.jpg




因みに、読売新聞の佐藤記者がこの件について数人の整形外科医に聞いたところ
みな「遅発性に症状が出現するのは臨床現場では常識」と回答されたそうです。


つまり、石郷岡病院は、医療常識から外れたことを堂々と主張しているということになりますね。
そういえば、首も勝手に折れたと怪奇現象まがいの主張をしていますしね。





※以前、弟の死因について「低栄養」「肺炎」と書きましたがこれは口頭での話であって(刑事から)病院側の死亡診断書には、正しくは「呼吸不全」と備考欄に「頚椎骨折」と書いてありました。



プロフィール

gunter75

Author:gunter75
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為として田中氏無罪、菅原被告に罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




※拡散以外の目的で文章及び画像等を使用することは固くお断りいたします(個人様のブログ等で精神科への問題提起等のために使用することはOKです)
その際、当ブログのURLを貼っていただければ幸いです。

また、営利目的、金銭の絡む事案及びプロパガンダ目的での文章の利用・引用等もお断りいたします。


※当方は、いかなる団体にも属しておりません。

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