弟は三度殺された。

タイトルの通り、私はそう思っています。
弟は三度殺されたと。


一度目は向精神薬の多剤療法で認知が衰え、会話不成立になり、自力排便もできないほどに脳をメチャクチャにされジストニアになったこと。


弟は、ジストニアになったことが非常にショックだったようです。
こんな姿になってしまってもう死にたいよ…

もう結婚もできないんだよね…

俺を本当に理解してくれる人がいるなら、もう死んでもいい…

20歳まではよかった…

母が夜「月が綺麗だね」と言ったら俺はもう空を見ることなんてできないんだよ…」と言った…

ジストニアで首が曲がって前が見えないのに、大学のサークルでもやっていた好きなテニスを一人で壁打ちしていた。

この頃、市原鶴岡病院~千葉大医学部付属病院(ジストニア)から退院後、弟が友人たちに年賀状を出したのですが、それを見た友人たちが
「なんだこれは!左手で書いたような、おかしな字だ。様子がおかしいからネク(弟のあだ名)の家へ行ってみよう」と誘い合わせて訪ねてきてくれた。
ドライブへ連れて行ってくれたりなるべく誘い出してくれた。

家の横へ置いてある自分のバイクへ跨ったままジッとしていた。

自分で話している内容がおかしいと気づいていたようで母に「俺の言っている意味、わかる?」と何度も聞いた。

退院して最初の方は、割りと会話が成立していたが

向精神薬のせいか、記憶が抜けてしまったり、段々と認知機能が衰え、会話も成立しなくなった。

失禁したり自力排便もできなくなってきた。

勝手に外を徘徊するようになった(時には上野駅や東京方面へ)












二度目は石郷岡病院で頭部を踏みつけられ頚椎骨折により首から下が麻痺になったこと。



1/3に石郷岡病院から帝京大学付属ちば総合医療センターへ救急搬送されて私も病院へ行ったが
検査等で忙しく、1/4は石郷岡病院へ行き、1/5にやっと弟の入院しているHCUへ私一人で行った。
弟は私の姿を見るなり、声は出ないが(前日に心肺停止になったため気管挿管)口をワナワナさせて涙を流し泣いていた。
相当怖かったのでしょう、悔しかったのでしょう(石郷岡病院での扱いや、認知機能が衰えても、自分の体が動かないことくらいわかる)









三度目は療養病院でなくなったこと。




入院中の言動

失敗した!
ちくしょう!
お母さん、ティッシュちょうだい
ラーメン食べたい(他にも餃子食べたい、お母さんチョコ頂戴など)
お腹が空いたよ…
TUBEの曲、かけて
ちょっとカレンダーちょうだい(肩から肘まで何とか動くようになったので親が指に挟ませて、自分で持ち上げてみる)



弟はラーメンが大好きでした。入院中もラーメン食べたい、ラーメン食べたいと言っていたと親友のM君に伝えたところ
M君は「あぁ…」とこんなエピソードを話してくれました。

大学の時、突然ネク(弟のあだ名)が「今から湘南行くぞ!」というから僕が「おいおい、何しに行くんだよ」と言ったけどな目的もわからないまま彼について行ったんです。
それで駅について暫く歩き、たどり着いた先は行列のできるラーメン屋だったんです。
ネクは手にガイドブックを持って「ここの店はこれこれこうで…」と批評して、非常に満足そうでした、と。




痛い箇所を訴えることはできたし、自分の欲求は伝えることができていた。
新聞を読んでみてというと声に出して読み上げる(そして記憶していた)

例えば
父「オリンピック決まったね」
弟「2020年だね」

父「増税が決まったそうだよ」
弟「来年増税だね」

父「都知事が辞任するんだって」
弟「猪瀬氏の5000万の件だね」


恐らくですが会話能力が衰えても、聞いたり読んだりしたことは概ね理解しているようでした(両親の話から推測)
認知と発語の回路が混乱しているという例えが妥当でしょうか。
無くなる直前に大学病院から来た医師も「これなら何とか工夫してパソコンも打てるようになると思いますから色々やってみましょう」と言ってくださった矢先…
とてもよい徴候であったために、大変悔しいです…
ついでに言うと、すぐにでも自宅療養に移れるように市の職員と話し合い、親の決断1つで行動に移れるように手配済みでしたが残念です。



こんな話を佐藤記者に聞きました。
ある取材した、十数年間も向精神薬を飲み続け、断薬し奇跡的に社会復帰ができ今は仕事をされている方の話です。
向精神薬を飲んでいた時、自分では手を軽く置いたつもりが、周りから見たらバン!とすごい力になってしまったり
どうも、向精神薬を飲むとコントロールがおかしくなるようだとのことでした。

こんな話もどこかで聞きました。
小児麻痺の方で、言葉を発したり、会話も全くできない方が意思表示手段(パソコンなど)を覚え初めてモニターに打ち込んだ言葉が
「僕はお父さん、お母さんの言っていたこと、本当はわかっていたんだよ」だったそうです。


向精神薬の副作用で認知機能が衰えたり、認知症の老人の方も実は相当程度、理解しているのではないかと私は思いました。
だからこそ、精神科病院や介護施設などでぞんざいな扱いをされていることも本当は理解していると思います。



肘から下が麻痺しているが肘から肩にかけては少し動くので器用に自分でテレビのリモコンを手の甲で操作。
口笛を吹いたり、歌も口ずさんでいた。


なのに…













精神科に関わっている方、またはこれから関わろうとしている方。
弟のような悲劇は稀ではなく実はかなり闇に埋もれていると私は考えます。
でも強大な力を持った病院という、医者という権力の前に泣き寝入りしている場合が多いのだと思います。

近年、ネットなどでは従来の精神科治療や反精神医学などが叫ばれ始めています。
啓蒙…勿論それはよいことだと思います。
しかし…
すでに精神科にかかってしまって、例えば弟のように向精神薬でメチャクチャになってしまった方は一体どうすればよいのでしょう?

不必要な発言ではありますが、正直申し上げますと、全ての方が救われるべきとは思っていません。
自分から積極的に精神科と関わり、不勉強で、自分は病気なんだ、努力せずに、一種の利権を享受し、かつ何事においても病気なんだから仕方ないだろう、という考え方の場合です。

しかし相当数の方はそうではなく、努力では、自分ではどうにもならない状況に陥っているのではないでしょうか?
こういう方々には、殆ど救済手段がないわけです。弱者切り捨て、トリアージでしょうか?
巷で流行りの反精神医学関係について最近そのように思います。すでに問題を抱えている方への言及が殆どない。
それを甘えと切り捨てることは簡単ですが、切り捨てることで問題は解決しない。


現段階で何らの救済措置がない。(精神科に限りませんが、あっても僅かな障害者年金などでしょう。医薬品副作用被害救済制度はかなりハードルが高い。製薬会社が資金を出資してますしね、何をか言わんや。)
こういう方面も議論される必要性を感じました。


私は以前、弟の件を経験するまで無関心でした。無知でした。
やはり経験しないとわからないのですね人間は。
私がこの世で最も嫌いな人種とは偽善的、独善的、利己的、打算的な人間である。




プロフィール

gunter75

Author:gunter75
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為として田中氏無罪、菅原被告に罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




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