笠 陽一郎医師

先日、突然私の携帯電話が鳴った。
笠 陽一郎医師からであった。


あれは2005~2006年、千葉大医学部附属病院へ2回目の入院する前後だったと思う。
両親が都内含め、セカンドオピニオンを求め有名所の精神科病院を行脚して回っていた頃のことだ。
向精神薬の副作用を訴えても耳を傾ける医師など皆無であった時代。
今でこそネットでは向精神薬の副作用や色々な情報が得られるが、当時は向精神薬の副作用についてあまり知られることもなく、お決まりの文句、元々持っていたものが出てきたんでしょう、とか精神科治療にカウンセリングは必要ない。投薬第一である、と言われ続けていた。

そんな中、私がインターネットで検索をすると毒舌セカンドオピニオンという笠 陽一郎医師の主催するHPを見つけた。
そこには向精神薬の副作用や誤診にまで言及した内容が書かれていた。
今でこそ向精神薬の副作用などは知られるようになってきたが、当時は情報も乏しく、薬害や誤診にまで言及されていたことは非常に画期的なことだったに違いない。
笠医師の存在とHPを両親に伝えた。父が電話や手紙で笠医師とやりとりをして、セカンドオピニオンに乗ってもらっていた。
しかしそこは父である。いつの間にか笠医師とのやりとりを放置してしまい、連絡もせずにいたようだ。
このような輩は意外に多いと思われますが…言葉は辛辣になりますが、悪意がなくても礼儀も弁えずに、相手の善意につけ込んで無償で相談に乗ってもらい利用した挙句、礼も述べず放置…
本当に失礼極まりない。
そんな経過も知らずに、2012年1月3日、石郷岡病院の事件で危機感を感じた私は図々しくも再度、笠医師に連絡してしまった。
本来なら「あなたがたがセカンドオピニオンを放置したんだろ」と言われて話を聞いてくれなくても仕方がないのに、笠医師はそのことに触れずに熱心に話を聞いてくださった。
そして議員の方や読売新聞の佐藤光展記者を紹介してくださった。
その頃、笠医師が膠原病で筆舌に尽くし難い闘病生活を送っていたにも関わらず(当時はよく知らなかったが、死にかけたと笠医師が先日仰っていました)ただただ、お話を聞いて下さり、アドバイスを下さった。
それで後に父と笠医師がやりとりをしたのだが…やはり1度あることは2度ある…
何度か笠医師から父に「今どうなっていますか?」と電話で問い合わせをして頂いてしまったようだ。
弟が亡くなった時は父から連絡したようですが。

私はお世話になっているにも関わらず、笠 陽一郎医師という人物について殆ど知らない。
ネットで得る情報のみでしか知らない。何故なら実際にお会いしたこともないからだ。
何度か電話とメールでやりとりをしたのみです。
しかし笠 陽一郎医師はやはり凄いな、と思います。
まず、打算づくな人が多い中、ある意味、自分を顧みず実際に行動を起こしている、ということが挙げられる。
これはなかなかできないことだと思います。それなので自己免疫疾患になってしまったのだろうか。
最近はネットで医療や精神科について主張している医師も色々いますが
それは不特定多数の大衆に対してであって患者側からすれば、結局は遠い存在であることには変わりない。
そして全て計算が働いた上での打算的な行動である。
勿論お人好しで自己犠牲を払ってまで行動する義務も必要性もないが。
笠医師のように全くのボランティアである必要も本来はないのである。違った意味での打算はあるかもしれない、が、親身であるということは確かだと思った。
笠医師は全くのボランティアである。
そして実際に行動をされている。ネットなどで発言して終了、ではないのである。
賛否両論はあると思いますが、このような医師がこの世に一体どれくらいいるというのだろうか?
(因みに私は弟の件で精神科医である笠医師にお世話になっておきながら、精神科の薬物治療等については反対というスタンスです、反精神医学に近いと思います)
こと精神科の患者は私の偏見かもしれませんが誰かに頼りたい、何かに頼りたいという、依存心の強い方が多いのではと推測いたします。
そういった患者1人1人と向き合うというのは非常に困難なことだと思います。
色々なケースやトラブルや傍から窺い知れないことがあるだろうとは思いますが、それでも続けていらっしゃる稀有な存在です。

笠 陽一郎医師に、この場をお借りして御礼申し上げます。
 



プロフィール

gunter75

Author:gunter75
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為として田中氏無罪、菅原被告に罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴

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