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ニッポンの裁判

瀬木比呂志氏の本“ニッポンの裁判”







“絶望の裁判所”などの著書のある、元最高裁判事の本ですが

石郷岡病院事件の刑事裁判に関わって、改めてこの本を読むと頷けることばかりです。

一般の方は裁判に関わることもないので、いまいちピンと来ないとは思いますが

関わった者からしてみると、裁判(司法)というのは関われば関わるほど、不信感しか生まれないと思います。


・そのような判断におけるレトリックは、最初に強引に一定方向の結論を決めてしまった上で、ただそれを正当化するためだけに構築されていることが多い。いわゆる「初めに結論ありき」の議論なのだが、判決のレトリックについては、難解な用語を用い、かつ、巧妙に組み立てられていることから、意外にも、法律の素人である一般市民をあざむくためには、そして、法解釈の演繹的な論理に慣れきってしまっている法律家を説得するためにも、結構効果的なのだ。


・国民、市民も、三回も裁判があるのだからきっと正しい裁判が行われるに違いない、などといった幻想を抱くべきではない。


・その本質は、最高裁判事の多数派が、「国会議員たちの既得権は何が何でもお守り申し上げる」という「法」を欲したということにすぎない。


・このように、「韜晦型」のレトリックとは、脆弱な論理を糊塗するためにもっともらしい法律の「コトバ」を幾重にも塗り重ねるものである。逆に都合の悪いことには一切触れないのが、あるいは、都合の悪い部分を省略するのが、「切り捨て御免型」のレトリックである。


・本来であれば判決の前提として当然論じておかなければならない事柄をすっ飛ばしているからこそかろうじて成り立っているまやかしのロジック、レトリックに過ぎない。つまり、都合の悪い部分はすべて省略しているのである。


・あなたがもしも新聞記者等のジャーナリストであるなら、第一報はともかく、せめて、掘り下げた分析を行うはずの記事では、こうした極端なレトリックについては、無批判にそれを鵜呑みにするのではなく、その意味、機能、そのようなレトリックの背後にある裁判官たちの価値判断はどのようなものであり、それがどのようにおおい隠されているのかについても、立ち止まってよく考えてみてほしい。

プロフィール

石郷岡病院事件被害者家族

Author:石郷岡病院事件被害者家族
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8千葉市にある医療法人・石郷岡病院(石郷岡純 理事長)の2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当業務行為だったとして田中被告無罪、菅原被告に暴行罪として、罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→2017/3/28検察が控訴→2018/3/9東京高裁にて控訴審(栃木力裁判長)の公判が始まる→2018/11/21不当判決(一審判決支持)

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




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