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刑事裁判・検察側の論告求刑・懲役8年を求刑

本日、第10回目の刑事裁判の公判が開かれています。
石郷岡病院事件で、菅原、田中両被告に対し、検察側は懲役8年を求刑しました。

刑事裁判が終わったあと、この裁判についてブログに記事を書きたいと思います。

ある精神科医の意見書

以前、ある精神科医に意見書を書いていただきました。
病院の精神科部長や教授を歴任されている方です。
今日は一部をご紹介いたします。
なお、固有名詞などの一部は伏せてあります。



〇〇陽の医療について精神医学的見解

私は、〇〇氏より、2012年1月1日頚椎損傷し、2014年4月28日に死亡した〇〇陽(1978年3月31日生)の精神状態について、精神医学的診断を求められた。
よって、①市原T病院、〇〇医師による千葉大学精神科・〇〇医師宛の診療依頼書(2002年5月30日付)、②千葉大学精神神経科医師〇〇記述の病歴記録、③桜ヶ丘K病院宛の石郷岡病院精神科医師三宅俊樹による紹介状(2006年2月6日付)、④被告・石郷岡病院訴訟代理人弁護士松岡浩氏と弁護士浅田真弓氏による、石郷岡病院における診療経過を主に述べた準備書面2(2013年7月3日付)、⑤石郷岡病院入院時カルテの各コピーを読み、〇〇陽がうけた医療について検討する。

Ⅰ 抗精神病薬の副作用について
市原T病院受診当初より診断がでたらめであり、そのでたらめさに対応して、場当たりに投与された向精神薬の副作用により、〇〇陽の対人疎通性が悪化していったと推測される。
まず、市原T病院の〇〇医師によれば、2002年9月20日の初診において、「表情変化乏しく、反応鈍く、抽象的あいまいで、連合弛緩した言動が目立つ。関係妄想の存在が疑われる」と書いている。簡単な記述であるが、「連合弛緩」はE.BleulerがShizophrenie(精神分裂病、今日の日本訳で統合失調症)の最も特異的な思考障害として、鑑別診断の基本とした症状である。(なお、連合弛緩は思考の障害であって、連合弛緩した「言動」とは言うべきでない。)「関係妄想の存在が疑われる」と書かれているが、その妄想内容は書かれず、関係妄想を持っているのではなく、なぜ、「疑い」なのかも、書かれていない。
ともあれ上記の記述では、精神分裂病の診断が第一に選択されるにもかかわらず、「抗うつ剤投与で経過をみていた」と続く、でたらめな処方であり、薬品名は書かれていないが(注・SSRIのパキシルです)、もしSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などが投与されていた場合、情動鈍麻、無関心、無気力、衝動抑制の欠如などの作用が出ていたかもしれない。これら薬理作用に加えて、医師とのコミュニケーションがとれていない場合(本件も該当)、自分の精神状態の不快な変化をどう理解すればよいのか分からなくなり、困惑し、怒りやすくなったりする。この様な支離滅裂な医療について、その後の治療にあたった千葉大学精神科および石郷岡病院の医師も問題にしておらず、市原T病院からの紹介状をそのまま写し取っている。
その後、市原T病院は、危険な副作用が多いため極めて慎重に処方しなければならない「新世代(非定型)抗精神病薬」であるリスパダールを投与し、すぐ「振戦、首が曲がってしまう」という激しい錐体外路症状を患者に与えた。リスパダール投与は中止されたが、約一か月後、再び新世代(非定型)抗精神病薬であるジプレキサ(リスパタール、ジプレキサ、セロクエルともに新薬として薬剤価格が極端に高く、旧来から使われてきたセレネースの40倍薬価値の高い薬もあり、なかには製薬会社がマーケティングに最も力を入れてきた薬である)を投与している。そのためか、遅発性ジストニア、痙性斜頸になったのか、精神症状も悪化し、苦しんで「1月14日、ベッド柵に首を入れて、自殺企図」に到っている。以来、斜頸は改善せず、患者を苦しめ続けることになる。その後も何故か、市原T病院は、同じ様な多彩な副作用をもつ新世代(非定型)抗精神病薬のセロクエルを投与しており、「下腿の浮腫も出現、セロクエル減量し軽快する」と書いている。
結局、2002年5月末、市原T病院は、抗精神病薬投与がもたらした結果に対応できなくなり、千葉大学精神科に治療を委ねるに到った。
千葉大学では普通に、精神分裂病妄想型と診断され、斜頸についても「薬剤誘発性の遅発性ジストニアの可能性が高い」とし、上記抗精神病薬による悪性症候群、痙性麻痺を改善するためにダントロレンナトリウムが投与されている。筋肉が硬直し固縮した斜頸に対しては、BOTOX(ボツリヌス毒素)注射によって、ある程度の局所症状改善はみられたようだが、精神症状は良くならず、大学附属病院としての性格もあり、「家族の意向もあり」半年ほどで退院となっている。

Ⅱ 統合失調症の予後について
石郷岡病院へ診療が移って後、三宅俊樹院長による診断も理解しがたいものになっている。桜ヶ丘K病院〇〇医師にあてた紹介状によると、〇〇陽との対話形式から、「よく私も知りませんが」とことわって、「アスペルガー症候群などの発達障害も一応は念頭において経過を見直すべきか」と書いている。「よく知りもしない」のに、何故「念頭におく」ことができるのか、曖昧な文章である。
アスペルガー症候群を含む広汎性発達障害(あるいは自閉症スペクトラム障害)は、小児期に発症し、社会的な相互交渉およびコミュニケーションの障害と、反復的・限定的な関心興味の持続によって特徴づけられる中枢神経系の障害と定義されている。これまで普通に成長し、高等学校を卒業し、法政大学にも進学した人を、あえて発達障害の疑いと強調する必要はない。
それよりも精神科医として最も重要なことは、病者の一見まとまりなく見える言葉、行動の意味するものを想い、話しかけ、理解しようとしていく努力である。
(中略)
彼の人間性を理解しようとする精神医学的看護があることを、教えられることもない。その帰結として、2012年1月1日の事件は起こったと言えよう。
この様な患者の人間性に関心をはらわず、生活の調教にしか係ろうとしない視点から、損害賠償請求の民事裁判においても、〇〇陽が生涯入院していなければならない患者であり、稼得可能性はないという主張が出てきたと考えられる。
本件で統合失調症は、不治の病気であるという説が、石郷岡病院の理事長を兼務する、教育・研究職にある大学教授によってあえて唱えられたことに、精神科医として唖然とする。
(以下専門的な話)






石郷岡病院の民事裁判での理不尽な主張

民事裁判のほうは、刑事事件の結果を待つということで現在事実上、休止状態です。
未だに謝罪はおろか、事故調査委員会も設置せず、本件事故後(傷害致死事件でしょう)知らぬ存ぜぬを準備書面でも貫き通している
医療法人・石郷岡病院(東京女子医科大学・精神科特任教授である石郷岡純理事長。事件報道の渦中に女子医科大の理事長選に立候補と精力的に活動されているようですね)ですが
民事裁判のほうでも都合が悪くなるとカルテに記録が残っているにも関わらず、真逆のことを準備書面上で主張しています。

この事件後、弟が入院した病院の入院代を民事裁判で支払って欲しいというこちらの主張に対し、石郷岡病院は準備書面上でこう主張しています。





準備書面(6)

仮に本件事故がない場合、亡陽(原告)はその精神症状のために被告病院ないし他の精神科医療機関に入院し続けたであろうから、毎月の治療費実費から被告病院の本件事故前直近3か月の平均治療費である月額〇〇万円を各月の入院治療費より差引くべきである。
-中略-
早期の退院は困難で、以後も被告病院(ないし他の精神科医療機関)の入院治療費相当の治療費は負担することになったであろうから、それを差し引くのが公平の観点から妥当である。
本件では月額〇〇万円を超える治療費は支払われていなかったので、本件と相当因果関係のある損害たる治療費は0円となる。





簡単に言えば、「今回の事件がなくても原告は精神疾患だから、ずっと石郷岡病院か他の精神科病院に入院し続けてたはず。だから事件後に入院した病院の入院費(精神科ではなく、頚髄損傷・頚椎骨折・四肢麻痺の治療)をそのまま請求するのはおかしいですよね?
だって、事件がなければ石郷岡病院か他の精神科病院に入院しつづけて医療費を払いつづけるでしょう?
原告は粗暴なのですから(中略した部分)早く退院できない。
だから原告は入院費の請求額から石郷岡病院に入院していた時の治療費を差し引くべき。
そうすると0円ですね」です。

つまり、原告は事件がなくてもずっと精神科へ入院していたはずだから、事件後に負った障害(首から下が麻痺・寝たきり)のために入院している病院の治療費は払う必要がない(払いませんよ)、という主張です。
非常に理不尽極まりない主張です。

裁判ではそのように主張している石郷岡病院ですが、一方で証拠保全をしたカルテには、2回退院の打診をしたという証拠が残っているのですよね(平成23年10月7日及び12月19日)

実際には「退院どうですか?」と2回も退院をすすめておきながら、いざ事件が起こると今度は「原告は粗暴で早期退院もできず、精神科病院に入院しつづけたはずだから、事件後の入院費(治療費)は払いません」と矛盾した主張しているわけですよね。

因みに退院を打診されたとき、父がトイレトレーニングをお願いしたばかりに、事件のあった隔離室へ移動となってしまいました…
弟は向精神薬の副作用と電気ショックの後、粗相をするようになってしまいました。
他記事でも書きましたがトイレがあるのは開放病棟のみで、他は閉鎖病棟にはトイレがなく隔離室にしかトイレがないということで
医師の提案で、隔離室でトイレの様子をみながらトレーニングしましょうということで移動になった経緯があります。
以前から何度も書きますが、暴れているから隔離室ではありません(証拠もあります)
また、ずっと精神科病院に入院していたわけではなく、石郷岡病院へ入院する前は4年以上ずっと自宅療養です。
最初の入院は本人の同意書があり、向精神薬の副作用が強く出てしまったため入院するも多剤処方でジストニアが発生し
千葉大へジストニア治療のため入院。
2回目は千葉大へ入院。3回目が石郷岡病院です。最初の病院から石郷岡病院入院まで10年くらいですが、その間、精神科への入院期間は合計で1年満たない程度だと思います。


精神科の患者になってしまうと、このように病院の都合の良いようにころころと見解を変えられてしまうようですね。
世間の精神科患者への偏見も利用している気がします。一般的には、病院や医師信仰の強いこの国では、病院がいうのだから間違いはない、と思われてしまいがちです。


弟の件ではありませんが、精神科の患者への偏見を目の当たりにしたことを思い出しました。
以前、夏のある暑い日に、DV被害を受けた主婦のAさんが私に助けを求め駆け込んできたことがありました。
そこで私が警察へ通報したところ、バイクとパトカー数台がやってきて、警察官が10人くらい駆けつけてきました。
私やその場にいたBさん、Aさんへの事情聴取のあと、Aさんの夫へ事情聴取の後、明らかに警察の態度が変わったのです。
件の夫への聴取前は、Aさんへの対応も優しいものだったのですが、夫への聴取後そっけなくなったのです。
結局保護もなく、その理由を私が警察に聞いても教えてくれることもなく、暫くすると警察も帰ってしまいました。
Aさんは暫く実家へ身を寄せることになり、もし夫が実家へ近づいて来たら対応せず警察へすぐ通報するように言われました。
その時Aさんがこういいました。
「私が精神科へ通っているから、頭のおかしい人だと思われて警察にも信用されないんだ…」

それから2日後のことです。
Aさんから切迫した様子で電話があり「夫が実家の玄関のドアを叩いている、警察に電話しても対応してくれない。鍵を開けるな、だけ…」
そこで私から警察に電話して事情を話したのですが「本人に指示は出してあるんで」と、つれない返事でした。
正直驚きました。確かにあの日(警察を呼んだ日)何かあったらすぐ警察へ通報してくださいと言っていたのを私も聞いていたからです。

後日その謎が解けました。
警察へ通報したあの日、Aさんの夫が警察の聴取を受けている様子を中学生の娘さんが隠れて聞いていたそうです。
その時、夫は警察へ「妻は精神科へ通院しているんですよ。精神科へ入院したことだってあるんですから!」と言って
警察は納得をしていたようだという話でした。
娘さんにも話を聞きましたが、確かにDVはあるそうです。
精神科へ通院もしくは入院した経験があるというだけで、レッテルを貼られてしまうのだなと怖くなりました。
Aさんが精神科へ通院するきっかけが、不眠だったそうです。
不眠で精神科を訪れたら、まず睡眠薬が出て、あれよあれよという間にどんどん薬が増えていき
診断名も変わっていき、不眠症がうつ病になり、双極性障害になり、それに伴い薬も追加されていったそうです。
私が見た時にはデパス、パキシル、リスパダール、マイスリーなどを所持していました。
副作用のためか舌に歯型がついて、デパスが切れると首が硬直して固まってしまい、眠れず
薬を飲んで寝ると夢遊病のように徘徊をしてしまったり、気づくと車で同じ道をぐるぐる回っていたり
記憶喪失みたいに記憶がなくなったりするそうです。
当然薬を飲む前は全てなかった症状だそうで、最近ではサチュレーションが低下、低血圧、異常なコレステロール高値となり
どの病院へ相談しても原因不明といわれ今度はコレステロール低下剤などが出るそうです…
どんどん悪化して精神科病院へ入院して何か起こらなければいいなと願うばかりです。


そういえば、Aさんの件で駆けつけた警官の方と少し立ち話をしたのですが、その時彼(20代だと思います)が言ったことが印象に残っています。

「自分から線路に飛び込んで電車が来て助けて助けてってね…正直無理ですよ。助けてもまた自分から線路に飛び込んじゃうから。自分で気づいて線路に飛び込むのやめないと同じことの繰り返しになっちゃうと思うんですよね」

刑事裁判の日程が決まりました

ご無沙汰しております。
長らく更新せず、申し訳ありません。

石郷岡病院事件の刑事裁判の日程が公表されました。
当該裁判は、裁判員裁判となります。
裁判日程は、千葉地方裁判所のHPでも確認いただけます。
千葉地方裁判所





平成27年(わ)第1567号
被告人 菅原巧、田中清
事件名 傷害致死

千葉地方裁判所刑事第5部B合議
第703号法廷(7階)

第1回公判2/15午前10時
第2回公判2/16日午前10時
第3回公判2/17日午前10時
第4回公判2/21午前10時
第5回公判2/22午前10時
第6回公判2/23午前10時
第7回公判2/24午前10時
第8回公判2/27午前10時(菅原巧被告)
第9回公判2/28午前10時(田中清被告)
第10回公判3/2午前10時
判決3/14 15時



事件から丸5年経過しました。

やっと事件の被告人達が裁かれる日がやってきました。

ビデオがあるにも関わらず、当初から否認をし黙秘をし続ける被告人達ですが、裁判では何を話すのでしょうか。

1人の人間を、その行為で死に至らしめたことへの償いはして頂きたい。

反省の言葉の一つもない被告人達にどのような判決が下るのか。

涙を流し亡くなっていった弟…

虫けらのように扱われ、どんなに無念だったことでしょう…

判決が出ても故人は戻ってきません。

多くの精神科病院は、この事件の事を意に介さないかもしれません。

しかし二度と同じような悲劇が繰り返さないことを、少しでも多くの精神科病院の入院患者さんが

このような事件に遭遇することを免れるためにも

厳正な裁判、判決を望みます。









かこさんのブログより

弟の件でご協力いただいている、フリーライターのかこさんのブログ記事をご紹介いたします。


ケイジさんの事件・・・・・・千葉地検、動かず




前にお伝えした「ケイジさんの事件」について、現在、民事裁判(準備書面段階)が行われているが(民法709条、715条あるいは415条を根拠に損害賠償請求訴訟を起こしている)、どうも進展がはかばかしくないようである。


 すでに「暴行場面」のビデオをこのブログでもアップしたが(暴行であるのは明らか)、その行為を被告側は「患者が暴れたため」「顔面を軽く抑えただけ」と主張している。


 それに関して、前エントリで弁護士と思われる「通行人さん」から以下のようなコメントをいただいたので、改めて紹介します。










「(あのビデオは)、確かに有力な証拠ではあります。しかしながら、証拠をどのように評価するかは担当になった裁判官の自由心証に任されている。これを自由心証主義といいます。現実の訴訟では、有力証拠があるだけでは不十分です。有力証拠の「証拠力」(証拠としての価値のことです)を高めるべく、それに沿うような主張をしていくことが必要です。これは、実は難しい作業でして、ここに患者側代理人となった弁護士の腕、力量が試されます。


被告となった病院側は、当該証拠の「証拠力」を減殺すべく、ありとあらゆる主張、反論を出してきます。例えばですが、例えば、看護士の行為は患者が暴れたから、やむを得ずとった行動である(=過失はない)とかね。たとえ、非常識きわまりない主張であっても、それが説得力あるものになると、結果はどうなるか分からない。それが医療訴訟に限らず、民事訴訟の怖いところです。


日本の医療訴訟においては、裁判所が病院・医師の裁量権を過大に広く評価する傾向が強いのです。医師の裁量が広いとなると、医師の過失は認定されにくくなります。逆に、裁量の範囲外となれば、過失が認定されやすくなる。しかも、病院のスタッフにより、


1)どのような行為により、2)どのような人体的・精神的傷害を負わされ、3)行為と傷害の因果関係はどうで、4)病院・医師の故意・過失……これら全ての立証責任を原告の患者側が負わなければならないのです。


これはもう大変な負担なのです。もともと、医療訴訟を「扱える」弁護士は少ない上に(「扱います」と事務所のホームページに掲げていても、実際は能力的に出来ない弁護士がごまんといる)、特に精神科の医療訴訟は勝訴率が他診療科と比較すると非常に低いわけです。従って、有力証拠があろうとも絶対に油断できません。難しいですよ。私個人は、患者側の立証責任の負担のハードルが高すぎると思います。ですから、実は、日本の裁判所も、今日の精神医療腐敗を助長している側面がある。これは事実だと感じます。」











 ケイジさんの裁判は、いままさにこうしたところにある。

 精神医療裁判が難しい裁判になるというのは、もうこのブログの読者なら知っていると思うが、としたら、原告側(弁護士)としては徹底した調査のうえの論理と立証、それを踏まえた意見書の提出など、十分な(十分すぎると言うことがないほど十分な)準備をする必要があるはずである。
 ビデオという「有力な証拠」があってもなお、念には念の準備をしておかなければ、この弁護士さんが言われるように、先方の主張次第、裁判官の心証次第で、事実はいくらでも捻じ曲げられるのだ。その点、大きな危惧を抱かざるを得ない状況になりつつある。








 そして、さらに問題なのは、刑事事件としての推移なのだ。

 ご家族は昨年7月の末、千葉中央警察署に告訴状を提出し、それが受理された。

 事件発生は2012年1月だから、それから2年半以上ものあいだ、警察は動かなかった。つまり、事実上放置してきたわけだが、昨年、刑事課長が交代したのを期にようやく告訴状受理となったのだ。


 これで犯人逮捕も近いと思われたのだが、なんとなんと、その後、千葉地検、検察官がいっこうに動こうとしないのである。事件発生からすでに3年以上が経過しているにもかかわらず、いまだ起訴に至っていない。

 なぜか?


 


 


癒着のトライアングル


 じつは、日本精神科病院協会は、日本精神科病院政治連盟の名義で毎年いわゆる厚生族議員に多額の献金をしている(精神科病院協会は自民党の有力スポンサーということである)。
 一方、日本精神科病院協会は、毎年国から多額の補助金をもらっている。

 政治資金規正法にひっかからない抜け穴を通りながら、何百万円かのお金が献金され、それが精神科病院に補助金として還元されている。まさに「癒着」の構図である。


資金力、政治力……精神科病院業界の力は絶大なのだ。


さらに、精神科病院といえば、警察、法務省、そして、刑事裁判所と深く結びついている。つまり、協力関係にあるということだ。


ケイジさんの事件の舞台となった石郷岡病院(石郷岡純氏=日本精神神経学会評議員、日本総合病院精神医学会評議員等々の重鎮でもある=が理事長を務める病院)は、精神科病院の中でも(政治家にとっては)重要なポジションにある病院といえるだろう。




となると、この事件、検察としても手を出しにくいのではないか? できれば起訴したくない。
 精神科病院の権力を恐れているからである。


もちろん、なぜ起訴しないのかと尋ねれば、忙しい、手が回らないという回答が返ってくるだろうが、本音は、石郷岡病院=強大な政治力を誇る精神科病院団体を敵に回したくない、だからやらない(起訴しない)……これが真相ではないか。


 精神病院協会は、族議員を使って、容易に圧力をかけてくる。例えば、衆議院議員の萩生田光一氏は、東京精神科病院協会の顧問だ。http://www.toseikyo.or.jp/org-n1.html


 圧力などお手のものだろう。








 私をはじめ多くの国民は、裁判に携わる人間、裁判官、そして起訴、不起訴を決定する検察官は「公正無私」な立場に立っていると考えている。そうでなければ、裁判そのものへの信頼、法治国家の根幹が崩れてしまう。

 しかし、どうも千葉地検のこうした動きを見ていると、そんな裁判制度の「性善説」などもう夢物語なのかもしれないという気分にさせられる。「正義」が果たされることなど期待できない。警察、検察といえども、国民の生命・財産を守る公益の代表者として存在しているわけではないのかもしれない、と。






精神科病院内で起こった死亡事例で、これまで「証拠」がないため事件化されないまま処理されていった事例がどれほどあったことだろう。本来なら「傷害致死事件」「殺人事件」でさえあったかもしれない事件に、捜査のメスが入らなかった。
 精神科病院というところはまさに「治外法権」であるかのようだ。


もし、ケイジさんの事件――確たる(と思える)「証拠」があるにもかかわらず起訴されないとしたら……。あのような理不尽な死を迎えねばならなかったケイジさんの無念、ご遺族の無念を思うと、この事件をこのままうやむやに終わらせていいはずがないのである。




精神科病院(精神医療)の暗部についてはこのブログでも触れてきた。
 しかし、そこにさらに、警察、検察の暗部まで加わってくるとしたら、精神医療裁判はこれまで以上に「絶望的」な展開になってくるにちがいない。


最初に紹介した「通行人さん」のご指摘通り、「日本の裁判所が、今日の精神医療腐敗を助長している側面がある」ということである。


このままでは、起訴もされず下手をすれば時効までのらりくらりされて不起訴という最悪のパターンもありうるとケイジさんのお姉さんは憂慮している。


ケイジさんの民事裁判は現在進行中である。そして刑事裁判においても、何とか千葉地検が動くよう、起訴に持ち込むよう、いまは祈るしかない。

と同時に、法曹の一翼を担っている検察までもが「癒着構造」に組み込まれているという事実は、覚えておいたほうがいい。



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こちらの本も機会があればご一読ください。


無題



この本は、とある方から紹介いただいた本です。
色々な意味で四面楚歌状態ですけれども、私のブログを見ていただいた方の中には、一体この事件はどうなっているんだ?とご心配いただくことも多く、良心的な方もいらっしゃって、色々とご教示いただくことも多いのですが、そんな中、ご紹介いただいた本です。
この本にある構図というのは、裁判所だけでなく、警察や検察、医療界、全国の組織に共通するものだというのが私の感想です。



絶望の裁判所より引用

「日本では、以前から訴訟を経験した人のほうがそうでない人よりも司法に対する評価がかなり低くなると言われてきたが、右の大規模な調査によって、それが事実であることが明らかにされたのである」


私も当事者なのでその通りであると思うし、今まさに体験中なのです。
またこのことは、司法だけでなく病院に対して、国家機関に対しても同様のことが言えるのではないかと思う。
深く関わっていなければ、その実態を知ることなく世間で抱かれているイメージ、司法はきちんと裁いてくれるだろう、とか、病院は患者の身になって病気を治してくれるところ、変なことはないはず、といった具合だ。
しかし、深く関わればかかわるほど、こういった「清廉潔白」という幻想は脆くも崩れ去ります。
残念なことに、多くの人々は自分が同じ目にあってやっと理解するのだと思います。


前回の記事でも書きましたが、精神科と関わることはないから自分は無関係だ、という考えの方もいると思いますが
果たしてそうだと言い切れるでしょうか?
今、高齢者の受け入れ先が少ないということで、入院先が精神科病院にシフトしていっています。
自分が直接、精神科と関わることがなくても、親御さんが関わる可能性だってあるわけですよね。
自分が高齢者になった時に関わる可能性だってありますよね。
その時、事前知識があるのと、ないのではその後の対応に、大きな差が出てくるのではと思います。

知識は最大の防御なり。。。




それから大変申し訳ございませんが、ブログにいただくコメントは全て掲載はいたしません。
やはり誹謗中傷の類もあるし、例えば前回の暴行動画についてもご丁寧に
「あなたはキチガイメンヘラクレーマーだ」「病院と(暴行)看護師に感謝しろ」などなど…
そういったコメントにいちいち対応していられませんので。



プロフィール

gunter75

Author:gunter75
このブログは姉である【私個人】がやっています。



●プロフ画像は、弟が薬剤性ジストニアになったあと、友人たちがリレーで色紙を書いてくださり、お見舞いの時にいただいたものです。



●医療法人 石郷岡病院を許しません!!
絶対に諦めません!!(2015/12/31現在、病院からの説明・謝罪等は一切ありません。2012/1/4以来全く接触もありません)


●事件の流れ
2012/1/1石郷岡病院の2准看護師が弟を暴行→1/2朝には病院側は異変に気づきながらも放置。診察もしていないのにも関わらずカルテに「著変なし」、1/3昼過ぎ救急搬送→1/4一時心肺停止するも蘇生→2014/4/28療養先の病院で息を引き取る→2014/4千葉県警千葉中央署捜査第一課捜査開始→2015/7/8石郷岡病院の暴行した2准看護師逮捕→2017/3/14 千葉地裁(高橋康明裁判長)は、正当な医療行為として田中氏無罪、菅原被告に罰金30万の不当判決(公訴時効成立の暴行罪)を下した→3/28検察が控訴

石郷岡事件・経緯←クリックすると経緯の記事を表示します




※拡散以外の目的で文章及び画像等を使用することは固くお断りいたします(個人様のブログ等で精神科への問題提起等のために使用することはOKです)
その際、当ブログのURLを貼っていただければ幸いです。

また、営利目的、金銭の絡む事案及びプロパガンダ目的での文章の利用・引用等もお断りいたします。


※当方は、いかなる団体にも属しておりません。

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